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32話・大公登場



「な、なにが起きた?」


「辺りが真っ暗で何も分からないわ」


「どうなっているんだ?」



 人々が騒いでいる中、ある声が響き渡った。



「お前は過去の遺物になりさがった。もう時代はおまえを必要としていない」



 その声はどこかで聞いたことがあるような落ち着いた声だった。そしてその言葉は、歌劇で使われていたセリフだと思い当たった。一体、誰が? と思うと、壇上の一部が明かりで照らされる。そこに照らし出された男の姿を見て皆が驚いた。



「あれは……?」


「大公さま……!」


「大公殿下だ」



 そこには今まで公の場に姿を見せなかった大公の姿があった。思わずウォルフリックを見ると頷かれる。いつの間にか側に来ていたリヒモンドからも「心配いらなかっただろう」と、囁かれた。この事で予め、この突然の大公の登場は仕組まれたものであり、クランチオ侯爵の意図を探る為、近衛兵達はわざと動かなかったのだと知れた。


 大公の後ろには兄のゲアートや、コーエンが付き従っている。真っ暗だった会場に明かりが点されると、皆が安心した表情となり、大公に注目していた。



「久しぶりだな。伯父上」


「大公……! どうして?」



 クランチオ侯爵は絶句していた。この場に大公が姿を現すなんて、信じられないと言った顔をしていた。その側にいたネルケも言葉が出ないようだった。



「いやあ、伯父上の手がけた歌劇。『謎の王子』。なかなかに面白い趣向だった。喜劇かと思えばシリアスで、最後のセリフには感銘を受けた」


「……大公殿下にもご覧頂けたようで光栄にございます」



 頭を下げつつも、クランチオ侯爵が苦虫を噛みつぶした表情であるのは知れた。大公はこの国の頂点に立つ者。絶対的な王者。いくら伯父であっても臣下として頭を垂れるしかない。

 クランチオ侯爵としては、大公不在の間に他の貴族達に、ウォルフリックが偽者ではないかと疑いを持たせた上で糾弾し、次期大公には、ネルケ夫人の息子リヒモンドが相応しいのだと、皆から賛同を得る気でいたのだろう。


 ところが大公殿下本人が現れてしまったことで、狙い通りにはいかず、歯がみしているように思われた。



「伯父上の発想が豊かなのは分かったが、あれでは我が大公家を貶めているようにも感じ取れる。あの歌劇に出てくるリックとはもしや、我が息子のことか?」


「いえ……。違います」


「そうか。もし、そうならば馬鹿げたことだと思っていた。皆もあの歌劇を見て、疑わしいと思っているのかも知れぬが、ここにいるウォルフリックは正真正銘、我が息子だ」


「そんな……、私が産……」


「ネルケ。黙れっ」



 何かを言いかけたネルケ夫人を、クランチオ侯爵は叱責するように言う。ネルケ夫人は押し黙った。



「皆にも証拠をお見せしよう。証拠はこの耳の形だ。よく見ろ」



 大公はウォルフリックの隣に並び、お互いの耳を曝け出した。他人のそら似でもここまで形が似るわけがなかろう。と、言えば、クランチオ侯爵は分が悪いと悟ったようだ。広場に集った人々は、一応の決着が付いて安堵の様子を見せた。







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