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【完結済】七度目の転生、お腐れ令嬢は今度こそ幸せになりたい ~何度転生しても呪いのせいで最悪な人生でしたが七度目で溺愛され幸せになりました~  作者: 北城らんまる
第三部 お腐れ令嬢

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Episode59.束の間の休息と膝枕



 カルロス皇弟に頼んでいた写本が出来上がったのは、二週間後のことだった。

 上質な紙に流麗な筆致で写し取られた写本は、見事なもの。写本に協力してくれたカルロス皇弟と、彼を護衛するズリッチにお礼をして、つづいてはテオドラに訪問する日時を決める。ジークとも予定をすり合わせ、五日後の昼にはテオドラの住むローフェン地方に向かうことが出来た。


 テオドラのいる場所は、かなり悪路のため時間がかかる。

 暗いうちに森の中に入るのは危険なので、宿で一晩を明かす事になった。


「あったかいわ」


 誰もいないラウンジで、カップに入ったホットミルクを飲む。

 ほっと一息をついていると、侍女ニーナが上着を持ってきてくれた。


「ロサミリスお嬢様、いくらなんでも薄着過ぎです」

「大丈夫よ、どうせ宿はジーク様のおかげで貸し切り状態なんだから」

「下のフロアには護衛の方々もいますよ」


 宿はジークがロンディニア次期公爵の財力と権力で貸し切り。

 ローフェン地方に向かうための、公爵家と伯爵家の護衛は下のフロアで寝泊まりしてもらっている。

 見回りに行くと言ってジークも外に行ってしまったので、今はロサミリスとニーナの二人だけ。薄着といっても、少し首回りが緩くて生地が少しだけ薄い部屋着だ。


 夜着というほどではないのに、ニーナは心配し過ぎである。


「まったくもう、お嬢様。あのですね、殿方というのはどれだけ紳士そうに見えても、中身はみんな狼なのですよ」

「だから今は誰もいないじゃないの」

「違いますよ。いまうっかり、誰かがここに来られたら、はたしてどうなることやら。うふふ。……ロサミリスお嬢様のこんな無防備な姿を見て、表情が一切変わらない、かの有名な《金糸雀(カナリア)の君》たるジークフォルテン様が、どのような顔をなさるか……ちょこっとだけ気になりますが」

「そんな事にはならないわよ。だってジーク様はついさっき外へ出て行ったのよ? 帰って来るのはあと30分後くらい。ジーク様をお迎えするときになれば、もっとちゃんとした服を着て──」


「俺がどうかしたか?」


「ひやぁ…………!?」


 いきなりすぐそばからジークの声がして、ロサミリスは伸びあがるほど驚いた。

 そこにいたのは、金髪緑眼が眩しい婚約者(ジーク)の姿。

 シャンデリアの光に照らされている時とは違い、庶民的な宿のラウンジに彼がいるのは、中々に新鮮である。


「ラウンジに入る手前で、壁にノックすれば良かったな。そんなに驚かれるとは思っていなかった。どうかしたか?」

「い、いえ何も!」


 間一髪でニーナから上着を拝借できたため、服装を整える。

 ジークに近づいて外套を受け取ると、ニーナがそのまま外套を持っていってくれた。


「お早いお帰りですね。外の様子はいかがでしたか?」

「特に変わった様子はないな」


 ジークが夜になって外の様子を見に行ったのは、ひとえに護身のためだ。


 貴族らしい派手な格好こそしていないものの、ロサミリス達は貴族である。

 この町はいわゆるメインの馬車道から離れた場所にあって、旅人を受け入れることはあっても貴族を受け入れる事は滅多にない。宿の店主はジークの顔を見るなり「お貴族様が来たぞ!」と慌てふためいたくらいで、ちょっとした騒ぎになってしまったのだ。

 

 町の人を信用していないわけではないけれども、念には念をという意味である。


「あ、ミルクを飲みますか? さきほどニーナが温かいのを用意してくれたんです」

「気が利くな」


 机の上に置かれたアルミ製のポットと、カップを用意する。

 空になった自分のカップとジークのカップに、熱いミルクを注いだ。


「どうぞ」

「ありがとう」


 ロサミリスも一口飲もうとカップを傾けると、流れ込んできたミルクが思いのほか熱くて、顔をしかめる。


(さっきはちゃんと冷まして飲んだのに、ジーク様が飲み始めるからつられて飲んじゃったわ。火傷したかしら……ちょっと舌がヒリヒリする………)


 視線を感じて見上げれば、至近距離にジークの顔があった。


「ど、どうかしまして……?」

「ぐいっと勢いよく飲んだから、大丈夫かと思ってな」

「よくお気づきで……」

「ロサのことは四六時中見てるからな」


 危うくむせそうになった。

 

「火傷したんじゃないか? ほら、舌を出して見せてくれ」

「指を切ったから見せてくれと同じような勢いで言わないでくださいませっ。しゅ、淑女にはやってよいことと悪いことがありますわ!?」

「婚約した者同士だろう? なにを恥ずかしがることがある?」


 ジークの場合、「茶化したいから」という理由なんてなくて、本当に真面目な顔で言ってくるので困る。

 ロサミリスは俯いた。


「ジーク様は心配し過ぎですわ」

「心配するだろう。ただでさえ、ロサの身に呪いという厄介なものが宿っているのに。心配し過ぎて胃に穴が空きそうだ」

「…………ご心配おかけいたしますわ」

「だから、そうだな。心配させて申し訳ないという気持ちがあるのなら、一つだけわがままを聞いてくれないか」

「はい、わたくしができることなら」

「それはよかった。5分だけでいいから、膝を貸してくれ」

「膝、ですか?」

「ソファの端に寄ってくれ」


 言われた通りに隅に移動する。

 ぽふんっ、と、軽やかな音とともに、膝に重みを感じる。

 ロサミリスが気付いた時には、ジークの顔が真下にあった。


「…………お行儀が悪いですわよ、ジーク様」

「家ならば完全に怒られるな。ここには誰もいないし、たまにはいいかと思ってな」


 膝枕である。

 ジークは基本的に真面目だが、たまにこういう少年みたいなことをする。膝を借りて横になりたいと言われたのも、これが初めてだ。


「ソファが狭い……」

「ジーク様は足が長いんですから我慢してください」

「ロサの膝を独占できる対価だと思っておくか……」


 寝転がるジークの髪を触りたい衝動にかられるけれど、我慢する。決意は決意だ。意地と言われようとも、絶対にロサミリスからは触れない。

 そんなロサミリスの様子を見て何を思ったのか、ジークはロサミリスの黒髪を指で遊び始めた。


「ジーク様、今日は何だかすっごく子供っぽいですね」

「理由なら、二つ思い浮かぶな」

「二つ?」

「ああ。一つは、ロサが皇宮に召し上げられていて、知らない男と二人きりになっていたから。あの様子を見ると、たぶん一か月間のあいだに色んな男と二人きりになっていたんだろうなと思った。……妬けるな」


 最後の一言に、ぞくりと背筋が震える。


「ふ、不可抗力ですわ。やましい事は一つもありませんし……」

「知っている。横領容疑で、カルロス皇弟が行方を追っているそうだな。殿下から聞いた。危ない所だったんじゃないか?」

「彼とは初対面でしたわ」

「妙な興味をロサに持っている気配だったぞ。俺が間に入らなかったら、どうなっていたか」


 確かに、ジークの言う通りだとロサミリスは思う。

 怖かったのは事実。

 ジークが来てくれて嬉しかったのも本音だ。


 逞しい腕に腰を抱き寄せられた感覚が蘇る。

 胸がときめき、未だに照れてしまう。

 こうやって膝枕をしている今でも、平静を装っているけれど、ロサミリスはかなりドキドキしていた。油断するとすぐに赤くなる耳が恨めしい。ジークに気付かれるまえに「二つ目はなんですか?」と問うた。


「単純に俺が寝不足だからだ」

「寝不足ってもしかして、この間言っていた悪夢を見るっていう話ですか?」


 幼少期から悪い夢を見やすい体質だったのは、何となく覚えている。

 ただ大人になった今では、一言もそんなことを言ってこないので、もう見なくなったのだと思っていた。


「どんな夢ですか?」

「つまらない夢だぞ」

「気になりますね」

「愛憎たっぷりのラブロマンス小説の修羅場みたいな展開が続いた後に、血みどろの殺人現場に出くわすっていう夢だ。な? つまらない夢だろう?」

「思った以上に酷い悪夢でいささか言葉を失いましたわ……」


 ──なんだそんな夢、絶対に見たくない。

 

 六度目の人生がそんな感じで修羅場続きだったので、どんな内容なのか何となく察することが出来てしまう。そんな夢をたびたび見てしまうなんて、可哀想だ。あとで悪夢を見なくなるアロマを送ろうとロサミリスが決意していると、ジークがぽつりと言葉を放った。


「でも、今日はいい夢を見れそうだ」

「ジーク様……?」

「…………」


 ジークが目を閉じて、寝ている。

 穏やかな寝息だった。


 レアだ。麗しの婚約者のあどけない寝顔を見ることが出来て、本当に幸せだと感じる。ここに撮影機(カメラ)でもあれば写真に残して永久保存したいところだけれど、残念ながら持ち合わせていない。せめて脳裏に刻み付けておこうとジークの寝顔を見つめる。五分だけと言われたけれど、もう十五分以上経っていた。


 眠っているジークのあどけない感じといったら、たまらない。

 胸をきゅんきゅんさせながら至福の時間を過ごしていると、ジークの唇がわずかに震えていることに気付いた。


 耳をすませてみた。


「…………ロサ」


(寝言で名前を呼んでるっ!?)


 ジークの口もとに耳を寄せたのがいけなかったのだろうか。

 寝ているはずのジークの手が、ロサミリスの後頭部に触れた。


「!?」


 と思ったら、そのまま抱き寄せられる。

 さっきまで膝枕をしていたはずなのに、いつのまにか、ソファで二人揃って寝転がっている体勢へ。


 ロサミリスの顔は野苺のように赤く染まった。

 

 兄サヌーンから魔法武術の心得について学んでいたため、多少大柄の相手でも弾き飛ばすなり蹴り飛ばすなり出来るはずなのだけれど、肘でジークの胸板を突いてみてもビクともしなかった。


「絶対に起きてますよね!?」

「…………」

「お部屋で休んでくださいませ!」

「…………絶対に手は出さないから、このままいさせてくれ」

「だ、ダメですわ。ここで寝ると他の方に見られますし、風邪を引いてしまいますし、わたくしには恐ろしい呪いがっ!」

「…………」


 むしろ抱きしめる力が強くなっている気がする。


「け、結婚前ですのでっ!」

 

 結婚前という言葉に、真面目な性格の持ち主であるジークの眉がピクリと動いた。むくりと体を起こした後に、名残惜しそうにロサミリスの体から手を離す。

 まだ結婚していないので、宿の寝室は別である。部屋で寝るということは、一人で寝るということ。ジークは辛そうに眉根を寄せていた。


「仕方ない。ロサも早く湯に浸かって寝るんだぞ」

「はい、ジーク様の後で入らせていただきますわ」

「分かった。おやすみ、ロサ」

「おやすみなさいませ」


 とぼとぼと一人で部屋に戻っていくジークの背中は、かなり寂しそうに見えた。


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