40話・10年前の公子失踪の真相
「ベレニスのことです。どうして彼女をアリアンヌさまに託したりしたのですか? そのせいで彼女は性別を偽り、育てられる羽目になってしまった」
私は話を聞けば聞くほど、大公に対して嫌悪の気持ちがわき上がった。全てはこの男とその父親が元凶だとしか思えなかった。その為に周囲の者が振り回されて尻拭いしてきた気がして、許せなかったのだ。
大公妃は大公が思うほど善人じゃない。反大公派の弱みとなる存在を手元に置いて養育してきた人だ。そこには計り知れない悲しみと、それを力に変えるだけの憎しみがあったはずだ。
大公を睨み付ける私に、大叔母が聞いてきた。
「バレリー。あなたはアリアンヌの死についてどのように聞いているかしら?」
「大公妃は10年前に、公子の失踪に心を痛めて亡くなったと聞いております」
「アリアンヌは、宮殿の階段から足を踏み外して亡くなった」
「……!」
大公から真相を告げられてあ然とした。そのような話は父や兄からも聞いていない。
「この事は箝口令を敷いてきたから、他に知っているのは母上とヘッセン侯爵のみだ」
「あの日、何事もなければウォルフリックを引き取り、後日ベレニスを、ウォルフリックの妹として公表する予定だった」
大公の言うあの日とは、大公妃が亡くなった日の事だろうか? 大公は遠い日に想いを寄せながら、どこか陰りのある目をしていた。
「ウォルフリックの母であるロズリーヌとは、我の息子が6歳になるまで育ててもらうことを条件に、今まで通りの生活の保障と、養育費を払ってきた。彼女は我と関係が切れた後は、護衛につけていた男と情を交わしていたようで、ウォルフリックを手放した後は、隣国に渡ると言っていた」
大公はロズリーヌとの関係は、すでに終わっていたと告げた。そして彼女にも自分以外に心惹かれる存在がいたと言う。ウォルフリックが6歳になったら引き取る予定にあったと、大叔母が私に話した内容と同じことを言った。
幼い頃のウォルは、私に兄がいることを明かし、会える日を心待ちにしていた。私もウォルフリックが帰ってくれば、ウォルが男の子の振りをする必要は無い。私と同じように令嬢となり、これからも今まで通り仲良くしていけるのだと思い込んでいた。何も変わらないと思っていた。
「アリアンヌ大公妃と、その女性はその日初めて顔を合わせたと言うことですか?」
「ああ。二人はすぐに気があったようだ。険悪な状態ではなかったように思う。子供達もすぐに仲良くなった。私達も、ウォルフリックを大公家に受け入れても何も問題はなさそうだと安心していた。ところが私達が話し込んでいる中、子供達はいつの間にか部屋から出てしまった。その事に気が付いたアリアンヌが様子を見に行き、悲鳴が上がったと思えばあのような姿に……!」
頭を抱え込んだ大公に変わり、大叔母が話し出した。
「アリアンヌの悲鳴を聞いて私達が駆けつけた時には、彼女は階段下で頭を打ち即死していた。ベレニスは気を失い、ウォルフリックが必死に声をかけ続けていたわ。そしてアリアンヌの葬儀が行われる影で、ベレニスはロズリーヌ達と一緒に国を出た」
それが10年前の公子失踪の真相だと、大叔母は告げた。自国では公子が失踪したと騒がれたが、本当はロズリーヌ達に連れられて出国していたのだと言う。
「ベレニスは、その時に記憶喪失になった。母親の死にショックを受けたようで、目覚めた時には自分がベレニスであることは勿論、父や母の顔も名前も覚えていなかった。そればかりか何故かウルガーを見て泣き叫び、近づくことを拒んだ。ベレニスはロズリーヌや、ウォルフリックにしがみついて離れなくなった」
「収拾が付かなくなって、ベレニスをロズリーヌさま達とともに隣国へ?」
「その方がベレニスの為にも良いかと思ったの。ロズリーヌはゆくゆくウォルフリックを、大公家に渡すことになる。そうなると寂しいから、あの子を出来れば養女に貰い受けたいとまで言ってくれた。ベレニスにはしなくても良い苦労をさせました。ロズリーヌの元で、何もかも忘れて普通の娘としての暮らしを望むならば……、その方が良いかと思えたの」
大叔母の目は潤んでいた。贖罪の意味もあったのかも知れない。それでベレニスは公には死んだとして、存在を消されてしまったのだ。大人達の都合に振り回された結果、彼女は死人にされてしまった。




