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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

被召喚者の坩堝

作者: くだか南
掲載日:2023/05/01

(何も無い人生だった)

男は薄れていく意識の中で、ぼんやりと思った。

小さな子供が、赤信号で横断歩道に飛び出したのだ。

車が走って来ていた。

赤いスポーツカー。

とっさに体が動いていた。

子供のパーカーのフードを掴んで、手前に強く引き寄せた。

そして、その反動で、前方につんのめった。

衝撃。

痛み。

視界が消える。

(次に生まれ変わったら……)

ゴツ


浮遊感があった。

ゆっくりと、揺れている。

柔らかい膜のようなモノに体が触れた。

触れた瞬間、体は膜の中に吸いこまれた。

そんな事が何度か続いていくうちに、男の意識が少しはっきりしだした。

(生きているのか?)

目を開けているはずなのに、何も見えなかった。

それでいて、不安は無かった。

遠くから声が聞こえた気がした。

声と呼べるよほどはっきりしたものでは無い。

願いや、意志、自分を求める感情が、振動となって体を震わせているような。

(喚ばれている)

それが解った。

今までいた場所とは違う所から、自分を喚んでいる事が、何故だかはっきりと解った。


膜のようなものが破れた。

視界が開けた。

五感が戻った。

遙か下方に、緑の草原のようなものが見えていた。

自分は高い場所にいる。

いや、違う。

高所から、落ちている。

空気を切り裂く音が耳に響く。

落ちている。

落ちている。

男は声を上げた。

その声が、すぐに途切れた。

息が出来ない。

落下の速度で息が出来ないのでは無い。

この周りにある大気は、臭いがある、味がある、重たくて粘り気があって、喉にからみつく。

この大気は、自分が知っている空気では無い。

酸素を取り込めない。

すぐに、意識が途切れ途切れになる。

酸欠だ。

激しい頭痛がする。

そして、落下の加速度が増して行く。

加速。

加速。

加速。

もう男に意識は無かった。

激突。

石を敷き詰められた広場の端で、男は血と肉を飛び散らせた。


「今日はあれで何人目だ?」

豪奢な服を身に纏った老人が、静かに訊ねた。

「3人目です、大司教様」

小柄で背中が曲がった男が答えた。

「そうか、なかなか、降臨してくださらないな……」

「はい、しかし、いつか、我らを救う勇者様が、あの空から、降臨されるはずです」

「何故、勇者様を召喚するのに、あんなに犠牲が必要なのか」

大司教が広場に散らばった肉片に目を向け、汚物を見るように顔をしかめた。

「魔王軍の侵攻はどうなっている?」

「西方大陸は魔王軍の手に落ち、中央大陸に迫る勢いです、もう対岸の火事では済ませられない事態です」

「勇者召喚の儀式は、どれくらいのペースで行っていたかな?」

「毎日10回の儀式を執り行い、それによって召喚されるのは、平均で3人です……、そして、まだ勇者の召喚は成っておりません、今日で66日目でした」

「……、そうか、では、儀式の数を10倍に増やせ、もし勇者様が降臨されなくても、あれらの血肉を呪詛に換え、この国の魔力結界の礎として使えば良い」

「はい、明日からそういたします」

大司教は、勇者では無かった物に背を向けた。

「空から落ちて、ただ無惨に死ぬのが、勇者のわけがない」

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