26話・歌劇
翌日。ウォルフリックが屋敷に迎えに来た。彼は宵闇色のジュストコールを身につけていた。銀糸で刺繍がされていて、彼が身じろぐ度にキラキラ銀糸が光って見える。髪の毛は前髪をあげて櫛で撫でつけていた。
私は普段は滅多に選ばないような色合いの朱色のドレスで、大きな襞や華やかなレースが着いている。それに大きな唾の付いた羽根付きの帽子を合わせた。リナが色白のバレリーさまなら、肌の色が映える朱色がお似合いですと推してくれた物だ。
「いやあ。バレリー。可憐だ。よく似合っているよ」
「ありがとうございます。ウォルフリックさまも素敵です」
いつもとは違う姿に新鮮なものを感じる。彼は照れくさそうにありがとうと言いながら手を差し出してきた。
初めのうちはぎこちなかった彼のエスコートも、何度か繰り返していくうちに慣れてきていた。
「さあ、行こうか。バレリー」
「はい」
彼のエスコートで迎えの馬車に乗り、目的の大劇場へと向かう。向かい合うように席に着くと、ゆっくり馬車は走り出した。こうして異性と二人で馬車に乗る経験も初めてだった。
そして初めて足を踏み入れた大劇場は壮大と言って良かった。白亜の建物で思わず魅入ってしまった。
「大きい……」
そんな感想しか出ない。全面ガラス張りで、飾り柱で囲まれている。宮殿並みに大きかった。
「クランチオ侯爵が、ここの歌劇団のオーナーらしい」
「クランチオ侯爵さまが?」
力や財のある貴族が劇団を買い取りスポンサーになると言うのは結構ありがちな話だ。でも、オーナーだなんて。ネルケ夫人と繋がっているクランチオ侯爵に、良い感情を持てない私としては、きな臭く感じられた。
「クランチオ侯爵さまは馴染みの女優でも囲っているとか?」
思わず下世話なことを言ってしまうと、ウォルフリックがくすりと笑った。
「そういう相手はいないそうだよ。一から歌劇団を立ち上げたと聞いている。貴族に生まれなければ歌劇役者になるのが夢だったそうだ」
「まあ」
反大公派として暗躍しているかと思えば、意外なところがあったものだ。だからスポンサーではなくて、オーナーなのか。
「まあ、表向きにはね」
意味深長なことをウォルフリックは呟き、劇場の中へと足を進めると、劇場側には話はついていたのか、案内係が待機していて、赤絨毯を進んだ先にある二階のボックス席へと案内された。
演目は「謎の王子」だった。まるでこちら側を刺激するような題目だ。警戒しつつも演目が始まった。内容はある日、市民広場で一人の若者がポツンと立っていた。手には手紙を持っている。
『この子の名はリック。父はローデルフ。大きくなったら領主のもとへ送るように指示され育ててきた』
この若者を保護した衛兵は、主の領主の元へと彼を連れて行く。ご領主夫妻はおしどり夫婦と言われていたが、この件で誤解した妻にご領主は詰られる。妻は夫の浮気を疑ったのだ。夫はもちろん潔白だ!と叫び、自分を疑う妻の為に、親子鑑定に詳しい医師を呼び寄せて身の潔白を証明する。若者リックが領主の子供ではないことは証明出来たが、そうなるとこの子は誰の子かと言うことで、ご領主夫妻は困惑する。
身なりは質素でも、食事のマナーや言動は上品でとてもそんじょそこらの平民ではない。顔立ちもよく見れば、王子さまのように見目麗しい。もしかしたら名のある貴族の子息ではないのか?
そこでご領主は隣の国で、10年前に跡継ぎの王子が失踪した事件を思い出す。王子は見つからなかった。もしかしたら目の前の若者がその王子?
妻は驚いて腰を抜かし、ご領主は困った事になったぞと顎髭を擦る。
そしてリックに色々聞くが、答えにならない。今までいた場所は「暗い場所」。食べ物には困っていない。三食昼寝付きの生活。身の回りの世話は一人の口の利けないメイドがしてくれていた。
聞けば聞くほど謎の多い若者で、ご領主さまは厄介なことになったと頭を抱える。しかし、館に出入りしていた学者が聡明な彼の様子に興味を覚えて、自分の弟子としてリックを迎え、連れて行ったことでご領主の心痛は収まった。
リックはスポンジが水を含むように、どんどん学んだ事を吸収していった。学ぶことがどうやらリックは好きなようだと学者は思っていたが、リックは自分には他にやることが何もなかったからだと言った。
学者には一人娘がいた。やがてリックはその学者の娘と恋仲になる。娘は素性の知れないリックでも心根の優しい部分に惹かれていき、リックは娘の思いやりのある態度に興味が惹かれた。その二人の様子を学者は見守り続けた。学者もリックを実の息子のように気に入っていたので、二人が結ばれるのを楽しみに待っていた。
いよいよ結婚式を迎える前日。リックは何者かに広場に呼び出された。そしてナイフで刺され膝を突く。
「どうして?」と問う彼に襲撃者は告げる。
「お前は過去の遺物になりさがった。もう時代はおまえを必要としていない」
そう言い残し襲撃者は去っていく。暗転となり緞帳が下がってきて舞台は終了した。
中盤まではドタバタコメディーチックで来たので、その流れで終わるのかと思ったらシリアスに終わって謎の多い終わり方となった。劇場を出てくる人達も「あれはどういう意味かしら?」「ミステリアスだったな」と、感想を漏らしていたのが聞こえてきた。




