106
「「マーロアお嬢様、お帰りなさいませ」」
久しぶりに帰ってきた我が家。オットーやアンナたちが温かく出迎えてくれたわ。
「ただいま。お父様はいる?」
「旦那様は只今執務室で仕事をしております」
私は執務室へと向かう。まず帰宅の挨拶はしないとね。ノックをすると久々に父の声が聞こえてきたわ。
「失礼します。お父様、マーロアただいま戻りました」
父は仕事の手を止めて出迎えてくれた。
「マーロア、お帰り。旅はどうだったか?」
「お父様、お土産です。毎日が新鮮でとても楽しい旅をしていました」
私は村で買った特産品のワインやチーズなどを父に渡した。
「姉様! 僕の事、忘れていませんか?」
隣の席に座っていたのはテラだった。最近は父の仕事を補佐するようになったと聞いている。
「テラ、ただいま。もちろんテラのお土産もあるわ」
私はテラに箱を渡す。王都にはたまにしか入ってこない金細工であしらった羽根ペンの補助具。工芸品の一つで羽先に着けて持ちやすくし、折れにくくするものらしい。
「恰好いい。姉様、ありがとうございます」
テラの喜ぶ姿に笑顔になる。私は帰宅の報告をした後、部屋に戻った。久々に自分の部屋でホッと息をつく。アンナはすぐに湯浴みの準備をしてくれていたのでのんびり湯に浸かる事が出来たわ。夕食時に父に家に帰ってきた理由を話す。
「お父様、舞踏会に出席するよう召喚状が送られて来ました」
「きっと陛下が隠居するための式典と舞踏会を開くからだろう」
「隠居ですか?」
「ああ。王太子殿下が数年後に王へとなる予定だ。今年から徐々に仕事を移行されているのだ。舞踏会の前に行われる式で新たな側近が発表されるのではないかと思っている」
「そうなのですね。では出席しなければいけませんね」
ドレスを準備するギリギリひと月前に王都に戻るように招待状という名の召喚状が渡された理由に納得する。
「明日、ドレスの準備をするためにアンナに商会の人を手配してもらいますね」
「その辺は大丈夫だ。ドレスは送られてくる予定だ」
「送られてくる? 私にはそのような殿方はおりませんが」
私は不思議に思い頭を傾げる。
「まぁ、届いてからの楽しみだ」
「姉様、とっても驚きますよ」
父もテラも笑顔で話している。
誰から?
私は不思議に思いながらも食事を取って部屋へと戻った。今日もなんだかんだで疲れたわ。ベッドへ飛び込んでそのまま寝落ちしたのは仕方がないわよね?
翌朝、アンナに途轍もなく怒られてしまったけれど、後の祭りだ。
私は王都に戻り、ひと月の間は自由気ままに過ごせるのかと思っていたけれど、違っていたらしい。魔法鳥が窓から部屋に入り、突いて私を起こしにかかってきた。
「うーん。なになに? これから舞踏会が始まるまでの期間は毎日零師団の本部に顔をだせって? えー面倒だわ」
魔法鳥は私に告げると光の粒になって消えていった。仕方なく私は朝の準備をした後、父たちと食事をしてから王宮へと向かう。
週末は商会が邸に来るとアンナが言っていた。『侯爵令嬢なのに持っているドレスが少ないのは恥ずかしいんですよ! オーダーメイドのドレスをもっと用意しておきましょう』って張り切っていた。
耳が痛いわ。これじゃ貴族令嬢として駄目なのを理解はしている。
「団長、おはようございます」
「……ロア、おはよう」
相変わらずジェニース団長は死んだ魚のような目をしながら書類とにらめっこしている。
「ロア、久しぶりね。元気にしてたかしら?」
リディアさんは令嬢の装いでソファに座っている。
「リディアさんお久しぶりです。楽しい旅から呼び戻されてしまいました」
「ふふっ。ジェニース団長から鉱物を見せてもらったわ。面白いわよね。イェレにも見せてみたけれど、興味を持っていたわよ」
どうやら緑色の結晶が興味を引いたようだった。確かに他の鉱石とは違って植物だけで出来た結晶だったものね。色も綺麗だったし、装飾品にしても良さそうだと思った。
「あれはこれから研究されるのですか?」
「どうかしら? イェレが興味を持っていたからきっと何かには使えるようになるのかもしれないわね。それより、ロア。今からこのドレスを着て頂戴」
マジックバッグから取り出した一着のデイドレスと装飾品一式。
「なんですか、突然」
リディアさんは不敵に笑っている。
「三日後、エレノア様が王子妃としてお茶会を開くのよ。そこに参加して欲しいの」
「えぇぇ。突然ですか? それになぜ私なのです?」
「参加者の爵位が侯爵と公爵のみなのよ。つまり数少ない爵位の夫人や令嬢だけのお茶会なの。派閥関係なく呼ばれているから、分かるわよね?」
「……分かりませんわ。それに私、お茶会に一度も出たことはございませんもの」
私は一歩後ずさったが、リディアさんの目は本気だ。
「ふふふっ。そう言うと思ったわ」
リディアさんの笑顔が怖い。
「あら、大丈夫よ? これからお茶会までの二日半、猛特訓すればいいのだから」
リディアさんから逃げ切る自信がない。ガタガタと震えながら先生に助けを求める。
「アレン先生っ。今から討伐に出ましょう?」
「……ロア。まぁ、諦めるんだ。こればっかりは仕方がない。無事生還できる事を祈っている」
そうして私はリディアさんに今の時期、使われていない外交官たちが過ごすサロンへ連れていかれた。今回はお茶会という事で事前にサロンを借りて猛特訓するようだ。
「陛下から許可は貰っているわ」
そう言ってリディアさんは茶器一式と三日後に出される菓子をマジックバッグから取り出した。
リディアさんから詳しい説明を受けている時にハノン様がサロンに入ってきた。エレノア様の侍女としてお茶会に参加するらしい。
「私も侍女として参加すればいいのではないでしょうか?」
リディアさんもハノン様も冷ややかな目で私を見ている。
「何を言っているのかと思えば。侯爵家でお茶会に不参加を許されているマーロア様が参加となればそれだけで話題は十分なのです。エレノア様のお茶会を成功させるためには是非参加していただかなければなりません」
「そうよ。今後の貴族派閥にも影響があるのだからしっかりとしてもらわないと。国を割らないための努力をしないといけないわ」
私はそこから二人に説教されつつ、お腹がタプタプになるまでお茶会の作法の訓練が行われた。これならまだ舞踏会参加の方がマシだわ。遠い目になりながらも二人の猛特訓のおかげでなんとか形にはなったのかもしれない。
付け焼刃感は否めないとは思うけれどね。
でも言い訳をすると邸にいた時にそれなりに侍女長とアンナには教わっていたのよ? 村ではビオレタやレヴァイン先生も教えてくれていたから基礎の基礎は出来てはいたと思っているの。多分。