24話・誰がそのようなことを吹き込んだ?
「そろそろ気が付かれた方が良いですよ。若い頃ならともかく貴女の外見の魅力は半減している。あの爺に担がれて踊らされている場合じゃない。見苦しいです」
「相変わらず可愛くない子ね。誰に似たのかしら?」
フンとネルケ夫人は鼻を鳴らす。リヒモンドは辛辣だった。
「恐らく貴女でないことは確かですね。親子の誼で忠告しますが、あの爺とは早急に手を切ることをお勧めします」
リヒモンドを無言で睨み付け、夫人は立ち去った。二人のやり取りを影から見ていた私はハラハラした。
「やあ、バレリー。そこにいるのだろう?」
夫人が去ってから、こちらへリヒモンドが近づいて来た。
「もう怖いおばさんは行ってしまったよ。安心して出ておいで」
「リヒモンドさまったら。私は幼子ではありませんよ」
子供扱いされて膨れて出ていくと、彼に笑われた。
「きみはどこまで聞いてしまったかな?」
「すみません。立ち聞きするつもりはなかったのですが、離れるタイミングを逃してしまって。ベアトリスさまは、公子さまとヘッセン嬢を結び付けようとしているけれど、の辺りから聞いてしまいました」
「そう。ほぼ全部だね。あの人はね、私を次期大公として擁立しようとしている。クランチオ侯爵派の力を借りてね」
「お話は聞いていたので知っています。でも、いつの間にネルケ夫人はクランチオ侯爵と?」
「あれ? バレリーは知らなかった? あの人の母親はクランチオ侯爵の妾だよ」
「じゃあ、ネルケさまはクランチオ侯爵の娘? そんなこと聞いたこともなかったです」
リヒモンドからの告白に驚いた。ネルケ夫人がクランチオ侯爵の娘なんて聞いたこともない。初耳だと言うと彼は教えてくれた。
「クランチオ侯爵とは血が繋がってないよ。あの人の母親は実家が没落し、夫を亡くして幼い娘を抱えて憔悴していた頃に、クランチオ侯爵と出会って、囲われるようになったらしい。でも、あの人は記憶も定かではない頃に父親を亡くしているから、クランチオ侯爵のことを実の父親のように慕っているみたいだ」
ネルケ夫人にそのような経緯があったとは知らなかった。
「この事を大叔母さまは?」
「勿論、知っている。あの人を父上の愛妾として迎える為に、身元を調べ上げたらしいから。ヘッセン家のご当主もご存じだと思うよ」
大叔母はネルケ夫人の素性を調べ上げて、背後にクランチオ侯爵がいる事を知ったらしい。当時、ネルケ夫人の恋人だった父も、クランチオ侯爵とネルケ夫人が繋がっていることを知り、自分は大公に近づくために利用されたのだと悟ったのかも知れない。
「そう言えば、以前ネルケさまが気になることをおっしゃっていたのです」
「何かな?」
「大公さまは毒を盛られて寝付いていると。私ですら父に言われてもないことを知っていました。これってもしかしたらクランチオ侯爵から?」
「兄上が毒を盛られたかも知れないって言うのは、医師の見立てでも疑いの段階で、ハッキリはしていない。兄上は一年ほど前に落馬してから体調を崩されるようになった。原因は分からないままだ。侯爵が手の者を宮殿に忍ばせることはあり得なくも無い話だけど、不確かなことをあの人に明かすほど、落ちぶれてはいないと思う」
「ネルケさまは、大公さまは寝所から起き上がれないとまで話していました」
「それはだいぶ前の話だよ。落馬して数ヶ月ぐらいはその状態にあったけど、一年経った今では確かに寝付くこともあるけど、寝所から起き上がれないほどではないよ」
リヒモンドは、大公は危篤ではないと言い切った。
「良かった。ずっと気にはなっていたのです。大公さまには会う機会もなかったので」
「そのうちウォルフリックが公にお披露目できるまでになってきたら、顔合わせの機会は出てくると思うし、それまで気長に待っていると良いよ。私のほうからきみが兄上のことを心配していたと伝えようか?」
私の不安を見てとってか、安心させるように彼は言ってきた。面倒見が良い彼は妹分である私を気遣ってくれる。それだけで心のモヤモヤが晴れていくような気がした。
「悪いから良いです。お二人ともお忙しいのでしょう?」
「うん。ちょっと色々あって、今はメチャクチャ忙しいかな。でも、時間は作れないこともない」
「ほら忙しいくせに。時間を作ってまで会おうとするのならば、お二人の手が空くまで待ちますわ」
「ありがとう。バレリー。あの人の話すことは話半分に聞いていた方が良いよ。中身が伴わない事が多いからね」
それにしても、誰からそのような話を聞きつけたんだろう? と、リヒモンドは首を傾げていた。私は単純に夫人の手の者が宮殿に入り込んでいて、その情報を流したのだと思い込んでいた。でも違ったらしい。
間者の可能性は消えて安心した。もしも、間者が宮殿に入り込んでいたとすれば、皆を信じられなくなるような気がして嫌だった。
それでもネルケ夫人に、そのような事を吹き込んだ相手のことは気になっていた。




