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50話・惨めな女



「ディジー。来てくれたの?」



 ベッドの上に呆けたように腰掛けていた女性は、面会人の訪れを知ると、生き生きとした表情を見せて、鉄格子の前に近づいてきた。

 薄暗い女性囚人専用の一室。ジメジメとした湿っぽい陰鬱さを孕んだ暗い石造りの部屋には簡易ベッドとトイレに、食事のトレイを乗せる為の小さな机と椅子しかなかった。


 ここは監獄。殺人を犯した者や、死罪判決を受けた重罪人が収容されていた。ネルケの場合は、直接大公の命を狙う暴挙に出た。その為、現行犯で捕らえられ、この監獄に送られていた。



「それは差し入れ?」



 ディジーは黙って檻の隙間から、紙に包まれた食べ物を差し入れようとした。でも、ネルケは受け取らなかった。差し入れた手を押し返した。差し入れの食べ物は囚人部屋に通される前に、監獄担当の衛兵に持ち物検査をされていた。ディジーは手籠の中に、他にもワインをいれていたが、特に問題なく牢屋まで通されていた。


 囚人に差し入れする者は、ディジーだけではなく他にもいた為、門から囚人の部屋まで通されるのに結構な時間が経っていた。ここに入れられる者はほぼ処刑が決まっている者達なので、囚人の身内や関係者は、罪を犯したとはいえ最後ぐらいは……と、思い、ディジーのように食べ物を持ち込む者は少なくないらしい。



「ありがとう。お腹は空いてないのよ。良かったらあなたが食べなさい。あたしは良いから」



 食欲はないと言うネルケに、ディジーは訊ねた。



「どうして大公の命を狙うような真似を?」


「どうしてかしら。わたしにもよく分からないの。あの人のこと、本気で好きだった。だから裏切られた気持ちになったというか、愛していた分、憎しみに変わってしまって、周りが見えていなかったのね。きっと」



 冷たい石造りの部屋で彼女は首を振った。その声には馬鹿な事をしたと反省の色がみえた。



「ここにきてから何もすることがないせいか、ちょくちょくアリアンヌのことを思い出すのよ。あたしは彼女が羨ましかった」


「アリアンヌさまとは親しかった?」


「まさか。彼女はあたしの恋敵よ」



 ネルケは自分が前大公殿下の愛人だった頃から、現大公を慕っていたと言った。ディジーは節操のない実の母親を、呆れたような目で見る。



「ネルケさまは、前大公ロアルドさまの寵愛を受けていたのでしょう?」


「本当はね、ウルガーを狙っていたの。そしたら大公さまのお手つきになってしまって最悪だった。でも、ウルガーとは何度か顔を合わせるようになってきて、秘密の関係になっていたわ」



 ネルケは前大公のことは特に愛してなかったと言い、大公のウルガーと不倫していたことを暴露した。



「だからあんたを妊娠したと知った時には、天まで舞い上がるほど嬉しかった。これでウルガーと一緒になれるかもって思ったの。その頃にはロアルドさまは亡くなっていたし。でも、ウルガーはアリアンヌと別れなかった。そればかりか生まれた子を、大公家で育てるからと言ったわ。誰の目に触れることもなく、静養地にアリアンヌと二人で送られて……」



 ネルケは自分を都合良く扱われたと思っていたのだろう。深いため息がその場に落ちた。



「馬鹿だったわ。あたしはただ、借り腹にさせられたのよ。子供が産めないアリアンヌに代わって、あなたを産んだだけ。美しさも教養も家柄も何もかもアリアンヌに敵わないあたしが、大公妃になれるわけがなかった」



 そこには惨めな女が一人いるだけだった。ディジーは持参した手籠の中からワインを取り出した。


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