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翌日の魔術師到着で引継ぎも無事終了したようなので私たちはそれを確認した後、村を発った。急ぐ旅でもないのでのんびり隣村行きの馬車に乗り込む。
「アレン先生、次の村ではどうするのですか?」
「んー子供たちの様子を見てから決める。芽の出そうな子がいればいいが、才能のある子供は中々少ないからな」
先生は軽く笑って言った。
自分で言うのも何だけど、確かに零師団がスカウトするような人たちは優秀な人ばかりで一般の騎士志望程度の実力では入れないのだと思う。
特殊な能力や人とは違う魔法が使える等も考慮されるとは思うけれどね。しかも咄嗟の判断が出来て知識も必要なので中々見つからないのは仕方がない。
私の場合は特殊な事情だから、という事よね。まさに零師団にぴったりな事情。このために生涯魔力を隠し続けるのだろうとさえ思う。
そうこうしている間に次の村に私たちは到着した。
先ほどの村は小さな民家の集まった村だったけれど、今回は領主の邸がある村。人口もそれなりに多いみたい。
私たちは宿を取り、食事に出掛けた。今は昼過ぎなので出ている人も多く、食堂は繁盛しているようだ。
「アレン先生、何を食べますか? 私はクラブスパイダー焼きを食べてみたいかな」
「私は魔鳥のパイ包みにするかな」
私たちが店員に注文するとすぐに持ってきてくれたわ。
クラブスパイダーって蜘蛛なのだけれど、食べられる蜘蛛なのだとか。育った村や王都で食べたことは無かったけれど地方によっては食べられていると話を聞いたことがあったの。
魔鳥は定番の肉なので説明は省くとして、クラブスパイダーの大きさは一メートル程の大きさの蜘蛛型魔獣。毒は無いけれど強力な糸で敵を絡めとって食べるの。
糸は魔術師にとって必要な素材になっているらしく、プレゼントにすると喜ばれる一品。残念ながら胴体は食べられない。
見た目もよろしくないのよね。黒くて目がギョロギョロしていて気持ち悪いと思う。クラブスパイダーの足も毛がびっしりと生えていて気持ち悪く見えるのだけれど、火を通すとつるんと毛は取れて見た目は良くなる。
そして中身は甘くてしっかりした身に噛み応えもあって美味しいらしい。
出てきたクラブスパイダーは太い足が三本程鉄板に乗せられていた。熱々に熱せられた足は硬い殻が半分切られていてフォークで取り出しやすい形になっている。
私はフォークで身を突き刺して豪快にペロリと殻から外して口の中に放り込む。噛むたびにプリプリと程よい食感とうっすらと香草の香りがし、甘味が舌に伝わってくる。
「アレン先生、とっても美味しいです」
「それは良かった。こっちのパイ包みも美味しい。この店は当たりだ」
「そうですね」
私はパンを追加で頼み、クラブスパイダーを挟んで口いっぱいに頬張る。この食べ方が一番の正解だわ。
そうして私たちは満足して宿に帰った。体力があるとはいえ、やはり馬車の移動は疲れるわ。早いうちからベッドに飛び乗るとそのまま夢の住人となってしまったのは仕方がないわよね。
翌日、先生が起こしに来るまで寝こけていた。先生が起こしに来てからは食事を取って村の中を見て回り、教会にも足を運んだ。
教会に寄付するという名目で訪れ、子供たちにはお菓子や日用品を配り、子供たちと遊びながら観察する。
どの子たちも真っすぐでいい子たちばかりだけれど、先生のお眼鏡に適う子はいないようだ。
村の広場で子供たちの様子を見るけれど、騎士になりそうだなという子供はいたわ。飛びぬけた才能を持つ子って中々いないものなのね。
三日程村の子供たちの様子を見た後、先生は報告書を書いて団長へと送り終えた。
「さて、ロア。この村の報告は終えたので別の村に向かう。今回は依頼をこなしながら向かうので途中の数日は野宿になる予定だ」
「アレン先生、分かりました」
私たちは村のギルドでBランクを中心として残っている厄介な討伐依頼を受注していく。
その後、食料を買ってから村を後にした。まずはクラブスパイダーの討伐。これは増えすぎているので数を調整するための依頼らしい。
という事は狩った後、食べてもいいのよね?
私は少しワクワクしているのを先生は呆れた顔で見ている。
「ロア、そんなにクラブスパイダーが美味しかったのか」
「はい! とっても美味しかったのでまた食べたいと思っていたの」
「相変わらず、食いしん坊だな」
「だって美味しいんだもん」
私たちは雑談をしながらクラブスパイダーを探す。繁殖地は確かこの辺だったはず。そう思い、足を踏み入れて驚いた。
森の中に突如現れた繁殖地。情報では十匹程繁殖のために残して後の二十匹程は討伐してほしいという依頼だったが、目の前にいるクラブスパイダーはどう見ても数百はいる。
「先生! 騙された! こんなに多く繁殖していたら依頼違反だわ」
この種は自分のテリトリーに入ってこなければ襲っては来ないらしいけれど、安心は出来ない。
「ちょっとこれは数が多いな。魔法を使うしかないな。ロア、土壁を作るので火で焼いていくんだ」
「しょ、食糧がっ」
「馬鹿な事を言っていないでやるぞ」
先生は手前の親蜘蛛四匹と四分の一程度の子蜘蛛を土壁で囲った。仕方がないのでファイアボールをいくつか投げ込んだ。すると火は瞬く間に旋風となり土壁の中を焼いていった。
「これならあまり魔力を使わなくていいですね」
「そうだな。このまま残りを焼いていこう」
しばらく土壁の中が焼け終わるのを待ってから次、また次と同じ作業を繰り返していった。高い土壁があるおかげで他の蜘蛛には中の様子が分からず襲い掛かってくる様子はないので少し安心したわ。
体の大きいクラブスパイダーは一匹ならそこまでの強さはないけれど、数匹同時に糸を吐かれたら逃げ切れる自信はないかな。
そうして依頼書にあった十匹を残して討伐は完了したわ。かなり時間を取ってしまったのは仕方がない。そして土壁の外で幸いにも焼けなかった蜘蛛の糸を回収していく。
売れるわけではないのだけれど、アルノルド先輩に送ってあげようと思ったのよね。先輩は忙しくて王都周辺にしか素材集めにいけないだろうから珍しい物があれば喜んでくれるわよねきっと。
あわよくば私専用の何か魔道具を作ってくれるかもと期待して、ではないわよ? 純粋に好意としてね。
イェレ先輩にも良い物があれば送ってあげようかな。残念ながら ファルスに魔獣の目玉を送っても喜ばないし送るのは辞めておくわ。
「ロア、さっきから色々と素材を集めているようだが必要なのか?」
「つい、癖で集めているのです。ずっとアルノルド先輩やイェレ先輩と魔獣討伐をしていたので」
「イェレ? あぁ、リディアの弟か。彼も優秀な魔術師だったな。ロアはいい人脈を築いているじゃないか。弟子の成長が嬉しい」
アレン先生は笑いながら後処理をしていく。魔獣がいなさそうな場所で今晩は野宿する事になった。