見学
「春~!」
リビングから声が聞こえた気がする。
あー聞こえない聞きたくない。
もう朝なんて信じたくない。
声が徐々に近づいて、自室の扉が開かれた
「もー7時半!遅刻するわよ!」
「まだ7時半じゃん」
「8時20分には始まるんでしょ学校、もー準備しなくちゃ間に合わないわよ!」
「母さん…遅れたら遅れたとき考えればいい」
「いいから着替えて、昼ご飯は適当にパン持っていきなさい」
「ありがたや~、美花は?」
「もー行ったわよ」
「んー、よっこいしょっと」
ようやく目が覚め起き上がり、効率良く準備を済ましていく。
最近の朝は母に起こされるのがルーティーンになってきている。もともと身支度に時間がかからないからギリギリ間に合う計画はちゃんと立ててる。
遅刻した方が後処理が面倒そうだからな。
「美花がマネしたら、母さんキレるわよ」
「大丈夫、俺と違って美花はしっかり者だ」
「自覚あるなら変わりなさいよ」
「気が向いたら」
「はいはい、飛ばしたらダメよ」
「分かってるって、いってきまーす」
玄関を出てエレベーターで一階へ。中の鏡で今日の自分を客観視してみる。うん、相変わらず無愛想。
自転車で学校へ向かい、予定通りギリギリ着席。
ミッションコンプリートお疲れ様、俺。
「おはよう春、チャリ通おつかれさん」
「嫌みかこのヤロー」
俺と大して距離が変わらないのに電車通学の慶太。
少し羨ましいが、こればっかりは仕方ない。
うちはシングルマザーだから、あまり負担は掛けられないしな。
まぁ俺は普通に電車乗り遅れそうだから、チャリ通がベストアンサーに変わりはない。
「そうだ春、あのあと講堂行ったのか?」
「講堂?あー演劇部…いや行ってない」
「そっか、まーそうだよな」
「でも…プチイベントはあった」
俺は昨日の幸運な出来事を慶太に話した。
「おぉぉぉぉ!春が女子の話を…!」
「あれは中々お目にかかれないほどのオーラだった」
「なるほどね~ちなみに俺はその子に心当たりがある!」
「へーそうなんだ」
「いや興味持てよ!多分だけどその子、音無理乃だよ」
「おとなし…りの」
「うん、可愛いからほとんどの男子は名前知ってるよ。成績も学年上位って噂だし、まさに高嶺の花って感じだよな」
「そんな有名人だったとはな」
「音無理乃と付き合いたいと思ってる男連中は、彼女の入る部活に入りたがってるらしいよ」
「お熱い人たちがいるもんだ」
どうやらお祈りできるチャンスは来ないらしい。
「みんなー!先生来るから席つこー!」
委員長の真田さんの号令で皆席につく。
この静かになった雰囲気で、今日も長い一日が始まることを実感してしまう。
授業が始まり、淡々と勉学に取り組む。
気付けば六限目が終わって、帰る準備を済ませた頃
「みんな知ってると思うが部活動見学が始まってる。最低一つは見に行くように。行かなかった奴は放課後私と補修だ、以上号令。」
明日の行事連絡が終わった担任が、厄介事を言い残して教室を出た。
「最低一つ…」
担任からの課題をクリアするため悩みながら裏庭を歩いていると、この先の建物で多くの男子生徒が束になって何かの見ているようだった。
近くに寄ると、演劇部と書かれた看板が引っ掛けられていた。
「あ…ここか、講堂」
それにしても演劇はこんなにも人気とは少し驚きだ。
しかし男子生徒は皆、演劇の方ではなく客席の方を直視していた。その理由は一瞬で判明する。
最前席に一人、集中して観劇している女子生徒。
「音無さんだ」
なるほど、どうやらこの連中が慶太の言っていたお熱い人たちのようだ。
これだけ人が多いと、一人一人勧誘されることはないと思った俺は、見学先を演劇部に決めた。
途中からだったが観劇して、内容は分からなかったが素人目でも先輩方の演技は上手だと思った。
「「ありがとうございました!」」
拍手が鳴り止み、現役と思われる演劇部員が中央に召集される。見学者込みのミーティングをするそうで、各々椅子を持って円を作る形で集まりだした。
帰るタイミングを逃した俺も、その円に加わることになり質問タイムが始まった。
質問内容はなんでもいいと部長さんが言ったためか、
勘違いした取り巻き連中は、ウケを狙った意味不明な質問する奴、演劇に触れずに音無さんへ質問をする奴、やりたい放題の空間になっていた。
いつの間にか一人一つ質問する流れになっていて、俺の番が来てしまった。ーどうしよう、何も考えてないのですが。
こういうときは無難で相手が返しやすいのを選ぶべきだよな。でも無難な質問ってなんだろ。んー分からん。
沈黙も良くないよな、うん、なんでもって言ってたし、思い浮かんだ疑問をそのまま言えばいいだけだ。
「演劇やってて恥ずかしいとかないんですか?」
空気が凍ったのを肌で感じた。