4護衛
「貴女にはしばらくの間、ここに住んで頂きます」
そう言われて深禄がエラに連れて来られたのは、厳かな和の空気が漂う、大きなお屋敷だった。
屋根は瓦造りで、日本庭園…はなかったが、木造のどこか懐かしい感じのする建物だった。
エラとマスターから話を聞いた後、深禄は色々と精密検査のようなものを受けた。
検査の内容は前にいた世界と同じような医療だったが、施設や器具、検査を行う人々からは深禄の世界とは異なる不思議な雰囲気が漂っていた。
どれもシンプルなデザインで、最先端な雰囲気。
気を張っていたからそう感じたのだろうか。
一方で、目の前の屋敷はあのビルとは対照的だ。
「この屋敷には他にも住んでいる人がいます。そして、貴女がここで暮らす間に護衛にあたるのが、『降閾亮』。貴女が最初に出会ったあの男です」
「な、なるほど…」
エラに紹介されて屋敷の横の庭を訪ねる。
そこからは表側から見た厳粛な屋敷の空気とは違い、もっと殺気だったような、厳しい空気が流れていた。
バシッ!ビシッと何かがぶつかり合うような音が鳴り響く。
深禄は恐る恐るデイの背からそこを覗いた
「亮さん。連れてきました」
その奥には何やら武術の訓練らしきことをしている少年少女がいた。
そして、「降閾亮」という名のその男。
彼は縁側に悠々と腰掛けながらその訓練の様子を眺めていた。
「止め」
彼の言葉でその人々はピタッと動きを止めた。
「ったく。めんどくさいね。こう言う仕事ばっかり俺に押し付けてさ」
(容姿から滲み出る上品さとはかけ離れた言動…)
姿勢を直しながら亮というあの白髪と紅の瞳の青年は面倒くさそうに話す。
「そもそも種を蒔いたのは貴方ではないですか。それに、この任務に最適なのは貴方だけでしょう?」
「マスターもいるでしょう。一応」
あからさまに面倒臭そうな顔をしている。
亮という青年はエラの上司であるはずだったが、深禄の目にはエラの方が社会人としてかっこよく映った。
できる女性といった感じだ。
「深禄さん。この人はいい加減そうに見えて、結構真面目です。そして強い。見かけに騙されずに安心して過ごされて大丈夫ですからね」
「あ…はい…(思考が読まれている…)」
エラの率直な意見に亮は、これまた面倒臭そうに「はぁ」とため息をつく。
「降閾亮。ここでまー色々指導している。この屋敷の敷地内だったら好きに過ごしてもらって構わない。部屋は後でエラに案内してもらえ。以上」
「は、はぁ…神田深禄と申します。よろしくお願い致します」
お互いに随分と短い自己紹介だった。
* * *
「ここが深禄さんのお部屋です。困ったことがあれば屋敷内にある固定電話か、このスマホで連絡してください。私と亮さん、マスターの連絡先はスマホに既に入っています。その他にも必要そうな施設の番号は登録していますので、自由に使ってください」
エラはスーツのポケットからスマホを取り出し、深禄に手渡す。
「また、困ったことがあればこの屋敷に住んでいる学生に聞いても良いでしょう。ここは彼らの学舎です。彼らと生活を共にしてもいいですし、お一人の方がよろしければこちらの部屋を中心に過ごされてください」
「外には出ない方が良いのでしょうか…?」
「そうですね。正直なところ、1週間程度はこの屋敷内で過ごしてほしいと言うのが本音です。まだ調査中のことが山積みですので、万全を期すと言う意味で」
エラの瞳が左上に揺れる。
その視線の先には特に何もなかったが、深禄には何者かがいるようなそんな雰囲気を感じた。
「また、外出をする時は必ず亮さんか私、亮さんが許可した方と一緒に行動してください。貴方の護衛としてお供しますので」
「そうですか…なんか、申し訳ないです…」
深禄の頭は自然と下がる。
深禄自身に何も被がないとは言っても、突然のアクシデントのせいでずっと自分の護衛をしなくてはならないとは、流石にあの青年が面倒臭いと言うのにも同情するものだ。
「お気になさらないでください。貴女は被害者ですし、亮さんは誰に対してもいつもああいう感じです」
(エラさんは優しい方なんだなぁ…最初は怖そうにも見えたけど、自己紹介をしてからは、ずっと口調も優しい…)
「頑張って慣れます…あの!」
「はい。なんでしょうか」
「あの、エラさんや亮さん、あそこにいた方々も私のようにこの世界にやってきた…のですか?」
衣食住は保障され、護衛もしてくれるという。
それでもこの異世界にひとりぼっちというイレギュラー感から深禄は寂しさを感じていた。
深禄の質問に対して、エラは気持ちを察したようにより優しい口調で話した。
「亮さんについて詳しいことは存じておりませんが、この世界で有名な一家のご子息です。上司ですし、ああいう方ですからあまり立ち入った話は知らないのですけどね…。私は、そうですね。深禄さんとは違う世界からですが、こちらに来ましたよ」
「そうなのですね。すみません。急に立ち入ったことを聞いてしまって」
申し訳ないと思う深禄に対してエラは「大丈夫ですよ。同じ転移民仲間はいますからね」と優しく答えた。
深禄が感じていた孤独が少し和らいだ。
* * *
深禄はこれからこの日本風のお屋敷で過ごすことになる。
衣食住は保障されており、護衛がつく以外には自由はほぼ制限されていない。
自室も和室で、優しい緑の香りがする落ち着いた部屋に和風のベッド付き。
棚にはフリーサイズの服が数点用意されており、身一つの深禄としては至れり尽くせりという感じだった。
この世界の金銭的な感覚がわからないこともあり、自立ができないことが直近の不安としてはあったが、ひとまずはなんとかなりそうだ。
これからどんな生活をすれば良いのだろうか。
守られると言っても何から、どうやって?
説明を受けた今でも深禄にはわからないこと、理解できないことばかりであった。
(とにかくこの世界に順応するしかない…よね)
疑問や不安を横に置き、この世界で過ごすことに腹を括った深禄であった。
コロナにかかり、更新ができておりませんでしたが、治りましたので徐々に更新を再開していこうと思います。
皆様も、どうかお体を大切にしてください!