35話・残念な女性
「仕方ないじゃない。大公家に子供を取り上げられたのだから」
「あなたさまには養育できませんものね。リヒモンドさまが良い例です。周囲が不安になるのも当然です。でも、あなたさまのことだから、アリアンヌお母さまに自ら子供を押し付けたのではないですか?」
私の指摘に、ネルケ夫人は睨み付けてきた。
「あんたね、いくらあのヘッセン家のご令嬢でも、言って良いことと悪いことがあるわよ。たかが令嬢の分際で。あたしはこれでも子爵の爵位持ちよ」
夫人は前大公にお強請りをして、子爵の爵位までもぎ取っていた。与えられた領地は湖水地方で観光地としても人気で、そこから得る収益もあり彼女は自由気ままな生活を送っていた。その女が馬鹿にしてきた。
大叔父がこの女に誑かされたせいで皆が迷惑を被っている。そう思ったら我慢ならなくなった。
「あなたが愛人となった男は私の大叔父です。その妻は私の大叔母。いつでも切り捨てられる立場にあった愛人のあなたと、産まれた時から大貴族の令嬢だった私とでは立場が違いますよ。私は次代の大公を産み落とす立場にもあるのです。たかが亡き前大公の愛人と比べることすら烏滸がましい」
「何ですって?」
「分かっているはずですよ。あなたの庇護者はもういない。本来ならば前大公さまがお亡くなりになったことで、前大公さまが生前あなたに与えた領地、爵位など没収しても良かった。それを見逃したのは何故だと思います?」
「……」
ネルケ夫人は反論が思いつかないようで黙り込んだ。私は肩すかしに終わったようで失望させられた。反大公派を掲げるクランチオ侯爵側に付くくらいの女性だから、少しは気概があるのかと思えば違った。ただのずる賢いだけの女性だったのだ。
「頭が回りませんか?」
「失礼ね。それぐらい分かるわよ」
私の嫌味に、夫人は馬鹿にするなと言い返してきた。先ほどのお返しだ。
「いいえ。分かっていません。あなたさまはただ男を容認して受け入れるだけの玩具だったようです。何も考えようとはしない。短絡的すぎる」
きっと今は亡き前大公が、当時16歳であった彼女を愛でて甘やかし、難しいことは何も考えられないようにしてきたのだ。だからそのツケがここにきている。そんなことすら夫人は自覚しない。その少女気分が抜けないのだ。残念な女性だ。
「あなたが今まで通り、好き勝手していられるのはディジーさまのおかげです。彼女に感謝した方が良い」
「ディジーのおかげ?」
私のヒントにピンとこないようだ。夫人が今まで好き勝手出来てきたのは、前大公という保護者がいたからだ。その後もその恩恵を受けてきたのは現大公や大叔母の情けによるものだ。
大叔母にとってはディジーも可愛い孫の一人。その生母から全て取り上げて追いやることはしたくなかったのだろう。鉄の女と呼ばれている大叔母でも情はある。その細い繋がりによって彼女は恩恵を受けてきたというのに、当人が分かっていないとは。
そんな馬鹿な女を好んでしまった大叔父らの失態でもある。
「大公さま達は、どうしてこんなにも頭が回らない女を好まれたものか。側に賢すぎる女性を置いた反動ですかね?」
私の心の声が呟きとなって出ていたらしい。それを聞いてディジーはクスクス笑い、ネルケ夫人は顔を赤らめて「帰るわ」と、退散して行った。




