25話・ウォルフリックのお誘い
「バレリー。あのさ、たまには外に出かけないか?」
「ベアトリスさまがお許しになるかどうか……」
「大丈夫だよ。婆ちゃんは問題ない。いつも俺達は昼餐で顔を合わせるだけじゃないか。そんなのつまらなくないか?」
いつもの昼餐の場で、ウォルフリックから誘いを受けて戸惑った。ウォルフリックは公子である。彼は次期大公となるべき存在で、ベアトリスさまが特に気に掛けている。そのような中で外出するという発想はなかった。
私としては、昼餐の間での交流に不満を抱いたことはないし、つまらないと思ったこともない。疑問を持ったことがないと行った方が正しいか。
思案する私に、彼は言った。
「実は歌劇の招待券を婆ちゃんからもらってさ。一緒に行ってみないか?」
「歌劇ですか?」
「嫌かい? 実は俺、歌劇なんて初めてなんだ」
「私も初めてです。話には聞いていましたけど今まで修道院にいたので、そういったことには疎くて」
急に外出しようと誘われてどうしたのかと思えば、ベアトリスさまからの提案だったらしい。
歌劇のことは修道院にいた頃、リナから届いた手紙の中で知った。公都に大きな劇場が出来て、そこではセリフが歌で進む劇が行われていると。リナが初めてダンとデートした時に、見に行ったことを書いてくれていた。
彼女達が見た歌劇は悲恋のお話で、切々と歌い上げる演目者から目が離せずにリナがシクシク泣いている脇で、彼氏のダンはグースカ寝ていたのだと、彼女は不満を書いていた。
リナには悪いが、その手紙の内容には笑ってしまった。容易にそのダンの様子が察せられたのだ。彼は歌劇に全く興味はなかったらしく、それ以来、二人の間で歌劇デートはなくなったとも記されていた。
「じゃあ、初めて同士、気追わずに行かないか?」
「そうですね。私も一度は行ってみたいと思っていました」
「じゃあ、さっそく明日、行ってみよう。これが俺達の初デートになるね」
「これがデートなのですね?」
ウォルフリックからのお誘いに、何となくウキウキしてきた。リナ達のデートには羨ましいものを感じていた。それが自分の身に起こるなんて、夢にも思っていなかった。
「もしかしてディジーさまともデートを?」
「いや、ディジーは妹だから欄外だよ。そこに相手への好意があるかどうかも重要だ」
ふと彼女のことが頭の中を横切り聞いてみたら、ウォルフリックは顔を顰めた。まだ、私がディジーと彼との仲を誤解しているとでも、思っているのだろうか?
「歌劇を見た後は、カフェにでも入ってお茶をしよう。それが公都の主流デートらしい」
「そうなのですか? 詳しいのですね」
「きみの兄上に教えてもらった」
「ゲアート兄さまですか?」
歌劇は初めてだと言うわりに、ウォルフリックは情報に詳しい感じがした。彼は私の兄に教えてもらったと言ったので、てっきり婚約者のいる長兄かと思ったのに違った。
「いや、コーエンだよ」
「えっ? コーエン兄さまが?」
「コーエンは侯爵家子息だし、近衛隊に所属していることもあって、若いご令嬢方に人気があるよ。取り巻きもいるようで、その取り巻き女性達から、公都の評判の良いお店とかを教えてもらっているそうだ」
「知りませんでした」
コーエンは婚約者もいないので、てっきり仕事柄女性と縁遠く、女性には相手にすらされていないと思っていたのに違ったらしい。意外な兄の一面が知れた。
「ウォルフリックさまは、コーエンお兄さまと親しいのですか?」
「コーエンだけじゃなくて、ゲアートも親しくさせてもらっているよ。二人ともゆくゆく俺にとって義兄となる人達だし、頼りにしている」
彼は宮殿に来てから、二人の兄達と親しくしていたようだ。大叔母の厳選もあるだろう。二人の兄ならば彼を裏切ることはない。
兄達が側に付いていれば、多少何があってもウォルフリックは揺るぐことはない。兄らは素晴らしい用心棒兼お目付役となるだろうから。
「明日は何時に迎えに行けば良い? きみの都合に合わせるよ」
「そうですねぇ──」
機嫌良く聞いてくるウォルフリックに、頷きながら私は明日のことへ頭を巡らせた。




