3.踊り食い
断罪室
3.踊り喰い
人間には超えてはいけない一線というものが何個もある。一つは殺人、一つは薬物数えきれない程のボーダーラインが敷かれている。だがその中で最も猟奇的な物は『食人』だ、人の肉を食べる事だ。ただ殺人や薬物は連日報道などでありふれている、だが食人は滅多に起こる事はない。滅多に起こらず誰も知らない上に罪となると悪魔にとっては最高の刺激となる事だろう。
アイラはレオ達を殺してから何事もない生活を送っていた。その期間は断罪室を開くことはせず今までの事を思い出した我慢していた、それはこの小さな町では警官が彷徨くようになったからだ、当たり前の事と言えるだろう。四人もの人間が短期間で失踪したのだ、現状アイラは犯人候補として名は出ていないが詳しく調査が入るといずれボロが出るだろう、そうなった場合アイラに逃げ場はない。だがアイラには一つ策があった、それは警官が調査に来た時に神父が『断罪室』などというものを開いて人を殺していると言い罪を全て擦りつけるのだ、警官が信じるかは知らないがどうにか神父の全てをなすりつけて自分は別の街へとにげよう逃げようと考えていた。
それはさておき今日も今日とてシスターしての仕事をしていると教会に警官が二人入って来た。アイラが対応しようとすると神父がそれを止め警官の話を聞きに行く、アイラは耳を澄ませ少しでも会話内容を聞き取ろうとしている。
「こんな教会に何のようですか」
「今捜査している件についてです…」
その後はただでさえ聞き取りにくかった会話が全く聞こえなくなり盗み聞きをするのは断念しそのまま仕事を続けた。数分警官と神父の会話が続き一段落着くと神父は仕事に戻りアイラが警官に呼ばれた。アイラはすぐに警官の方に向かって話を始める。
「こんにちわ。私はこういう者です」
そう言いながら二人の警官は警察手帳を見せて来た。話を振ってくる方はは赤髪で高身長の男、名はアントニオ・フーディというらしい。もう片方は茶髪で小柄ながら鋭い目つきのソフィア・エバンズという女性警官だ。
「それでですね今日ここに来た理由は分かると思いますが未だ犯人が見つかっていないという事であなたと神父さんに話を聞きに来たってワケです」
「はぁ…でも私は何も知りませんよ?」
アイラは今神父を悪に仕立て上げても良かったのだが今言うと詳細を知っている自分も疑われかねないと思いしらを切る事にした。その後も何も起こらず警官二人は挨拶をして教会を出て行った。警官が出ていくと神父が話しかけてくる
「アイラは何か知らないのか」
「私は何も知りませんよ?知ってたらすぐに警官の方々に言いますよ」
「そうか…」
神父は物憂げな顔をしながら仕事に戻った、アイラは神父がなぜあんな顔をしたのか疑問に思いながら仕事を始めた。最近は子供達もめっきり姿を見せず退屈な日々が続いていた、だが今断罪室を開くと警官達に発見される可能性がある、となれば今は欲を抑えるしか無い。仕事を終え家に帰ったアイラは悶々(もんもん)としながら眠りについた翌朝ポストを確認すると手紙が一通投函されていた、内容はというと
『アイラ・スミス、僕はお前の悪行や素行を全て知っている、だけどお前を警察に突き出そうとなんてしていない。だが今から言う事に従わないのならば全てを警察に言う、やってほしい事は3つだ。
1.どんな方法でもいいから明日までに人を殺し冷凍でも何でもいいから鮮度を出来るだけ保った状態で保管する
2.明日の日付が変わる頃にお前の町の駅までその死体を持ってこい
3.二日後の仕事は休むと伝えておけ
これだけだ。これをしてくれるなら最高の体験をさせてやろう、出来ないのならお前は終わりだ。』
という手紙だった、そして封筒には自宅の庭に死体を埋めているアイラの写真が同封されていた。これを見たアイラは酷く冷静だった、ただ死体を準備すればいいだけなのだなと思い手紙と写真をゴミ箱へ捨てた。そして教会へと向かった、教会に着くとすぐに神父に昔からの友達が死んでお別れをする為二日後仕事を休むと伝えた。神父も快く承諾してくれた、後は死体なのだが今日断罪室を開き誰かを殺す。今日誰も来なければ明日時間ギリギリになってでも誰かを殺すしか無い。明日ギリギリに殺すなら保管する必要はないが今日殺すとなるとどうやって保管しようか悩んだ末浴槽に氷を沢山入れて冷凍しようと考えた。
仕事を終えたアイラは家に直行し軽食を済ませ教会へと向かった。着く頃には二十三時を回っており準備は万端だった、何時間か待っていると教会に誰か入ってくる。そいつはスタスタと迷いない足取りで断罪室に入って来た、入ってくると同時に話し出す
「僕は警官をやっているんです…それで僕は人を殺してしまいました、ついカッとなって…そして僕はその殺人を友人に擦りつけたんです…友人は裁判で反省の色なしとの事で無期懲役を課されました…僕はどうしたらいいか分からず…どうしたらこの罪悪感は消えるんでしょうか…?」
そう話しているのは紛れもない昼に教会へと足を運んだアントニオだ、アイラは声でその事に気付いた。今ここで殺してしまってもいいのだが相手の持ち物が分からない以上迂闊に攻撃しようものなら反撃されかねない、しかもアイラには力という力は無いただの女だ、冷静になって考える必要がある。
「大丈夫です、あなたが犯人とバレないように罪悪感を消す方法があります」
「本当ですか!?」
「えぇ。明日の日付が変わる時にこの町の駅前に行きなさい、さすれば綺麗にその罪悪感は消え去ります。」
「分かりました。明日の日付が変わる時に駅前ですね…ありがとうございます!」
そう嬉しそうに言いながら断罪室を出て行った、アイラは他の警官に見られないうちに自宅へと逃げ帰った。ドアを閉めると安心からか睡魔が襲ってくる、だがなんとかシャワーだけは浴びてすぐに眠りについた。
目を覚ます、アイラは身支度を終えキッチンから包丁を持ち出し教会へと向かう。家に帰ってから駅に行くとマークされている場合絶対にバレる、だったら仕事をわざと長引かせ日付が変わる直前に駅に行きそのまま殺す。それなら腐ったりしないし条件は満たしているだろう。
教会に着いたアイラは普段と同じく祈りを終わらせると普段と変わらない時間を過ごそうと思っていた時だった、教会に昨日とは違いアントニオだけがやって来た。彼は警官の制服ではなく私服を着ていてどうもプライベートのようだった。
「こんにちわ」
そうアイラが挨拶をするとアントニオも挨拶を返してくる、そしてアイラと神父両方に向かって話を持ちかける。
「二人はこの教会にある『断罪室』って知ってますか?」
その言葉を聞いたアイラは少し身構える、神父は微動だにしていないが少し動揺しているようだ。そんな二人を置いてアントニオは話を続ける
「昨日来てみたらやっていて話を聞いてもらったんですよ!」
アントニオの話を聞くアイラの頭の中は真っ白になっていた、そして顔面蒼白になりながら冷や汗を垂らして黙っている。アントニオは何か知らないのかと聞いて来たが神父は知らないと答えアイラは神父と同じく知らないと言いながらゆっくりと右足を踏み込みそのまま走り出し教会を飛び出た、アイラはもう二度とあの教会には戻れないと思い全力疾走で自宅に戻り必要最低限の荷物をキャリーバッグに詰め込み修道着のまま包丁片手に家を出て再び全力で駅へと向かった。駅に着くと近くの林に逃げ込み時間を稼ぐことにした、目につくことのない木に寄りかかって息を整えていると短時間ながら今までに無い焦りを感じたせいか疲れがドッと押し寄せて来た、そしてそのまま寝てしまった。目を覚ます頃には二十二時を過ぎ二十三時に近かった、アイラは目を擦りながら携帯で時間を確認しまだアントニオが来る時間では無いと安堵した。だがもう来てもおかしくはない時間、包丁を片手に今後どうするべきかを考えていた。案としてはこのまま逃げる、これが一番現実的だが四人を殺したことになるだろう。そうなった時に指名手配をされかねない、そのためこの案は却下だ。じゃあ他に何があるか神父も殺して全て無かったことにするしかない、そう決断した。
その決意を固めた直後に駅に一人近づいて来ている男がいるのを発見した、その男はキョロキョロと挙動不審ながら道を迷うことなくただ一方を目指し歩いている。アイラはどこに向かっているのかを見てみるとそこにはグリーンの小さな軽自動車が一台あった、それが手紙を書いた奴だと思い殺すのを見られても大丈夫だと確信し林から飛び出してアントニオの背中から心臓に当たるように包丁を突き刺した。アントニオは刺された事に気付くとアイラに背負い投げをかまそうとした、だがアイラを持ち上げた瞬間車のドアが開き銃声が鳴り響いた。そしてアントニオはそのまま倒れアイラは発砲したのは誰かと見てみるとそこにはまだ十五にも満たなそうな子供がいた。
「これは僕が車に入れるから持って来なよ、あるんでしょキャリーバッグ」
そう言いながらテキパキと死体をトランクに詰め込んでいる、アイラは走って林に戻りキャリーバッグを持って車に戻った。戻ると丁度死体を詰め終わり運転席に戻るとしている少年がこちらを見て「早く乗れ」と言って来たので荷物を後部座席に置き自分は助手席に座った、ドアを閉めるとほぼ同時タイミングで車を発信しこの町を離れ出した。アイラは少年が車を運転している事を疑問に思い聞いてみる事にした
「なんであなたみたいな子供が車を運転しているの」
「連続殺人犯には言われたく無いね」
そう返されぐうの音も出ずに黙り込んだ、そんなアイラを見てか少年から話題を提供する。
「まさか僕の目の前で殺すなんてね」
「これが一番腐ったりしないかなって思って」
「そうかい。にしても気持ちよさそうに寝ていたな。」
アイラは見られていたのかと少し顔を赤らめ再び黙り込んだ。少年は何も言うまいともの凄いスピードとテクニックで田舎道を走り抜けている、三十分ほど走って車を停めた。少年は車から出てトランクから死体を引っ張り出していた。アイラも車を出るとそこはどこかの山奥の小屋だった、少年は着いてこいとアイコンタクトを行い死体を担いでその小屋に入って行った。アイラもキャリーバッグを持って少年について行った、小屋の中はごく普通の民家と言う感じで何もおかしいところはなかった。
「それで何をするの?」
そうアイラが聞くと少年はニヤッと薄笑いを浮かべながらキッチンの床下扉を指差した、そして床下扉を開けると地下へと続く薄暗い階段があった。少年は死体を担ぎながら地下へと入って行った、アイラはキャリーバッグは置いて地下へと向かった。地下室は至る所に血が染み付いており異様な匂いが漂っていた、そしてキッチンと机がある。少年はキッチンへと向かいながら話しかけてくる。
「一様自己紹介しておく。アストラル・ハーリマー、十四歳。お前の事は最初の断罪室を開いている時から知ってる、というかあの爺さんが開いてる時から知ってる」
「え!?ホントに!?」
「うるさいなぁここは音が響くからあんまり大きい音を出さないでくれ」
「あ…ごめん。それにしてもこの部屋は何?それで私は今から何をするの?」
「実際は分かっているんだろ?今からお前は禁忌とされている食人行為を僕と一緒に行う」
アイラは今からする事を聞いて憶測の域を出なかった事がその領域を超え現実となると知り楽しみ半分緊張半分と言った具合でソワソワしていた。少年はいつもの事のように手早い仕事でさっさと解体を行い始めた、アイラはそれに興味津々でまじまじと観察していた。少年はある程度解体を終えてから普段ご飯でどれぐらいの量を普段食べているか聞いた、アイラはそこまで多く無いと答え少年は「そう言う答えが一番困るんだよ」と怪訝な顔をしながら分量を決め調理工程に入った。作る品は三つ、一つ目がシンプルにステーキ、二つ目がスープ、三つ目がハンバーグになった。ハンバーグのために肉をミンチにして種を作っている、アイラは料理している少年を見て手伝おうと思いキッチンに入ろうとした瞬間少年は大きな鋸をアイラの顔のスレスレに突き立て
「客人は大人しく待ってろ」
と言ってくる、アイラは鋸に怯える事はなくつまらなそうに机に戻って行った。だがハーリマーの料理をずーっと見ていた、ハーリマーは人肉などという事を抜いて単純に料理の技術が素晴らしかった。アイラは惚れ惚れしながら調理を眺めていた、一時間程して全ての料理が完成した。少年は三品を皿に移し机へと運んでいった、アイラは待ち遠しかったのか目を輝かせながらまだかまだかと幼女の様になりながら待っていた。少年が運び終え椅子に座ると「さぁ食べよう」と自信に満ちた笑顔で言ってくるので元気よく「うん!」と返事をし食事に手をつける、少年はアイラの返事を待っていた。アイラはステーキを一口食べてみる、するとあまりの味に言葉が抑えることができない
「おいしい!」
少年は満足気に「そうだろそうだろ」と言って自分も食べ始めた。会話を忘れるぐらいの美味にアイラは夢中になってしまいいつもの食事より倍ほどの量があるにも関わらずあっという間に平らげてしまった。食べ終わる頃には少年も食べ終わっていた、そしてアイラは人肉を食すと聞いた時から気になっていた事を聞いてみる事にした
「なんで私にこれを食べさせたの?」
「そりゃあお前にこの味を知ってもらいたかったからさ。それで契約をしたい」
「契約?」
「あぁ、お前は断罪室を定期的に開くなりして死体を僕に提供する、僕はその死体を調理して一緒に食べる。僕はあまり人を殺すのが得意じゃない、そこでお前に頼むWin-Winってやつだろ?」
アイラはその提案を聞くと興奮のあまり席を立ち少年い近付いていった、少年は受けてくれるのかと握手をしようと手を差し出す。アイラも手を差し出し握手をした、少年は笑いよろしくと言おうとした、その時地下にグチャリともブチャリとも形容し難い鈍い音が鳴り響く。少年はすぐにその音の正体に気付き銃を出す、だがアイラはそれを跳ね除けた。少年は逃げようとするが間に合わず押し倒され身動きが取れなくなってしまった。
「私ね人肉を食べる罪悪感が凄い事に気付いちゃったの…我慢できない、今、今、今!今食べたいの!だからあなたを殺して食べる!」
音の正体とはアイラの包丁の音だった、少年の胸部に刺されたそれは赤黒い液体を垂らしている。アイラはそれを引き抜き刺していた場所の周辺を滅多刺しにした、少年は涙を流し懇願しながら息を止めた。
アイラは殺人の罪悪感を得る事に成功した、だがその“かいかん”は幼稚な物だと気付いた、食人というこの世において最大級の禁忌を犯す罪悪感とは比べものにならないと。
すぐに食べたいと思いキッチンを漁ると幸運な事に店が使う様な大きな鉄板を発見した。すぐに準備をして少年をある程度のまとまりに解体し熱した鉄板で焼き始めた、その臭いと言えば非常に不快な物のはずなのだがアイラはそれすらもいい匂いだと思い火が通るのがとても待ち遠しく息を荒くしながら待機していた。火が通ったと理解ると皿になんて移さずフォークに刺してそのまま食べ始めた、少年の体はアントニオより美味で一時間もかけずに完食してしまった。
十分に余韻に浸り地下室から出ようと階段を登っている時だった小屋に誰かが入って来ているのを察知した、間一髪で地下室に戻り包丁を持って息を潜めていた。数分するとその人物は地下への階段に気付きゆっくりと一段一段降りて来ている事を音で理解した、階段の真横で待機し降りて来た瞬間に刺そうと考えているアイラだったがその望みは最も容易く打ち破られた。すぐそこまで来て最後の階段を降りた出来るだけ人物の首に当たるように包丁を突き出した、その人物はアントニオと共に教会へと足を運んでいた小柄な女性警官ソフィア・エバンズだ。包丁は狙い通り彼女の首に刺さった、驚き倒れたソフィアを見てアイラは階段を死に物狂いで登り出した。ソフィアは逃さないと倒れながらに拳銃を構え二発撃った、一発はカスり当たらなかったがもう一発は見事アイラの左肩に命中しアイラは痛みのせいで少し動きを止めた。だがここで止まったらまた撃たれると力を振り絞って階段を登り切り床下扉を閉めた、そして急いで止血をしてから小屋を出て少年が乗っていた車に乗り込みまともに動かない左肩を使いながら運転を始めた。行き先はそう、町だ。
目的はただ一つ神父を殺す
悪魔は一日に三人の命を狩り取った、その命をぞんざいに扱い自らの罪悪感へと変えたのだ。だがその成り立った犠牲の上で悪魔が得た物は最高の『食』だった。
だがこの楽しく猟奇的で狂っている生活も終わりを告げようとしていた
3.踊り食い