Episode65.覚悟の上です
皇宮、謁見の間──
いるのは、たった二人の人間。
一人はロサミリス。
もう一人はカルロス皇弟である。
「まさか君の方から俺に話があるなんて言ってくるとは思わなかったよ」
「応じてくださって感謝いたしますわ」
ロサミリスは淑やかな一礼をした。
「それで、話はなにかな?」
「ソニバーツ卿と会わせてください」
「残念。まだ無理さ、ヤツの仲間はどんどん摘発されて逮捕されているけど、未だ行方不明。尻尾すら掴ませていない状態だよ」
ロンディニア公爵とラティアーノ伯爵の協力のおかげで、敬虔なる信徒の一派はかなり数を減らしている。宗教集会で演説を披露した司教も捕らえられ、信者を騙って薬を売買していた元締めも捕まり、薬の製造工場も取り押さえた。
宗教集会の開催を指示した人間がソニバーツ卿であることは、かなり前に公表されている。一連の騒動をカルロス皇弟が捜査していると大々的に宣伝することで、帝都の住民に安心感を与えることにも成功している。
だけれど、肝心の首謀者本人は姿をくらませたまま。
「あの『気味悪ロン毛男』は上手く隠れてるよ。たぶんそのうち、皇宮からごっそり奪い取った金品と一緒に、隣国に駆け込むかもね」
そうなってしまえば帝国がソニバーツ卿を捕縛するのは、ほぼ不可能になる。
諸外国で再び宗教組織として力をつけ、帝国が無視できないほどの組織に成長させる算段なのかもしれない。
「カルロス殿下に、一つの提案をお持ち致しました」
「提案?」
「はい。おそらく、これがソニバーツ卿を捕まえる最善で最短の方法です」
「面白そうだね。ぜひ聞かせてくれたまえ」
「わたくしを囮としてお使いください」
カルロス皇弟は、目を見開いていた。
「ちなみに聞くけど、《黒蝶の姫君》が囮になりえる根拠は?」
「この手にある呪いです。殿下もご存じの通り、彼ら敬虔なる信徒は邪神ミラを崇拝している組織です。わたくしにとってこの身に宿っているのは呪いですが、彼らにとってコレは祝福そのもの。特にソニバーツ卿にとってわたくしは、喉から手が出るほど欲しい存在のはずです」
ロサミリスは黒い手袋を取り、カルロス皇弟に見えるように手を掲げる。
「祝福の宿主を血眼になって探し、祀り上げる…………か」
「なぜそれを?」
「俺も禁忌棚の本を読んだからさ。あの男は先帝時代からずっと邪神に興味を抱いているように見えてたからねぇ」
(そんな昔からソニバーツ卿を怪しんでいたってこと? ちょっと、どんな子供時代を歩んでるのよこの人。疑り深すぎて怖いわよ)
味方であってくれて本当に良かった。
「確かに美味しい話だね。確実にあの男は君を自分のもとに迎え入れるだろう。そしてそこが、奴らの隠れ家だ。でも君にメリットがあるようには思えないけど?」
「ソニバーツ卿に会って話をすること、そして彼が持っているはずの本を取り戻せるのが最大のメリットですわ」
「ああ、そういうことね。俺にとっちゃとっても魅力的な作戦なんだけど、君の婚約者は絶対に許可しないと思うよ」
「はい、了承は得られませんでした」
「だよね」
ジークはロサミリスのことになると途端に過保護になる。
だから事前に許可を貰おうと奮闘したのだけれど、一週間かかっても了承を得られなかった。
理由は簡単。
危険すぎるから。
『絶対にダメだ、ロサにそんな危険な真似はさせられない。囮になって捕まって、向こうでどんな扱いを受けると思う? 信仰の為に人を石にしようって考える奴らだぞ。捕まった瞬間に殺されるかもしれない』
危険なのは承知のうえだ。
ロサミリスは、自身がそれなりに魔法武術を使えること、護身術も心得ていることも理由に付け加えたけれど、すぐに却下された。
「もう時間がありません。殿下がソニバーツ卿を発見してくれるのを悠長に待つ時間がないのです」
呪いのタイムリミットまで、8か月を切った。
待つことは出来ない。
待っていてソニバーツ卿が捕まる保障もない。
ロサミリスに残された道は、もうこれしかないのだ。
「なので、殿下にご決断していただきたく思います」
皇弟からの命令ならば、従うしかない。
本当は話し合いで納得してほしかったけれど、仕方ない。
「分かった」
にっこりしたあと、カルロス皇弟の顔が真剣なものに切り替わる。
ゆっくりと腕が伸ばされた。
「カルロス・アスク・ロヴィニッシュがラティアーノ伯爵令嬢に命じる。ドラクガナル・ソニバーツ卿を捕縛するために、俺の作戦指揮下に入れ。そして奴らの基地に潜入せよ」
「殿下の御心のままに」
深い礼をしてから、ロサミリスは謁見の間を後にする。
廊下にジークが立っていた。
「殿下に直訴したんだな」
「はい。こうするのもやむなしかと」
「……行動力のある婚約者というのも困りものだな」
「ええ、本当にそう思いますわ。嫌いになりましたか?」
「驚くことに全く。むしろ、さらにロサから目が離せなくなった」
「まあ。四六時中見つめられたら、わたくしも婚約者冥利に尽きるというものです」
ジークはじっと見つめてきた。
整った顔が近づいてくる。
「無茶をするのは俺の役割のはずだ。それでも本当に行くのか?」
「はい。自分の為に、そしてジーク様のために」
「覚悟の上か?」
「覚悟の上です」
無言で互いに見つめ合う時間が続いた。
しばらくして、ジークが「はぁ」と諦めたようなため息を吐く。深緑の瞳が愛おしむように細められて、ジークの大きな手がロサミリスの頬に触れる。
「俺も覚悟を見せよう」
そう言って、ジークはロサミリスの手を取り、片膝を地面につけて跪いた。
まるで騎士が姫に忠誠を誓うかのように、手の甲に軽い口づけを落とす。
「ロサを守る。どれだけ離れていても、絶対に守ってみせる。その準備を俺にさせてくれ」
彼の想いは、とても強く伝わってきた。
だから、ロサミリスは目を瞑る。
彼の覚悟を胸に秘めて、再び目を開いた。
「はい。お願いします、ジーク様」




