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不思議そうにアルノルド先輩が聞いてきた。私は唐突に聞かれてビクッと反応しながらファルスに視線を向けた。ファルスは従者モードに入ったみたい。
私はどうしようか考えているとイェレ先輩が結界を張った。
「お前、周りを見てから言えよ。ちょっとは空気を読め。隠す程の何かがあるんだろう?」
イェレ先輩が張った結界はどうやら防音が施されているらしい。
私はばれてしまったからには仕方がないと腹をくくり、二人に話す事にした。
「ふうん。殿下の側近には最適だね。油断させておいて魔法を使って逃がせる」
「そうですね。でも魔力無しの貴族令嬢は貴族社会から爪弾きの存在です。
私は今まで村に追いやられ平民と変わらない生活してきたし、今更貴族令嬢として生きるのは窮屈すぎるのです。
それに魔力ありとばれてしまえば冒険者の夢は断たれてしまうし……。ですからご内密にお願いいたします」
「だから装備も特殊なのだな。それにしても私やイェレが分からない程に魔力も抑えきっている。コントロールが凄いな。マーロアは錬金の才能があるんじゃないか」
アルノルド先輩がそう言うとイェレ先輩が口を挟んだ。
「俺は分かっていたぞ? 魔力があることは。だがごく少量しか見えていない。実際はどれほどの魔力量なんだ? それにファルスと言ったか。君の魔力量も気になるな。平民にしては高い。元貴族なのか?」
イェレ先輩が不思議そうにファルスに聞いている。魔力の量は遺伝すると聞いたことがある。ビオレタは乳母として小さな頃から一緒にいたけど、ファルスの父については聞いたことが無かった。ビオレタ自身も貴族だったかもしれない。
「俺は母から父親の話を聞いたことはありません。母は没落した元伯爵家の三女だったとは聞いた事がありますが」
ビオレタはずっとエフセエ侯爵家で働いていたから父ならファルスの父の事を知っているかもしれない。
ファルスが父に会いたいとなったらビオレタも教えてくれるだろう。
因みにファルスはビオレタにあまり似ていないため、ファルスは父親似なのかもしれない。
「私の魔力は母が子爵家の出で下位貴族の持つ平均的な魔力程度だと思います。ですが、詳しく検査をしたことがないのではっきりとした事はわかりません」
そう言いながら魔力を一瞬だけ隠す事無く体内に巡らせる。
「ふうん。俺が見た所ではまぁ、少な目。だが、魔力のコントロールは凄い。王宮魔術師並みだね。ファルスはそれより多いな。マーロアは魔術師になる気はないのかい?」
「お誘い有難うございます。ですが、魔力なしで押し通す事にしようと思っています。魔力の量が少ないため魔術師になっても力不足で足手まといになりかねないと思います。それに将来は冒険者になるのが夢なので」
「魔力を隠していたら普段魔法の練習をしていないんだろう? ならさ、俺の所に実験の被験者としておいで。魔法練習する時は結界を張って見えなくするから。
ファルスも魔法を使いこなせるようになったら剣の腕も相まって王宮騎士団にすぐに入団出来るだろうね。君も冒険者になるのか?」
「俺は将来騎士になるのが夢です」
「なら丁度良いじゃないか。どうかな?」
そう言われてしまえば反論のしようがない。私たちはイェレ先輩の誘いに頷いた。
「じゃぁ、明日から研究室へおいで。アルノルドの研究室はちょうど向いにあるあそこの部屋なんだ。アルノルド、お前もついでに呼んでやるよ」
「いつも私の研究室に入り浸っているのはイェレの方なのだが」
どことなく不満げな顔のアルノルド先輩。とは対照的に私たちの目は輝いていたに違いない。
偉大な魔術師に師事を仰げるなんて素晴らしいことなの!
長期休みは先輩の魔法特訓で終了しそう。
そうしてイェレ先輩はパチンと結界を解き、イエロードラゴンをサクサクと持っていた短刀で切り分け始めた。内臓類はどこから取り出したのか魔法陣の書かれてある大きな瓶に詰め込んでいる。余った肉は食堂に寄付するらしい。
今日の夕食はドラゴンステーキかも!
さっき食べた肉の味を思い出し、また食べられるのかと思うと上機嫌になった。
その後、アルノルド先輩と私たちは明日以降の話をする。
今回の探索は三人で色々と採取したから素材は早いうちに貯まったらしく、アルノルド先輩は明日から錬金作業に入るのだとか。
私たちはドラゴンの皮を防具屋に持っていった後、イェレ先輩の魔法特訓に入る事になった。
翌日、ファルスと共に防具屋のダンジオンさんの所へと向かった。
「ダンジオンさん、お久しぶりです」
「おお、マーロアにファルス。今日はどうした?」
「ダンジオンさんに新しい防具を作ってもらいたくて相談にきました」
「今着ている防具は気に入らなかったのか?」
ダンジオンさんは顔色を変える事無く私たちに聞いてきた。
「今の防具は凄く気に入っています。昨日、学院の先輩とギルドの依頼をこなしていたのですが、帰り際に遭遇したドラゴンと対峙して倒したんです。先輩が『新しい防具を頼むといい』と言ってドラゴンの皮を大量にくれたので持ってきました」
「ほう。どれ見せてくれ」
ファルスはリュックからドラゴンの皮を出し、ダンジオンに差し出した。
「おぉ、これはイエロードラゴンの皮だな。いい素材じゃないか。それに量もある」
「あの、俺たち、そんなにお金持っていなくて……」
ファルスはそうダンジオンさんに言うと、彼はガハハと笑った。
「こんなに大量にあるんだ。あまったイエロードラゴンの皮をくれるだけでいい。そうだな、今着ている防具はどちらかといえば学院内で着るための防具だ。魔獣を狩るのに合った防具を作っておく。二人とも魔法を使う時に補助となるような装備がいいだろう?」
「やった! 俺もマーロアもこの長期休暇中はイェレ先輩の元で魔法の訓練することになったんだ」
「ほぉ、イェレ・ルホタークか。なら魔法の使い方が飛躍的に良くなるだろうな。お前らは運がいいな。防具の事は任せておけ」
「「お願いします」」
イエロードラゴンの皮を使った装備はどんなものが出来るか楽しみだわ。
私とファルスはたわいのない話をしながらイェレ先輩の研究室に向かった。
「イェレ先輩来ました」
私たちは部屋へ入ると、先輩は機嫌よく出迎えてくれた。
イェレ先輩の研究室はしっかりと整理整頓されているが、なんだかおどろおどろしい。
謎の目玉が詰まった瓶や腸っぽい物の瓶やトカゲっぽい物があったり、血の瓶があったりと沢山の魔術に使うと思われる素材が棚にみっちりと置かれている。
ここは呪術を専門とする魔女の家か? って思うほどのグロが詰まっている。
私もファルスも魔獣狩りをして素材取りや食糧として魔獣処理をするのでうぇぇと感じるだけで済んでいるけれど、これが普通の令嬢なら卒倒してしまうこと間違いなしね。
イェレ先輩には婚約者が既にいるのかしら? この部屋を見て卒倒しない令嬢を見つけるのは相当苦労するのではないだろうか。
余計なお世話だと思いつつ考えが頭を過った。
「マーロア君、なにか失礼な事を考えていそうだな」
「!? いえ、何も考えていません」
「まぁいい。二人ともこっちへ」
私たちは促されるままにソファへと座った。イェレ先輩はガサゴソとローブの中から二つの箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは簡単なギミックだ。君たちは今からこの箱を開ける練習する。勿論魔力を使って開けるんだぞ?」
何の変哲もない木で組まれた箱のようにも見える。持ってみると軽くて丈夫そうな感じだわ。先輩に言われた通り魔力を指先から箱に通してみるとあら不思議。
継ぎ目が少し光った。これは魔力をどうやって通すかで箱が開くのか。ファルスも同じように思っていたようで両手から魔力を流したり、指先に少し魔力を乗せたりとし始めていた。私も負けていられない。
私も悪戦苦闘しながら箱開けに挑みはじめた。
…… …… ……
…… ……
……。
「二人とも今日はこれまでだ。また明日」
イェレ先輩はポイッと私たちから箱を取り上げるとそう言った。周りを見ると既に夕方だったわ。私もファルスも『もうこんな時間!?』と慌てて寮に帰った。