Episode74.変わっていく
ロサミリスが夜の大神殿で舞を披露した翌日のこと──
カルロス皇弟が予想した通り、満月の夜にロサミリスが披露した舞は、多くの人間に目撃されていた。皇宮内の侍女たちは頬を赤く染めて、口々にあの夜の出来事を語っている。
「女神に見えたわ」
「わたしは聖なる巫女に見えたわ」
「満月の下で舞を披露するだなんて、なんてロマンチックなのかしら」
「ええ。黒い髪がとても幻想的で、本当に美しかったわ」
それだけではない。
ロサミリスがミラと別れたその瞬間、大神殿から光があふれ、天高く打ちあがったのだ。青い光がベールのように帝都を覆いつくし、帝都中の人間が空を見上げていた。その時間眠っていた帝都民は、夢の中で美人な銀髪の女性を見たと口々に言っている。
奇跡のような一夜から月日が経つと、さらに変化が起きた。
踊り子の舞は世間で言われるほど卑しいものではない、という認識が広まったのだ。事実、実際に大神殿で舞を見た侍女はことごとくロサミリスのファンになっている。そして元踊り子の身分であったヨルニカ妃への認識も、少しずつだけれど改められるようになった。
舞を教わりたいとロサミリスにこっそり文を渡したりする者もいる。ロサミリスに舞を教えたのがリリアナだと知った者は、こぞってリリアナのもとへ詰めかける様子も見られた。
夜番をしていた皇宮近衛隊のなかには、ロサミリスを本物の巫女と勘違いした者がいて、一時それなりの騒ぎがあった。カルロス皇弟が彼女は人間で伯爵令嬢であることを告げると、もう一度見たいとロサミリスの姿を探す動きもあったという。
残念ながらその時には領地に戻っていて、彼らが落胆したという話は、多忙な生活を送るオルフェンにも届いていた。
「そっか。あと二週間後か…………早いなぁ」
ロサミリスとジークの結婚式までもう一か月を切っていた事に、オルフェンは驚く。
数年前までロサミリスへの未練を引きずっていたオルフェンは、二人の結婚をめでたく思えるまでに心の整理がついていた。騎士として、魔獣討伐のエキスパートである第七師団の副師団長を任されていることもあり、忙しすぎて女性を想う暇がなかったという理由もある。
社交界に顔を出さず、中々婚約者が決まらなかったオルフェンであったが、身内や使用人を除いて一人だけ、親交のある女性がいた。
「ねえ、君はロサミリス嬢には何を送ればいいと思う?」
「え? そうですね、ロサミリスさんはあまり自分を飾らないタイプなので、可愛い装飾品を送ってあげればいいと思いますよ」
「お、いいね」
はにかんだ笑顔を見せるのは、セロース。
騎士団の女性事務員の一人であり、短い間であったがロサミリスの先輩かつ友人である。
オルフェンは定期的に騎士団の事務部から魔獣関連の報告書を受け取る際、セロースを頼ることが多いのである。その際、オルフェンは必ずケーキの差し入れをするのだが、セロースとはびっくりするくらい味の好みが同じなのだ。セロースの元意地悪先輩であり、現在の敏腕事務員の名誉を欲しいままにするエルダには「イチャイチャしすぎ。砂糖吐きそうだわ」と言われるくらい、セロースとオルフェンは仲が良かった。
まぁこういう理由で、今回のロサミリスへの結婚祝いもセロースに聞けばいいと、オルフェンは思っていた。
「でも僕があげるのはどうかと思うなぁ」
「なら一緒に見に行きませんか。送ったのは私ということにして、オルフェン様はお花を選べばいいと思うんです」
「うん、いいね。そうしよう」
「あ。そういえば、ロサミリスさんの結婚式に事務部の人も招待したいんですけど、招待状の横流しってダメなんですかね」
「発想が突飛すぎて笑うよソレ。──でも、ジーク君に頼んでみようか? たぶんロサミリス嬢がOK出せば、向こうから招待状を送ってくれると思うよ」
「ありがとうございます、オルフェン様っ!」




