113
「さあね。原因はまだ解明されていないけれど、魔獣が生まれる歪みができるっていう噂もあるわね。最近は各地で魔獣が活発化しているみたいだし、何か関係はあるのかもしれないわね」
「それにしてもリディアさんが王宮魔術師のローブを着ているのは珍しいですね。スタンピードに参加するのですか?」
「ええそうよ。私は普段ただの伯爵夫人だけど、王宮から直接依頼がある時はこうして王宮魔術師として活動しているの。久々に大きな魔法が打てると思ったら楽しみで仕方がないわ」
そうだった。
リディアさんはイェレ先輩のお姉さんだった。姉弟の全力攻撃は一体どんな感じなのか見てみたい気もする。
「ロア、休みのところ悪いが、騎士たちの治療に当たってくれ」
「畏まりました」
「ああそうだ、これを。すぐに向かってくれ」
私は一枚のネームプレートを団長から受け取った。もちろん姿も名前も偽造だ。ご丁寧に陛下からの紹介状も準備されている。
「畏まりました」
私は姿を変えて王宮の騎士団医務室へとやってきた。
「医務官長はいますか?」
「私だ。君は?」
「私の名はカイ・ルディットと言います。今回のスタンピードに医務官の一人として治療に参加することになりました」
「ああ、助かる。治療ができる者は一人でも多い方がいいからな」
私は紹介状を医務官長へ渡すと、医務官長は私をちらりと見て頷いた。
「カイ、では他の者たちと共に現場へ向かってくれ」
「承知いたしました」
「カイ君、こっちだ」
「はい」
私は傷薬などの魔法薬の瓶が入った鞄を担いで他の医務官たちと共に訓練場へ向かった。
訓練場には既に騎士達が整列していて緊張感に包まれていた。
「王都の南側でスタンピードの兆候が発見された。幸いにもまだ魔獣の数は少なく、街まで距離がある。今、ここで我々が食い止める。我々がここで止めなければ国が亡びるかもしれない危機に直面しているのだ。各人、全力で戦え! 後ろを振り向くな! 自分たちの大切な人を守るために!」
「「「オー!」」」
今回は殆どの騎士は徒歩で向かうようだ。
私たちのように荷物を運ぶ必要がある者だけは馬車に乗り込み出発する。
「スタンピードと聞くのは何年振りだろうか」
「俺が五歳になった時に一度隣国付近であったんじゃなかったかな」
「なら結構前だな」
馬車内でそんな話があった。私は幼かったせいもあり、もちろんそんなことが起こっていたなんて全く知らなかった。
当時もこうして対処していたのだろうか。
「そういえば、カイ。君は陛下の紹介だったな。普段は何をしているんだ?」
「ああ、俺は普段冒険者をしている。今回は近くにいたから呼び出しに応じたんだ」
「そうか。冒険者だったか。なら大丈夫だな」
「どういうことだ?」
「ああ、俺たちも聞いた話でしかないんだが、医務官のテントに魔獣が突っ込んでくる可能性もあるらしいんだ。その時に我々は逃げるか反撃するかの判断に迫られる。だが、治療中の怪我人を放置して逃げたら確実に怪我人は死ぬことになるだろう? 俺たちも命がけで戦うしかない」
「そういうことか。俺はBランクの魔獣くらいまでなら一人で対処可能だ」
「頼もしいな」
この時ばかりは医務官たちも騎士服に白衣を着て中には剣を携えている人もいる。彼らの魔力量は多いが、攻撃魔法が苦手な人も多いと聞く。
何かあれば剣で戦うのかもしれない。
「雑談も終わりだ。そろそろ到着する」
医務官長の言葉で空気は変わった。
魔獣が襲ってくる危険がある中での治療。誰もが無事でありたい。
重苦しい空気の中、馬車はゆっくりと停車した。
「準備に取りかかれ」
「「はい」」
私たちが馬車から出ると、そこには何匹かの魔獣が倒れていた。
先に魔術師がボア牧場付近で魔獣を倒してくれていたようだ。場所を確保したところで医務官がテントを張り、準備をする。
私たちがテントを張ったのはボア牧場だ。
この場所は開けていて魔獣の姿を発見しやすいし、森の中ではテントが張れないためここの場所になった。
隣には王族テントが設置された。どうやら今回、アロイス王太子殿下が指揮を取ることになっているようだ。
私たちが準備を終えた頃、騎士達が到着した。
彼らの一番後ろにはアロイス王太子殿下の姿も見える。
「これより魔獣殲滅に入る!第二団、第六団、第十団は右方向から。第三団、第九団は左方向から。残りはこのまま進軍を! 進め!」
「「「オー!」」」
号令と共に全ての騎士が進軍していく。
魔術師たちも空から魔獣の群れに向かって攻撃魔法を打っているようだ。
私たちが発見した時はまだ森を進んでいくと魔獣達がいる状態だったが、攻撃している音からしてここボア牧場付近まで魔獣達が降りてきているのだろう。
そのうちに騎士達の声も聞こえてくるようになった。
「おい、結構近いな」
「俺たち、大丈夫だろうか」
「大丈夫だと思いたい」
「お前たち、この結界杭をテントの周りに打つんだ」
「わかりました」
医務官たちは急いでテントの周りに杭を打ち始めた。
この杭は最後の砦ともいうべきか、魔獣を防ぐ物のようだ。
今までの結界杭は人や物など全てが移動できないものだったが、ソルトラ錬金術師長のおかげで魔獣だけ侵入を防ぐことができるものになったのだ。
ただ、これは結界内にいる起動した者の魔力を消費するため、今回は医務官長の魔力に頼ることになる。
ぎりぎりまでは起動させないようだ。
今は怪我人もいないため、しばらく私たちは騎士達が進軍していった方向を眺めていると、地響きが鳴った。
その後、急に森が暗くなり、尋常ではないほどの雷が森に落ちているのが見えた。
「あれは……?」
「凄いな。あれってルホターク姉弟だろ?」
「あの二人の使う魔法はやっぱり別格だよな」
驚いた。
イェレ先輩が使用する攻撃魔法は強力だと知っていたつもりだったけれど、本気を出すと天候まで操ることができるのね。
二人の魔法は桁違いだ。
驚くしかない。
「あの威力であと数発くらい打てばスタンピードなんてすぐに終わるだろうな」
医務官たちはイェレ先輩たちがいる空を眺めながら呟いている。
「さて、そろそろ配置についてくれ。魔術師たちが倒し損ねた魔獣討伐が始まるぞ」
「「「はい」」」
隣のテントにいるアロイス王太子や側近たちはどうしているのだろうか?
この騒ぎでも誰一人テントから出てくる様子はないようだ。




