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【15歳】髪の毛事件が勃発しましたのでお兄様に詰め寄ります(サヌーン×ロサミリス)

ロサミリス15歳、サヌーンが19歳の時の話です。

本編的には、ロサミリスがテオドラの心を開かせようと躍起になっている時期。

本編では蛇足になって語れなかった、ロサミリスが切った髪の毛の話です。ラブコメっぽく仕上がりました。


 淑女として恥ずかしくない程度に、それなりに急いで、大股で。

 ロサミリスは、兄サヌーンの私室を強めにノックした。


「お兄様」

「ん? なんだい?」

「なんだいじゃありません。ええ、今日という今日はお兄様に物申したいことがありますわ!」

「可愛い妹が俺に何を言ってくるのか楽しみではあるけれど。でもそれ、今でないとダメかい?」

「今日はお兄様が久しぶりの休暇だと伺っております。わたくしから逃げようたってそうはいきません」

「逃げるって、俺が? ロサから? 面白いこと言うね」

「だったら出てきてくださいませ」

「いいけど、本当に今すぐじゃないとダメかい?」

「ええ、ダメですわ!」

「しょうがないな……」


 そう言って扉から顔を覗かせた兄サヌーンルディアは、妹であるロサミリスから見ても嫉妬するほどの美男子である。(からす)を思わせる黒髪に、角度によっては紫にも青にも見える青玉石(サファイア)の瞳。全体的に顔立ちが甘く整っており、薄い唇から漏れる言葉も砂糖菓子のように激しく甘い。


 まあそれはいつものことなので、これしきのことではロサミリスは動揺などしないのだけれど。


「お兄様」

「ん?」

「さすがに服は着てください」

「下はちゃんと履いてるよ?」

「上です。う・え」


 なぜか上裸だった。

 サヌーンは生粋の剣士なのでかなり体が引き締まっている。汗でしっとりと濡れた上半身は嫌ほど色気を放っていて、これを目にしたのが(ロサミリス)以外の健全な子女であれば、確実に失神していただろう。


「相変わらずロサはピクリとも反応しないね。顔を赤らめるくらいしてくれてもいいんじゃないかい?」

「反応? あぁ、年頃の娘が見たら鼻血物の肉体美をお持ちでいらっしゃいますお兄様の裸を見たところでわたくしは何も。というより、どうして裸なのですか」

「部屋で魔力調整してたのさ」

「あれですね。溜まりに溜まった魔力を安全に体外排出するための治療。雀の涙ほどの魔力量しか持たない妹からすれば、とんでもなく贅沢な話ですね」

「ご名答。普段から消費するようにしてるのだけど、ここのところどうも体を動かす暇がなくてね。仕方なく部屋で調整した。暑くなったから脱いだだけ、なにもやましいことはないよ」

「シスコンのお兄様がようやく女性でも連れ込んだのかと思いましたけれど、そうではないのですね」

「…………残念がってないかい?」

「お兄様の春がまだまだ遠そうだということは残念ですわ」

「これまた手厳しい」


 片目をつむってウィンクするサヌーン。

 ロサミリスは踵を返した。 


「三十分後にわたくしの部屋に来てください。それまでに湯あみと着替えをお願いしますわ。今日こそお兄様にお説教しないといけないのですから」






 三十分後、きっちり汗を流して衣服を整えたサヌーンが、ソファに座るロサミリスの前にやってきた。


「説教ってなんだい?」


 ロサミリスは、四角い箱をずいっと差し出した。

 それなりに高級感のあるもので、サイズはちょうど小さなナイフを隠しておけるほど。


「それは……」

「この箱は、先日お兄様とわたくしとで魔法武術の鍛錬を行っていた時に、たまたまベンチで発見したものです。中には、ちょうどわたくしの親指から小指くらいの長さで綺麗にカットされた黒髪がありました。しかもただ入れただけじゃなく、丁寧に湿気が取り除かれてます。とんでもなく保存状態がいいです」


 ロサミリスはにっこりと笑って兄を見つめた。


「これ、十三歳のときに鋏でバッサリ切った、()()()()()髪ですわよね?」

「さあ。何のことか分からないね」

「とぼけないでくださいませ。お兄様以外に、誰が、わたくしの髪を丁寧に保存する物好きがいるのですか?」

「まあ確かに。俺は色んなロサの“初めて”を知ってるし、写真に撮ってる人間だからね。そう疑われても仕方ないさ」


 サヌーンもにっこりと笑って応戦する。

 ちなみにサヌーンが撮った“初めて”というのは、初めての「かけっこ」から始まる。当時九歳ほどだったサヌーンは、父親から借り受けた小型の撮影機材(カメラ)を持出し、可愛い妹を思うがままに写真に収めていた。この事実をロサミリスは知っているし、兄を「シスコン」だと思った瞬間でもある。


「お兄様ですね」

「いいや違う」

「絶対にお兄様ですわね」

「違うよ」


 にっこり笑う兄妹二人。

 どっちも譲らない。


「じゃあ、この箱は処分しますわ。お兄様のものでないのなら、わたくしのほうで預かり、誰の所有物でもないことを確認してから焼却いたします」


 そう言ってロサミリスが手を伸ばそうとした瞬間には、もうそこに箱がなかった。


「な!」

「捨てるなんてもったいないから、これは俺が預かっておく」

「やっぱりお兄様ですわね。愉快犯! さすがのわたくしも我慢の限界ですわ! いつまで、わたくしを人形かペットのように扱うんですの!?」

「悔しいのならお兄様から取り返してごらん?」

「っ言ってくれますわね」

「我がラティアーノ家は武の家系。力こそすべてなり。己の正しさは実力で示すべし。──俺の妹でありながら忘れたのかい?」


 挑戦的な笑みを浮かべるサヌーンに、ロサミリスの心に火がついた。

 

「いいですわ。絶対にソレを取り戻してみせます」


 


 ロサミリスとサヌーンは中庭に出た。

 いつものように動きやすい練習着(トレーニング・ウェア)に着替えたロサミリスに対し、サヌーンは伸縮性に心配のあるズボンとシャツ姿。それでも余裕の出で立ちなのは、さすが帝国一の天才剣豪と呼ばれるだけある。立ち姿はサマになっていて、惚れ惚れするほどだ。


「ハンデをあげよう。俺はこの半径一メートルの円の範囲から一歩も動かない。足が出たらそのタイミングで君の勝ちだ」

「いいでしょう。お兄様に正面から戦って勝てるとは思っておりませんので」

「利口だね。まあ、ロサが負けてボロボロになっても、いつもみたいにたっぷり甘やかしてあげるから」

「甘やかされるつもりは、ありませんわ」


 素早い動きで箱に向かって手を伸ばす。

 サヌーンは口角を上げて、ロサミリスが向かってくるのを待った。

 ロサミリスの動きは、十三歳のときに比べてもかなり早くなっている。努力の賜物だ。魔力量が少ないため持久戦は出来ないが、局所的能力上昇(ブースト)をかけて一瞬の隙をついてくる。虚を突ければ、ロサミリスが箱を奪っていただろう。


「まあ、俺には遅く見えるけどね」

「っ!」


 サヌーンの笑顔に本能的な危険を感じ、とっさに半身をずらして彼の背後に回り込む。


「よく避けた」


 腕を掴もうと空中に手を伸ばしたサヌーンが、振り返る。

 その時にはロサミリスの体はサヌーンに肉迫しており、円の外へ押し出す姿勢をとった。


「残念」

 

 蕩けるような甘い声がロサミリスの耳朶(じだ)を震わす。

 サヌーンはまるでダンスを踊るかのようにロサミリスの腕を掴み、勢いよく引き倒す。

 地面に叩きつけられるロサミリス。

 起き上がろうとしたときには、サヌーンによって組み敷かれていた。

 

「俺の勝ちだね」

「いいえお兄様、わたくしの勝ちですわ」


 兄の甘い顔が数十センチ真上にあるという状況でも、ロサミリスは一切動じない。

 それどころか、勝ち気な笑みすら浮かべている。


「ご覧になって。お兄様の足は、いまどこにあるかしら?」


 サヌーンの足は、円から外に出ていた。

 ロサミリスはサヌーンに引き倒される刹那に、逆にサヌーンが円の外に出るように引っ張っていたのだ。気取られないように調整したため、サヌーンも引っ張られてるとは気付いていなかった。


「なるほど」


 してやられた、という顔をするサヌーン。

 体を起こし、ロサミリスの手を恭しく握る。優雅な仕草で助け起こすと、そのまま何の躊躇いもなく抱き上げた。


「分かったよ。約束通り、その箱はロサのものだ。煮るなり焼くなり好きにするといい」


 魔法武術の稽古においても、兄に勝ったのはこれが初めてだ。

 ロサミリスは歓喜に打ち震える。ついでに、この箱も処分することができる。焼いてしまおう。


「でも、その箱が一つとは限らないけどね?」

「はい???」


 いま、このお方は何を仰ったのか。

 もしかして、こんな風に髪の毛を保存した箱が何個もあるのか。


「え、え、えええ!?!?」

「俺は用意周到なんでね」

「もう、お兄様のバカ! このシスコン!!」

「シスコンになったのはロサのせいでもあるんだよ?」

「そんなの知りませんわ! そろそろ反省してくださいませ!」

「反省は悪いことをやった人間がすることだろ? 俺は悪くないからね」

「ひどいですわ! 今度出席した夜会でお兄様がシスコンって言いふらしてやりますの!」

「もうみんな知ってるよ。今さらじゃないかな?」


 喉の奥で笑うサヌーンを、一発殴ってしまいたい。

 ただ、今のロサミリスはお姫様のように抱かれているため、手を振りあげるとバランスを崩しそうになる。


 落ちないように首にしがみつけば、愉快そうにサヌーンが笑った。


「また焼きたくなったらいつでもおいで。戦ってロサが勝ったら一個ずつ渡してあげるから」


 そんなの無理に決まっている。

 先ほどのアレは、初めてだからこそ成功したのだ。

 二度目はもう通じない。


 絶望しかない。


「ロサが可愛くおねだりしてくれたら、少しは手加減できるかもしれないね」

「可愛く? わたくしに可愛さを求めても意味ないと思いますが」


 手加減してくれて、さっきのギリギリの戦いだ。

 あまり意味はないように思う。


 屋敷の玄関までやってきたサヌーンが、ロサミリスの体を降ろす。ロサミリスの、背中よりも長く伸びてきた黒髪を一房掬い取った。髪についてしまった土を軽く払っている。


「別にそこまでしてくださらなくても……」

「ロサに武術を教えた責任があるからさ。髪に土がつかないような淑女(レディ)になるはずだったのに」

「あれはわたくしのわがままでしたし……」

「俺がしたいからやっているだけさ。ロサは気にしなくていい」


 サヌーンはいつものように、ロサミリスの黒髪を己の唇に近づける。

 ずいぶん昔からやっている行動なので、ロサミリスはもう慣れてしまった。

 シスコンだから仕方ないで済ませている部分でもある。


 ただし、決して触れることはない。

 いつもそうだ。

 ギリギリの位置で止めて、兄はにこりと笑うのだ。


「さて、傷もなさそうだし風呂に入ってきなさい。俺は部屋で仕事するから」

「え、今日はお休みなんじゃ?」

「予定がないだけ。溜まってる書類を見ないといけないんだよ」


 軽く手を振って、サヌーンはさっさと行ってしまう。

 

「…………ま、とりあえずお風呂に入ろうかしらね」


 お風呂の中で、どうやってサヌーンが持つ髪の毛たちを焼却処分するか。

 ロサミリスはしばらく、そればかり考えていた。





この兄妹はいつもこんな感じです。

二人とも言いたい放題なのでとても書きやすい組み合わせだったりします。

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