お手伝い
「自己紹介してなかったね。私は司書教諭兼、国語教師兼、演劇部顧問の橋本宗光と申します。名前を聞いてもいいかな?」
「…林道春です」
「林道!これからよろしく頼むよ!」
「いや、これからって…/」
「林道君じゃないか!来てくれたんだね!」
「…春名先輩…違うんです、俺はただ」
「事情は分かるよ、先生に無理やり連れて来られたんでしょ?」
「え?…無理やりというか騙されたというか…」
「やっぱり、毎年一人は強制連行するんだよね先生、驚かせてごめんね」
「強制連行…」
なにそれ怖。捕まって拷問でも受けるのだろうか。
確かに今この状況も俺にとっては拷問に近い気がする。
冷静さが戻ってきた…とりあえずここから出て、橋本先生にこの状況の説明をしてもらおう。
「橋本先生、どういうことか説明してください」
「見ての通りだよ。君を演劇部に勧誘するために連れてきました。」
「それ初耳なんですけど、手伝いって言ってたじゃないですか…」
「まずはお手伝い部員から始めてもらおうと思ってね、時間まだあるよね?」
「先生、俺部活には入らな/」
「とりあえず今日は舞台製作の手伝いをお願いできるかな」
駄目だこの人、人の話を聞かないタイプだ…このまま会話を続けても疲れるだけ。今日だけということで渋々了承し、再び演劇部室に入ってミーティングに参加することになった。
「―――以上が今日の稽古内容です!林道君は舞台陣のお手伝いをお願いね!それじゃあ各自行動!」
春名先輩がミーティングを閉め、各々作業を始める。部室に残ったのは俺を含めた三人の舞台製作陣で今日の作業の役割分担について話をしようとしていた時―――
「遅れて申し訳ありません!!!」
息を切らしたまま部室に入ってきたのは、制服に一輪の花模様…つまり一年生。そして見覚えある整った顔立ちの女子生徒。
「惜しぃ!ちょうどミーティング終わったとこだよ~」
「そうですか…今日は間に合うと思ったのですが…」
「学級委員長は大変だよねぇ、りのぴーは偉いなぁ~」
「ありがとうございます!あゆ先輩、えっとそちらの方は?」
「舞台お手伝いのりんどー君、さっき先生が捕まえてきたの」
「そうなんですね!音無理乃と言います。よろしくお願いいたします。」
「…よろしくお願いします」
「軽く自己紹介しよっか、私は三年の高瀬川あゆ。舞台監督してるよ~、よろしくぅりんどー君!それでこっちは――」
「二年の小寺由利です。今回は舞台スタッフであゆさんの補助してます。よろしくね。」
「一年の林道春です。今日はよろしくお願いします」
「今日と言わずに"これから"でもいいんだよぉ」
「…考えときます」
「よーしよし、じゃあさくっと舞台について説明するね~」
舞台監督の高瀬川先輩の説明を受ける。舞台は、演劇の舞台装置、大道具や小道具を製作するチーム。舞台監督は舞台陣のまとめ役であり、作劇においては演劇部全体のリーダーになり、演者や照明、音響の人たちと連携を取る人。
「今日は長椅子製作とパネルの分解するよ~。私とゆりぴーは長椅子製作、一年コンビはパネル分解よろしくぅ!」
「はい!あゆ先輩、なぐりと電ドリ借りますね!」
「おー分かってるねぇ~私たちは外作業だから分からなかったら聞きに来てね、りんどー君は可愛いりのぴに色々教わってね~」
二人は大きな工具箱を持って、部室を出て外の広場で作業を始めた。
「よし!私たちも始めましょう!」
「…うん、えっと…何すればいい?」
「パネルを運ぶので手を貸してください」
パネルとは、舞台にセットされている背景壁のようなものらしい。"なぐり"は金槌。電ドリは電動ドリル。演劇、専門用語多くね?。二人でパネルを持ち、部室前のスペースまで運び終わる。
「二人で持っても結構重たいですよね。先輩方は一人で持って行くので初めて見た時は驚きました…」
これを一人で運ぶのか…出来なくはないと思うけど、階段とか辛いかもしれない。意外と肉体労働ありの部活みたいだなぁ。
「それは驚くね…」
「りんどう君、実は私たちは初対面ではないんですよ」
「…そうだね。たしか講堂の部活見学に居たよね」
「その時もですが、実はその前にも会ってるのです!」
なぜか自慢気に言う音無さん。多分、あのベンチでのことを言ってるんだろう。覚えられてたのが意外だなぁ。
「部活動紹介の日も会ったよね」
「覚えててくれたんですね!あの時は驚かせてごめんなさい。」
「いいよいいよ。あの時も言ったけど、全面的に俺が悪いし」
「どうしてベンチで寝てたんですか?」
「腰が痛くて身体を伸ばしてたんだ」
「腰?伸ばすと治るんですか?」
「叩いて治らなかったら伸ばすしかないと思ってね」
「なんですかそれ」
微笑む音無さん。絵になるなぁ…
「周りに誰も居ないこと確認したのに油断してたよ」
「うつ伏せで動いてなかったので、何かあったのでは?って思って声をかけたんです」
「そうだったんですね…」
時々雑談を混ぜながら音無さんに工具の使い方を教わり舞台パネルを分解していく。
「講堂ではりんどう君に助けられました…変な質問がいっぱいだったのに、りんどう君の番で雰囲気が変わって…感謝してます!」
「いや…俺も変な質問だったから、その感謝は不要だよ」
「私が勝手に恩を感じてるのでお構い無く。」
恩?…あの一件で感謝されても正直反応に困る。
言葉使いや仕草になんとなく育ちの良さを感じる…異世界系小説で言うところの貴族令嬢的な何か。まぁとにかくお嬢様オーラがムンムンなのだ。
「あの時の音無さんの質問?というか宣言は印象に残ってる」
「本当ですか!?嬉しいですけど恥ずかしくもあります…」
何が嬉しいのかさっぱり分からないが、適当に相槌を打つ。
ファンです!!!―――講堂に響き渡ったあの声は誰でも強く印象に残るだろう。講堂でのことを思い出した俺は、今思ったことを雑談がてら素直に聞くことにした。俺の推理が正しかったら、音無さんがなぜ演劇部に入部したのかが判明する。
「音無さん、今俺から君に質問してもいい?」
「はい!何か分からないことがありますか?」
「音無さんって春名先輩のことが好きなの?」