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36話・お帰りなさいウォル



「場所を変えませんか? ディジーさま」



 そう言って私は、彼女をベレニスの墓の前に連れ出した。ここには儚く亡くなった人物が眠っていると、この国の者なら誰もが信じている。そう大公家が公表したからだ。でも、真相は違っていることを大叔母ベアトリスや現大公、リヒモンドさまに、私やヘッセン家の家族達は知っている。


 一部の者達だけが知る真実。ここには彼女の亡骸は眠っていない。何故ならば──。



「バレリーさま。どうしてこの場所に?」


「あなたにあることをお聞きしたかったのです」



 ディジーは神妙な態度で私に従った。初めに出会った時は、私に噛みつくような勢いだったのに、別人のように大人しい。

 彼女の側に仕える侍女達は、ウォルフリックと血が繋がった兄妹と知り、態度を改めたのだと思うだろうが、私は、彼女があることを思い出したのではないかと、疑っていた。



「あなたはいつ、記憶を取り戻したの? ウォル」



 私の問いに彼女は目を見張り、苦笑した。



「さすがはバレリー、気が付いていたか」


「だてにあなたの親友はしていないもの」



 彼女の口調は、私が知るものになっていた。だから私も気安い態度を取る。



「記憶を取り戻したのはつい、最近なんだ。ウォルフリックが兄と知ったショックでかな?」


「あなたは彼のこと、好きだったの?」


「記憶を失っていた間は、盲目になっていたようだ。ウォルフリックが身近な異性だったし。でも、記憶を取り戻したら恥ずかしくなった」



 記憶がなかった頃とはいえ、兄を異性としてみていたことを知って気まずいようだ。



「きみはどこで気が付いたの?」


「初めは分からなかったの。リヒモンドさまに教えてもらったのよ。前にここであなたと鉢合わせしたでしょう? その時、リヒモンドさまは気が付いたみたい」


「さすがはリヒモンド兄さんだな」



 ディジーが顔を綻ばせる。彼女は以前リヒモンドを慕っていた。私の憧れの人はウォルだったけど、ウォルの憧れの人はリヒモンドだったのだ。


 ディジーはウォルだった。外見は変わってしまったけど、中身はそのままだ。いや、外見は誤魔化していたと言った方が正しいか。当時は赤毛だったのを黒髪に染めていたのだ。

 しかも彼女は亡き大公夫人によって、男児として振る舞う事を強要されてきた。人前では「ウォルフリック」と、名乗り他人の目を欺いてきたのだ。


 彼女の本当の名はベレニス。兄ウォルフリックとは双子とされていた。ウォルフリックと婚約が結ばれて、彼女の秘密を知ることになった私は、彼女が抱える秘密の共有者となった。



「ベレニス。ようやくあなた本来の姿に戻れたのね。お帰りなさい」


「ありがとう。バレリー……」



 ディジーだったベレニスは、なぜか浮かない顔をした。



「どうしたの?」


「ごめん。親友のきみに辛く当たってしまった。意地悪をして済まない。嫉妬していた」


「それはあなたに記憶がなかったんだもの。仕方ないわ」



 記憶喪失で過去の記憶がなかったのだから仕方がないと言えば、彼女は首を横に振った。



「私は前からきみが羨ましかったんだ。妬んでもいた。だからその気持ちが記憶を無くした途端、あふれ出た様な気がしてならない」


「ベレニス」


「相当不愉快な気持ちにさせたと思う。済まなかった」


「謝らないでベレニス。当時の私も悪いの。私はあなたが頑張っているのは知っていたけど、その裏で辛い目にあっていたことを気遣う事が出来ていなかった。あなたが私に打ち明けられるような関係を築けなかった」



 私こそごめんなさいと謝ると、彼女は瞠目した。彼女の不満は当然だ。本来ならば彼女は公女として、「蝶よ花よ」と大事にされて、育てられていてもおかしくなかったのだから。

 性別を偽り公子としての教育を受けていく中で、本当ならば、自分がそうなっていてもおかしくない姿で隣にその見本である私がいる。そこに何も思わないはずがない。


 そこに思い至ったのは、修道院に身を置くようになってからだった。それまでの私はいなくなったウォルの身を案じてはいても、それ以外の思いには気が付かずにいた。それが祈りの時間にふと、天啓のように頭の中に落ちてきたのだ。

 私は彼女に嫌われていてもおかしくなかったのだ。それなのに彼女は複雑な思いに蓋をして、私の理想の王子さまを演じ続けていた。



「バレリーは優しいね。私は何度もきみを見かける度に酷い言葉を投げつけたと言うのに……!」


「私は優しくなんてないわ。愚鈍なだけよ」



 今更、当時のあなたの気持ちに気が付くなんて。と、いう私の呟きは胸にしまい込んだ。



「でも、こんな私でもまだ親友と思ってくれているかい? バレリー」


「勿論よ。ベレニス。あなたはこれからも私の大事な一番の親友よ」


「ありがとう」



 ディジーが、はにかむような笑みを見せた。このような再会となってしまったが、彼女が彼女らしくいられるのならば、これでいいのではないかとさえ思えた。



「ねぇ。ベレニス。隣国での生活はどうだったの? あちらでの生活を教えて」


「いいよ。私達が暮らしていたのは……」



 私の問いに彼女は、嬉々として教えてくれた。ウォルフリックや彼女を養育してくれた夫婦は、気の良い人達だったようだ。家族皆、仲良く暮らしていたのだと教えてくれるベレニスは、大公家で暮らしていた頃よりも自由があって幸せだったようだ。その事だけが私の気持ちを軽くした。





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