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Episode06.お姫様扱い


「ロサミリスお嬢様、最近(こん)を詰め過ぎなのではありませんか?」

「そうかしら、これでもまだ時間を無駄にしている気がするわ」


 午後のティータイムはロサミリスの好きなローズティ。芳醇な香りを楽しみながら本を読むのが最近の日課なのだけれど、侍女のニーナはこれすらも根を詰めていると思うらしい。

 ころころと表情が変わるいつも元気なニーナが、主人を心配して眉根を寄せている。

ここ一か月ほどのロサミリスは、他の貴族令嬢とのお茶会を必要最低限の数に絞り、己の鍛錬と舞踏会で踊る曲の練習、ビアンカの浄化計画にあてている。


 ニーナからしてみると、どちらも伯爵令嬢(ロサミリス)には不要の賜物。向上心が高いロサミリスは見ていて尊敬するけれども、やりすぎは体を壊してしまうし心配なのだ。


 ロサミリスとて、それは分かっていた。

 

 それでも、砂時計が落ちきる前にやらねばならない。〈腐敗〉の呪いが発現してからでは遅いのだ。自分が楽しいと思うこと、幸せだと感じることを確実に実行しながら呪いを抑える手立てを見つける。だから急いでいる。あと三年、なんて本当かどうか分からない。分かるのは〈呪い〉で迎える悲惨な結末だけだ。


「私、ロサミリスお嬢様にはもっと好きな人の隣で笑っていてほしいです」


 昔の記憶を思い出して苦い顔をしたロサミリスに、ニーナはそんな事を呟く。

 好きな、人か。

 真っ先に思い浮かぶのが婚約者(ジーク)の顔なのだから、我ながらどうしようもないなと思う。ジークが、黒髪よりも金髪の方が好みであることを知っている。根の葉もない噂だけれど、事実、前世の略奪者も金髪だったからあながち間違いではないのだろう。


 短くカットされた黒髪を指でくるくる弄んでいると、ニーナが「そうだ!」と手を叩いた。


「サヌーンルディア様に頼んで、少しだけ遠くへお出かけされてはいかがですか? 最近は遠出もされてませんし」

「舞踏会は三日後なのよ? そんなときに遊んではいられないわ」


 舞踏会で完璧なダンスを踊るのは、婚約者の務め。

 ジークの両親でもある公爵夫妻も見に来られる。

 失敗は出来ない。


「そんなに毎日走って重い物持ち上げて飛んで跳ねて泳ぐのもいいですが、たまの一日の数時間くらい美味しいものを食べてのんびりしても怒られないと思いますよ?」

「そうだよロサ、ニーナの言う通り」

「サヌーンお兄様!」「サヌーンルディア様!」


 いつの間に来たのか、気配さえ感じさせずロサミリスの隣に立つ麗しのお兄様。

 ロサミリスが遊んでいた毛束を一掬いし、サヌーンは顔に近づける。かたちのよい唇に触れるか触れないかのギリギリラインで止めて見せると、にこりと微笑んだ。


「ビアンカ嬢を立派な伯爵令嬢に育てるのも素晴らしい事だけれど、それはもっと、他に適任者がいるんじゃないかな? 我が屋敷にはニーナを始めとした優秀な侍女や使用人がいる。なんなら腕のいい教育係を呼んできてもいい。ロサが多忙を極める必要はない」

「わたくし以上にお忙しくされている次期伯爵家当主様から出た言葉だと思うと、感慨深いものがございますね」

「てへっ」

「てへっじゃありません。お兄様こそ、ちゃんと寝てらっしゃいますか?」

「死なない程度には寝てるから大丈夫だよ。眠れるときはちゃんと寝てるしね」


 ロサミリスがこれくらい平気だとニーナに言ったのは、上には上がいるという意味もある。兄サヌーンは、ここ一か月で本当に忙しくなった。


 その理由は、山奥や谷に棲むと呼ばれる恐ろしい獣、魔獣が頻繁に町に下りてくるようになって騎士団に同行を求められたから。魔獣は瘴気と呼ばれる邪悪な気を纏う。人や動物、木々から生命力を奪い、魔獣が通ったあとは草木一本生えない死の道が出来るという。


 魔法武術を極めているサヌーンは、そこらの兵士や騎士よりもはるかに強い。


 魔法を放つより体を使った技を魅せるのが性に合っているらしく、華麗な剣さばきにはロサミリスもよく見惚れていた。


「サヌーンお兄様」

「なんだい?」


 居住まいを正すロサミリスに、サヌーンは「へえ」と口角をあげた。


「成長を感じる。お兄様にそんな目をするようになったんだね」

「茶化さないでくださいまし。嫌いになります」

「分かったよ。──それで、なにかな?」


 優しいお兄様の顔から、きりりと引き締まった次期当主の顔へ。

 ロサミリスは顎を引いた。


「魔法武術を、学ばせてください」


 一度目は、子供を諭すようにして断られた。

 でも二度目は、決して諦めない。

 わがままに生きると決めた。

 幸せに生きたいと願うなら、己の手で掴み取るしかない。


「いくら可愛い妹の頼みでも、それだけは聞けない。言ったね、ロサに必要なのは婚約者ジークフォルテン卿と歩んでいく夫人としての心構え。それでいい、それこそがロサの幸せだと」

「ジーク様のことがお嫌いであることを、妹のわたくしが気付かなかったとでもお思いですか?」

「おやおや。こればかりは、可愛い妹を他所の男へやってしまう情けない兄の未練だと思ってほしかったけれどね」


 なぜジークの事が嫌いなのか、理由は言わないつもりらしい。

 サヌーンは大げさに肩をすくめて見せると、ロサミリスのほうへゆっくり手を伸ばす。


「魔法武術はね。例えばこんな事をしたり、されたりするってことだよ?」


 瞬間、サヌーンはロサミリスの腕を掴み、思い切り引き倒した。

 床に背中を叩きつけられる刹那、体がふわりと浮いたのはロサミリスを傷つけたくないサヌーンの甘えだろう。首元ぎりぎりに添えられている冷たい刃は、いつも彼が腰に帯剣している竜剣だ。


 魔法の力は感じられないから、素の力で間違いない。

 なのに恐ろしい速さだった。


「お兄様も甘いですね。諦めさせたいのなら、もっと徹底的に恐怖を与えるべきです。お姫様扱いって言うのですよ、それ」

「うーん、そうだねぇ。ロサにはとことん優しいお兄様でいたいから、かなーり手加減しちゃった」


 本当に甘い。

 甘いからこそ隙がある。

 その隙をつくのが、ロサミリスの目的だ。

 

「これでも諦める気ないかい?」

「ええ。むしろ学びたい欲が十倍増しになりました。ありがとうございます」

「逆効果、ってやつかな」


 サヌーンは剣身を鞘に収める。

 お姫様のようにロサミリスを助け起こし、観念したように笑った。


「いいよ。最近は魔獣もよく出没するし、もしものときに自分の身くらい守れるほうが安心だ。──ただし、教えるのは舞踏会が終わった後。それと、ニーナの言う通り明日は出かけてきなさい。たまには羽を伸ばさないと、俺みたいになるよ」


 舞踏会が終わった後というのは、これ以上予定が過密にならないようにするため。

 羽を伸ばしてこいだなんて、本当は十三歳らしい楽しみ方をさせたい、兄なりの気遣いだ。


「大丈夫でございますか!?」


 駆け寄ってくるニーナに、大丈夫だと伝える。

 改めてサヌーンを見つめた。


「ありがとうございます、サヌーンお兄様」


 サヌーンは優しくロサミリスの頬を撫でた。


「たった一人の妹なんだから」

「はい。分かってます」


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