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13話・母親に捨てられた息子



「こう言ってはなんだが、大公夫人は亡くなられていて良かったと思うときがあるよ」


 リヒモンドの言葉に、10年経ってその事実を知り、何も知らなかった自分が申し訳なく思った。


「でも、もしそのことを知っていたなら……!」



 幼い自分では力になれなくとも、大叔母や父に話してウォルフリックさまに対する態度を改めてもらうことが出来たかも知れないのに。



「無理だったと思うよ。夫人は学者一家に育ち、聡明な後継者を産み育てることを、大公家に求められて嫁いできた人だ。優秀な次期大公を産み育てるという責任があったのだから、自分の子を何が何でも周囲に認めさせるのに必死だったのだと思う」



 夫人には周囲の期待も大きかった。何故なら前大公の悪癖を現大公も受け継いでいたせいだ。



「ベアトリスさまは、女好きの夫に代わって政務に追われ、息子に有名どころの教師を宛がって育てたはずが、いつしか息子が夫のように女性の尻を追いかけ回していて慌てたらしい。いずれは夫のようになりかねないとね」


「そのようなお話はどこから?」



 リヒモンドは意外と情報通だと思えば、本人はさらりと明かした。



「ベアトリスさまから直接、聞いた話だよ」


「大伯母さまがそのようなお話を? リヒモンドさまには話されるのですね?」


「そうかい? 割と愚痴ってこられるよ。女大公と陰口を叩かれながらも、阿婆擦れ女に唆されて政務を投げ出した夫に代わり、政務をこなしてこられた御方だ。不満も溜まる一方だろうよ」


「阿婆擦れ女だなんて。仮にもあなた様の……」


「構わないよ。この場にはきみと二人だけだし。誰かが聞いているとでも? まあ、聞かれても困りはしないよ。私の母親の貞操が緩いのは確かだから」


「リヒモンドさま」



 自分の母親ネルケを貶すのに、リヒモンドは躊躇しなかった。聞いているこちらの方が気を使う。



「10年前のウォルフリック失踪事件には、恐らくあのアバズレが関わっているのだろうよ」


「ネルケさまが?」



 リヒモンドは忌々しそうに吐き捨てた。母親だというのに彼はもの凄く彼女を嫌っていた。話の流れで「アバズレ」とはネルケさまを指していることが察せられた。



「あの女は息子の私を、次期大公の座に着かせたがっていた。前大公に何度もお強請りするのを見て育ったしね」



 たかが愛人の分際で馬鹿だよね。と、リヒモンドがため息を吐く。大公なんて誰でもなれるわけではないのにと。



「色ぼけの親父もさすがにアバズレにお強請りされても、後継は兄さんに決まっていると撥ねのけていた。そこだけは評価するよ」


「悪癖さえなければ」


「まあね」



 大公は幼い頃から高度な教育を受けていたこともあり、執務の方は子供の頃から母ベアトリスのやり方を見て育ち、手がかからなかったという。その為、彼がその一方で鬱屈した思いを持ち、女遊びに興じていたとは大叔母もすぐには気が付けなかったらしい。



「あれは血筋なのだろうね。怖い、怖い」



 リヒモンドは冗談めかして言ったが、彼は自分がそうなるとは思いたくないのだろう。私も彼はそんな風にならないと思う。大公父子の悪癖は単に異性に興味が強すぎて、欲望に弱いというか、流されやすいタイプなのではないかと疑っている。



「そう言えばこの間、香水臭い化粧ババアがいるなと思ったらアバズレだったよ。親父が亡くなって相当、経つのに化粧も言動も何一つ変わって無くてさ。気持ち悪かった」


「ネルケさまは、あなたに会いに来たの?」


「いや、まさか。12年前に置き去りにした息子に関心などあるわけがないさ」



 きみだって知っているだろう? と、リヒモンドが苦笑する。彼が実母を嫌う理由の一つに挙げられるかも知れない。ネルケのことを良く思わない母でさえ、この一件には同情していた。


 12年前、前大公が亡くなったことで後ろ盾をなくしたネルケは、10歳になる自分の息子を宮殿に置いたまま、所有する地方の屋敷へと引っ込んでしまったのだ。



「ベアトリスさまが、私を引き取って育ててくれていなかったならどうなっていたことか。今考えるとゾッとするよ」



 あの母親に育てられなくて良かったと、リヒモンドは心の底から思っているようだった。


「じゃあ、ネルケさまは誰に会いに?」



 今まで宮殿から遠ざかっていた人だ。今更前大公の正妻であったベアトリスに、ご機嫌伺いに会いに来たとも思えない。



「さあ? でも、気をつけた方がいい。あの女がしゃしゃり出てくると碌な事にならない」


 注意を促すリヒモンドに頷いてみせると、彼は深くため息を吐いた。


「私はあの子を救えなかった。きみには二の舞になって欲しくないんだ」


 そこには彼の後悔が見えた。



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