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とある一室に俺は呼び出された。
「お呼びでしょうか」
礼をして部屋に入ると、そこにはアイロス王太子殿下とシェルマン殿下がソファに座って談笑していた。
「ああ、ファルス君。君を待っていたんだよ」
アイロス殿下が手を挙げて答える。俺は何を言われるのかとドキドキと緊張しながら立っていると、アイロス殿下が口を開いた。
「単刀直入に聞こう。ファルス君、君はマーロア嬢の事が大好きだよね?」
!?
突然の事にビクッとなってしまったのは仕方がない。
「は、はあ。そうですが」
「マーロア嬢は侯爵令嬢だ。君は残念ながら平民だ。婚姻は絶望的だな」
「……」
「でも君は父上に願っただろう? 団長になった暁には爵位が欲しいと。団長になるまで最短でも三年は掛かる。それまでマーロア嬢に待っていろと言えるのか? 騎士爵や男爵だった場合はどうする? 侯爵は許すだろうか?」
「……」
痛い所を衝かれて俺は黙るしかなかった。
「だが!! そんな君に朗報がある」
「は、はあ」
二人とも俺を見てニヤリと笑った。
絶対良い話じゃないな。
そう思い、覚悟を決めて話を聞く。
「この間、私は襲撃に遭ってね、暗部のおかげでこの通り無事だったんだが、側近の一人が足を無くして側近として仕える事が出来なくなってしまったんだよ。
襲撃者は勿論全員捕縛し、処刑も行った。荒れた貴族社会もここ最近特に落ち着いてきている。で、だ。君に新たな側近として私に仕えて貰いたいんだ」
アイロス王太子殿下はそう話した。
「もちろんタダとは言わない。確か、君の母親は元伯爵令嬢だったよね? 平民が王族の側近では反発を生むだろう?」
「伯爵位を、貰えるのですか?」
「ああ、母親が継ぐはずだった伯爵位を君に返そうと思うんだよね。どうだろう、側近にならないか?」
俺が躊躇っていると、止めとばかりにシェルマン殿下が口を開いた。
「ファルス君。マーロア嬢の事なのだが、実はアシュル侯爵家からマーロア嬢を息子と結婚させたいと話が出ているそうだぞ? 歳が離れていても魔力無しでもいいそうだ。
ガウス侯爵からもな。アルノルドの錬金馬鹿に引かない令嬢としてマーロアが気に入られているそうだ。それに君の実父の件もある。どうする? 猶予はなさそうだが」
絶対逃げられないように仕向けられている事は分かった。
「なぜそこまで自分にしていただけるのですか?」
アイロス殿下は不敵な笑みを浮かべ、シャルマン殿下の淹れたお茶を手に取っている。
「少し違うな。俺たちはマーロア君が欲しいのだよ。ファルス君自身も優秀で側近になる資格は充分だ。だが、魔力無しと思われている令嬢が王族の側にいれば敵は油断するだろう? それに彼女は強い。
魔術に関しては王宮魔術師としても働ける程の腕前だそうだ。騎士としての実力は女ながらに団長クラスだ。情勢は落ち着いてきているとはいえ、戦える側近が一人でも多く欲しいんだよ。
もちろん君もそうだ。騎士団長になる実力も十分にある。魔力量も多く、イェレに師事して魔術に関してもかなりの実力だと聞いている。学院でも成績優秀だった。
それに君はずっと従者としても働いていてきめ細かな部分までよく気が付く。私の執事兼側近として申し分ないのだ」
アイロス殿下は熱弁するあまり、カシャンと音を立ててお茶が勢いよくテーブルに零れた。
お茶を零すほど力説する殿下を見て俺は苦笑する。
これはもう逃げ切れないな、と。
「……わかりました。そのお話、お受け致します。ですが、執事兼側近というのがよくわかりません」
「あぁ、私たちには専属の執事がいるんだが、何かと忙しいんだ。視察には付いてこられない時も多々あってね。お茶も満足に飲めない有様だ。側近が淹れるお茶は不味くてかなわない。ファルス君に頼む事になるからだよ」
視察中のお茶淹れ係か。
「承知致しました」
俺は騎士の礼を執る。
「これから宜しく頼んだよ。あ、そうそう。この後すぐにエフセエ侯爵の所へ行くといいよ。君の願いを聞き入れ、後ろ盾となって実父の横やりを押さえて貰っているんだろう?」
全く食えない人たちだ。どこまで事情を知っているんだろうか。
「分かりました。すぐに伺います」
そう言って俺は部屋を後にした。
侯爵家へ向かい、王太子殿下の側近になることや伯爵になること。そしてマーロアと結婚したいと侯爵にお願いした。
侯爵は苦い顔をしていたけれど、オットーさんもその様子に苦笑しながら口添えをしてくれて許しを得た。
マーロアが結婚してもいいと返事をしたら、という条件付きだったが。
邸の使用人たちは俺の快挙にとても喜んでくれた。アンナさんはしっかりとお嬢様を捕まえろって命令だった。母にもすぐに手紙を出した。マーロアが好きだって書くのは少し照れ臭かったけれど、母からすぐに返事が返ってきたのは言うまでもない。
きっと母は苦労してきたから泣きながら喜んでくれていると思う。そこからの行動は自分でも早かったと思う。
プロポーズの場でマーロアが喜ぶ演出がしたいので協力して欲しいとイェレ先輩を拝み倒したのは言うまでもない。頼みを聞く代わりにブラックドラゴンを一緒に倒してほしいと言われ、倒しに行ったことも今では懐かしい。
マーロアは俺の選んだドレスを着てくれた。とても美しかったんだ。改めて誰にも渡したくないって思った。
プロポーズした時は心臓が口から出そうなほど緊張したんだ。
彼女が俺を受け入れてくれた時、嬉しくてその後の記憶が曖昧なんだ。
俺は幸せ者だ。
美しい妻がいて、優しい両親たち。上司にも多分、恵まれている。
初夜は妻から剣のプレゼント。国宝級の剣を貰った喜び。しかも二人お揃いだ。嬉しすぎる。これは殿下たちに自慢するしかないな!
休日は二人で狩りに出掛けたが、切れ味に驚く。
『これならドラゴンも一人で倒せそうだ』とマーロアに言うと、私も倒してみたいと。今度一緒にドラゴンを倒してみようと思う。
それから俺たちは一緒に(視察という名の)旅行も楽しんだ。
今は膨らむ妻のお腹を心配しながらも幸せな日々に感謝しかない。
【完】
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