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「ところでアンナ、テラはそろそろ領地から戻ってくるの?」
「来週あたりに戻ってくるという知らせは頂いております」
「そう、テラが帰ってくればお父様も一安心ね」
「お嬢様、悲しい事を言わないで下さい。お嬢様あっての侯爵家ですからね」
「嬉しいことね。あ、レヴァイン先生に手紙出しておかないと」
アンナは何か言おうとしていたけれど、私は気にせず立ち上がり、机から手紙を取り出して書き始める。卒業パーティ後、どうすればいいのか聞いておかないとね。
私は魔法便で早速レヴァイン先生へ送った。卒業まであと少し。
全然卒業って感じがしないのはずっと王宮にいて学院に行く事がないからかな。
明日からはまた仕事忙しくなるかなぁ、と思いながら父と夕食を済ませてベッドに横になっているとレヴァイン先生から手紙が返ってきた。
どうやら卒業パーティ前に王都に一旦戻ってくるみたい。公爵家で私の卒業を待ってから一緒に旅立つらしい。どこかの村で合流するものだと思っていたのでちょっと嬉しいわ。
卒業した翌日に零師団に顔を出すように、と書いてある。楽しみだ。
翌日から休日までの三日間はドゥーロさんとの鍛錬から始まり、王宮の影としての任務をこなし、夜は報告書を書いて家に戻る事を繰り返し、ようやく休日を迎えた。
「アルノルド先輩、遅かったですか?」
「いや、私も今来たところだ」
ギルドに到着すると、依頼板の前に立っていたアルノルド先輩に声を掛ける。今日は何処へいくのかな。久々の討伐に心が躍るわ。
「今日はどんな魔獣を討伐するんですか?」
アルノルド先輩はうーんと依頼書とにらめっこしているので聞いてみた。今までは地域だけ見てサクサク取っていたけれど、必要な素材の取れる魔物や場所を考えているのかもしれない。
「少し遠いが大丈夫か?」
「えぇ、休日は三日あるので遠くても大丈夫です」
「そうか、なら隣村のワイバーンを討伐しに行こうと思うがいいか?」
ワイバーンといえばBランクの魔獣だ。飛行種で他の飛行種に比べて強度もあり、倒すのが大変なのでBランクになっている。
ただ地面に落ちてしまえばDランク位の強さになる。どう落とすかが問題になるのよね。剣士には不向きな魔獣なの。私もアルノルド先輩も魔法が使えるのでそこまで難易度の高い依頼ではないかな。ただ、討伐の数が凄かった。
「ワイバーン二十頭、ですか?」
「あぁ。前は私個人の研究だったから少しの材料ですんだのだが、今回は錬金が成功すれば数が必要になるんだ。騎士団にも依頼はしているんだが、自分たちで討伐した方が早く素材を手に入るし、綺麗に狩る事ができるだろう?」
確かに。私たちは素材を活かした狩りをする方が多い(主に私は食糧調達のため)騎士たちは村や街に出没する魔獣を主に駆除する目的で討伐する事が多いため素材は二の次になってしまうらしい。
レヴァイン先生が見たら絶対怒る狩り方よね。剣や魔法の技術が成長した今なら許してくれるかも?
「まあ、そうですよね。騎士団は駆除が主な目的ですから」
アルノルド先輩はワイバーン討伐の依頼書を数枚取り、受付へと持っていく。
受付の人が言うには、今、南にある村の先にワイバーンの繁殖場と化した場所があると教えてくれたのでその情報を頼りに南の村行きの馬車に乗り込んだ。
「あそこの村まで馬車で半日掛かりますよね。イェレ先輩のように行ければいいんですけどね。
転移魔法ってやはりむずかしい。それか村までピューンって飛んでいければいいんですけれど、魔力がもたない気がします」
「なんだ、マーロアはまだ転移魔法をイェレから教わっていないのか。マーロアの魔力量なら遠くは行けないが、転移自体は出来るし、覚えて置いた方がいいかもしれないな」
「イェレ先輩は今忙しいみたいだし、やっぱりリディアさんに聞いてみようかな」
私は思いついた事を口にしたらアルノルド先輩はうんうんと頷いた。
きっとリディアさんなら教えてくれるはず! だってイェレ先輩のお姉さんだもの(願望)
アルノルド先輩は私の様子を見てフッと笑っていたわ。
そこからは魔道具の話になった。普段王宮で活動する時に困った事やあると良いなと思った事を話したわ。今の私の暗器にもなっているダガーナイフについても。
小型化や、機能があっても良さそうなのよね。魔道具に関してアルノルド先輩は何処からともなく出した手帳に何かを書いている。
新しく何かを作ってくれるのかな。
あと、零師団で使っているイヤーカフについても全員に繋がってしまうのが残念なので改良出来ないかと言ってみた。だって、知らない誰かに話すのって恥ずかしいじゃない?
同じ職場だとしても、ね?
みんなの前で発表している感じに思えてちょっと躊躇するのよね。フムフムと聞いてはメモしている。
それから、ソルトラ錬金術師長の話もしたわ。なんとかしてってね。これにはアルノルド先輩も苦笑い。やっぱりそうよね、先輩の師匠だし。
そうして楽しく雑談している間に目的地の村に到着した。
お昼過ぎに到着したので早速ワイバーンを探しに行くことになった。今日中に少し倒しておきたい。繁殖地となっているということはかなり数がいるって事よね。
「先輩今日の間に全てのワイバーンを討伐するのですか?」
「そうだな、居たら倒すことになるだろうが多分居ないと思う。ここを繁殖地にしているワイバーンは多くても一つの集団で十頭位の群れにしかならないから一ヶ所ではなく点在する感じだろう」
「そうなんですね。倒し方はどうするのですか?」
「地上に降りている場合はそのまま首を刎ねてしまうが、飛び上がったら風魔法で落としてから倒すのが最良だと思っている」
首を刎ねるということは頭は要らないのかな。ドゥーロさんとの訓練で編み出した技をちょっと使ってみたいのよね。
「アルノルド先輩、頭は要らないのですか? ちょっと試したい事があって」
「試したいこと? やってみるといい。頭は必要ない」
よかった。私は試したい技の使用許可が出たのでちょっとウキウキ気分になりながら繁殖地へと歩いている。
暫く歩いていると森の中にぽっかりと開けた場所が出来て居るのを確認した。どうやら繁殖地に到着したようだ。
森の一部の木々を火球で焼いて作ったのか一ヶ所だけが丸裸の状態になっている。その状態になっている中央には枝が敷き詰められ、巣が作られていた。
巣の数から考えてここでは六頭のワイバーンが生活しているのだろう。
草むらで息を潜めて観察していると、餌を取りに行っているのか三頭しかいないけれど、三頭とも地上で卵を温めているわ。確か、卵は貴重品だったわよね。どこかの国では卵から孵してワイバーンの部隊を作る所もあるらしい。
珍味でもあるらしいので高値で取引出来るはずよね。
「先輩、今がチャンスですよね」
「あぁ、今なら楽に倒せそうだな」
「この間出来るようになった魔法を試してみますね!」
私はそう言うと、なるべく巣に近い場所まで近づきウィンドショットを声に出して撃った。この魔法はあまり知られていない。
一般的に使われるのはウインドカッターなの。風で刃物のように切るのはイメージがしやすい。
ウインドショットは空気を圧縮させた物を敵に向けて打つのだけれど、空気を圧縮するという概念が殆どない。
私も実際の所はよくわかっていないけれど、風で吹き飛ばす範囲を極限まで狭めて勢いを極限まで留めて一気に放つ、という事らしい。
ドゥーロさんは私と訓練する時は剣で相手と打ち合っている隙を突いて掌から風を出し、吹き飛ばすという事を無詠唱でやっている。本来の敵ならこれが火や水になるため、敵は大怪我をする事になるのだ。
ドゥーロさんはその風を暗部用にカスタマイズして範囲を指先程に狭めて威力を上げて急所に放つ技を編み出したらしい。
魔法が使える人は大きな魔法を使う傾向がある。見た目も派手で分かりやすいせいもあるのだと思う。
それに学院では中級魔法まで本の通りに習うだけなのでカスタマイズ出来る事も殆ど知られていないのだ。
私が使えるのはドゥーロさんが使っている所を見ているため、イメージが定着したからだと思う。けれど、空気を圧縮する技術はとても容易ではなく、かなり難易度の高い魔法だ。
先ほど撃ったウィンドショットは見事にワイバーンの頭に直撃し、音と共に頭から血を流してパタリと動かなくなった。どうやら成功したみたい。
私の打つウインドショットは命中率もまだまだ低いので目下練習中なの。