偽ヒーローは福袋発の初夢行き
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
百貨店の初売りセールは、御正月の恒例行事だよね。
この南海高野線堺東駅と隣接している高鳥屋も例外ではなく、初売りの福袋を買い求めるお客さんで賑わっているんだ。
とはいえ我が枚方家だって、衣料品や銘菓の福袋を買いに来たんだからね。
あんまり人の事は言えないよ。
「へえ…京花も福袋を買ったのか。」
「まあね、お父さん!お年玉で懐は潤っているから、五千円のを景気付けに買っちゃったんだ!」
車の後部座席に乗り込んだ私は、玩具売り場で買ってきたカラフルな福袋を誇らしげに掲げたんだ。
「欲しい物が入っているとは限らないのに…福袋を買うのは構わないけど、気に入らない玩具が入ってても邪険にしたら駄目よ。そんな無駄遣いは、お母さん許しませんからね。」
「わ、分かってるよ。お母さんったら手厳しいなぁ…」
ところが母の予見が当たったのか、帰宅した私は福袋の中身に頭を抱える羽目になっちゃったんだ…
子供部屋の床に広げた福袋の中身を見つめながら、私は思案に暮れていたの。
水中モーター付きの伊号潜水艦はカッコいいし、「お願い!バケねこん」のパーティーゲームも遊び応えがありそうだね。
一点を除けば、今年の福袋はソコソコ当たりと言えたよ。
「問題はこれか…マスカー騎士1号のアクションプラモ、もう持ってるんだよなぁ…」
日本を代表する等身大特撮ヒーロー番組の金字塔である「マスカー騎士」。
そのシリーズ第一作に登場したマスカー騎士1号は、古参ファンから御子様まで幅広い人から愛されていて、グッズも沢山出ているんだ。
中でも昨年に発売されたマスカー騎士1号のハイパーグレードは、パーツ分割で正確な色分けがなされたプラモデルで、組み立てれば全身フル可動のアクションフィギュアに仕上がる優れ物なんだ。
素組みなら接着剤も塗料もいらないから、小学生の私にも楽々組み立てられたし、造形も精巧に出来ていてグリグリ動くからお気に入りなんだよ。
だけど同じキャラクターのプラモデルを二体並べるのは変だし、中古ショップに売っても高が知れているしなぁ…
「組まずに積みプラにしたら、お母さんに小言を言われちゃうしな…厳島でロケした時のカラーリングにしようにも、スーツのラインが邪魔だし…そうだ!」
重複したマスカー騎士のプラモデルの扱いに困っていた私の頭に、閃きの電流が迸ったの。
マスカー騎士1号のカラバリなら、もっと良いのがあるじゃない。
「まずはグローブとブーツのパーツにサーフェイサーを吹いて…」
緑からグレーに染まったパーツを黄色の塗料でムラなく塗り、トップコートをかけた上で別途組み上げた本体に接続。
仕上げに黄色いマフラーを首に巻いてあげたら、悪の組織サタン機関が作った偽マスカー騎士の完成だよ。
「よし、これでマスカー騎士1号の対戦相手が出来たよ!だけどヒーローのフィギュアを偽ヒーローに改造するのは、悪墜ちさせてるみたいで複雑な気分だなぁ…」
ちょっぴり罪悪感が湧いたけど、それも一瞬。
重複したプラモデルを上手く活用出来て、私はすっかり上機嫌になっちゃったんだ。
その後は、マスカー騎士1号と偽マスカー騎士にアクションポーズを取らせて戦闘シーンを再現したり、採石場の大判写真を背景にしてデジカメで撮影したりして楽しく遊んだの。
「命のダイナモ唸る時、叫べ今こそ変身だ~!」
こんな風に主題歌まで口ずさんじゃってね。
ところが其の晩、私は奇妙な夢を見る羽目になったんだ…
夢の中の私が目を覚ますと、そこは先程までいた子供部屋じゃなかったの。
遠くの方には巨大な花崗岩が壁みたいに立ち塞がってて、足元は細かい石がゴロゴロ転がっている。
何とも殺風景な眺めだけど、そこは特撮女子の私にとって馴染み深い場所だったんだ。
「ここは採石場…だけど、どうしてこんな所に…んっ?」
腕を組もうとしたけれど、それは叶わなかったの。
何故なら私は、十字架に鎖で磔にされていたんだから。
「ど、どういう事なの…ええっ?!」
混乱して周囲を見渡した私は、右隣にいる人物と目線が合った事で、更なる衝撃に襲われたの。
「ギーッ!ギーッ!」
私と同様に十字架に架けられながら、甲高い奇声を上げている黒い人影。
黒い覆面に肋骨の描かれた黒タイツを纏ったソイツは、初代「マスカー騎士」の悪役である秘密結社サタン機関の戦闘員だったんだ。
「どうしてサタン機関の戦闘員が…まさか私、マスカー騎士の世界に来ちゃったの?」
そう言えば今の私が着ているのも、白いブラウスと赤い吊りスカートというクラシックな子供服だからね。
初代「マスカー騎士」の頃に放送されていた特撮ヒーロー番組だと、ゲストヒロインの女の子は大体こんな服装をしていたっけ。
「そっか!私はゲストの子役のポジションなんだね。きっと博士の娘か事件の目撃者って役どころで、サタン機関に捕まったんだ。だったらじきにマスカー騎士が助けに来て…」
「とうっ!マスカー・キック!」
ほらね、思った通り!
やっぱりヒーローは助けに来てくれるんだよ。
逆光でシルエットしか見えないのが難点だけど、マスカーキックのフォルムはカッコいいなぁ。
「ギーッ!」
そうして磔にされた戦闘員にキックが命中した次の瞬間、ナパーム弾の豪快な爆発音が採石場の空気と私のサイドテールを震わせたんだ。
この大迫力は、夢と分かっててもグッと来るよ。
磔の姿勢はしんどいけど、すぐにマスカー騎士が助けてくれるから問題ないね。
「待たせたな、次はお前だ…」
ほらね、実に頼もしいじゃないの。
爆煙の中から複眼を赤く光らせて歩み寄る姿なんか、鳥肌モノだよ!
「うんうん!待ってたよ、マスカー騎士…って、ああっ!」
爆煙の中から現れたマスカー騎士の全身を見た私は、思わず驚愕の悲鳴を上げてしまったんだ。
赤い複眼の輝く深緑のヘルメットも、黒い強化服の腰に巻いた白い変身ベルトも、確かに慣れ親しんだマスカー騎士1号のそれだったの。
だけど大地を踏み締めるブーツと握り締められたグローブ、そして首にはためくマフラーが違っていたんだ。
「ち、違う!偽マスカー騎士だ!」
禍々しくも毒々しい黄色のグローブとブーツを身に着け、首に黄色いマフラーを巻き付けた悪の戦闘用改造人間。
それは秘密結社サタン機関が裏切者を抹殺するために作り出した、偽マスカー騎士だったんだ。
仲間であるはずの戦闘員を爆殺したのは、きっとマスカーキックの実験台だったんだね。
「その通り!よくも俺の正義を黄色く塗り潰し、悪に染めてくれたな!タダでは済まさんぞ!」
あの偽マスカー騎士、どうやら私が改造したプラモデルの怨念みたい。
フランス人形や御雛様の怪談はよく聞くけど、特撮ヒーローのフィギュアに祟られるなんて思わなかったなぁ…
「貴様を地獄に送ってやる!行くぞ!」
「うわうわうわ…」
サタン機関の改造人間ですら爆殺出来るマスカーキックだもの。
生身の小学生に過ぎない私が食らったら、タダじゃ済まないよね。
夢の中で死ぬ事になったら、一体どうなっちゃうんだろう。
厄介な初夢になっちゃったなぁ…
採石場で磔にされ、偽マスカー騎士に追い詰められてしまった私。
正しく絶体絶命の大ピンチだね。
「うわああっ、神様仏様に天神様!明日必ず初詣に行くから何とかして下さい!何なら三社詣りをしますから!」
その祈りが天に通じたのか、私のもとに救い主が現れたんだ。
馴染み深くも頼もしい、あのエンジン音と共にね。
「待てっ、サタン機関の改造人間!その少女を殺させはしないぞ!」
「な、何奴…グワッ!?」
狼狽えた偽マスカー騎士は次の瞬間、猛スピードで突っ込んで来た白いオートバイに弾き飛ばされたんだ。
「グワアアッ!」
身体の各所から火花を散らしながら、採石場の大地をゴロゴロと転がっていく。
その無様な姿を見ていると、胸が空くように爽快だったよ。
「この私がいる限り、サタン機関の好きにはさせない…」
そうして改造バイクのタイフーン号を急停車させて現れたのは、本物のマスカー騎士だったの。
首元を飾る真紅のマフラーが、目にも鮮やかだよ。
「痛むかい?だけど、もう大丈夫だよ…」
「ありがとう、マスカー騎士!」
拘束を解いてくれたその腕で、私の頭を撫でてくれるマスカー騎士。
緑色のグローブに覆われた腕は、力強くも暖かかったんだ。
「おのれ、マスカー騎士1号!そこを退け!ソイツは俺が殺さなければならないんだ。」
ヨロヨロと立ち上がった足は未だ震えが残っていたけれども、偽マスカー騎士の赤い複眼は私をしっかり睨みつけていた。
その視線には、今尚激しい敵意がこもっていたんだ。
「その小娘は、俺の正義を悪に塗り潰したんだ。コイツが黄色い塗料を塗るまでは、俺は正義でいられたのに…」
いや、それは敵意というより悲しみに近かったね。
複眼の下の涙目ラインも相まって、俯いた偽マスカー騎士の仮面は本当に泣いているように見えたよ。
「それは違うぞ、偽マスカー騎士。彼女は俺達を共存出来るようにしてくれたんだ。」
軽く首を左右に振るマスカー騎士の声色は、さっきまでの闘志が嘘だったように思える程に穏やかだったの。
「共存だと?それはどういう事だ…」
「もしも彼女がお前をそのまま組み立てていたら、マスカー騎士1号が二人になってしまっていただろう。或いは組み立てられずに積まれるか、リサイクルショップに売られて誰かに買われるのを待つかだな。」
マスカー騎士1号ったら、プラモをダブらせてしまった私の悩みを端的にまとめてくれたね。
福袋の中身を広げた子供部屋で思案に暮れていた時の事が、ありありと思い出せるよ。
「だが彼女は、そのどちらも選ばなかった。『重複したマスカー騎士1号のプラモ』ではなく、『偽マスカー騎士』というアイデンティティを、お前に与えてくれたんだ。そうだね、京花ちゃん?」
「そうだよ、マスカー騎士1号!私、偽マスカー騎士のプラモをぞんざいに組み立てた覚えはないよ。キチンとヤスリがけもやったし、色剥げしないようにトップコートもかけたんだ。末永く遊びたくて、一生懸命に組んだんだよ!」
私達の言葉を聞いた次の瞬間、偽マスカー騎士がビクッと身震いしたの。
そしてリペイントされた箇所であるブーツとグローブを、しげしげと見つめ始めたんだ。
「確かに塗りムラが全くない…そこまで俺の事を思いながら組んでくれたんだな…」
やがて偽マスカー騎士は私達の方へ向き直ったんだけど、その視線には先程までの刺すような敵意は感じられなかったの。
その事にはマスカー騎士1号も気付いたみたいで、偽マスカー騎士の黄色いグローブに手を差し出し、シャンと立たせてあげたんだ。
「安心してくれ、コイツなら大丈夫だ。君の誠意が通じたんだよ。」
「まさか偽物がアイデンティティになるとは思わなかったが、君は俺達に個性を割り振ってくれた。その事には感謝しないとな。」
引き起こされた流れのまま、本物のマスカー騎士1号に肩を組まれる偽マスカー騎士。
だけど、満更悪い気はしていないのは気さくな口調からも明白だったよ。
たとえ偽ヒーローに改造されても、友情や優しさを尊ぶ心は残っているんだね。
「じゃあな、京花ちゃん!本物と遊ぶのもいいが、たまには俺とも遊んでくれよ!」
タイフーン号のタンデムシートにかけた偽マスカー騎士の気さくな声が、どんどん遠くなっていく。
走り去っていく戦闘オートバイの後ろ姿を、私は夕闇迫る採石場に佇みながらいつまでも見守っていたんだ…
子供部屋のベッドから身を起こすと、枕元には二体のアクションフィギュアが仲良く並んで鎮座していたんだ。
「遊んでいて寝落ちしちゃったんだ…あんな初夢を見るのも無理はないよね、こんなのを枕元に置いてたんじゃ。」
呆れながらアクションフィギュアを手に取る私だけど、本心を言えば満更でもなかったんだ。
あんなに濃密でスリリングな初夢は、そうそう味わえないもん。
せっかくだから今日の初詣には、この二体を連れて行ってあげるのも良いかもね!