Episode49.引き裂かれた二人の関係を修復いたしましょう
「うそ……信じられない」
「少しずつではありますが、リリアナ様は変わろうと努力されていますわ。やってくる人全員に風の魔法を放ち、声をかけようものなら許可していないと騒ぎ立て、布団の中に身を潜めていたリリアナ様はもういらっしゃいません」
そう言うロサミリスも、心の内では興奮を抑えられずにいた。
ロサミリスとイゼッタの前には、愛らしい淡い桃色の髪を一つにまとめ、侍女たち一人一人に謝るリリアナ皇女の姿があった。
謝るといっても、膝をガクガク震わせながら「い、いい今では、その、迷惑をかけた! すまなかった!!」と歯切れの悪い言葉なのだけれど、リリアナにとっては大きな進歩だ。
まだ相手の目を見ることは出来ていない。
慣れればおいおい出来るようになるだろう。
引きこもり皇女にしては、大きな進歩だ。
「イゼッタさんがリリアナ様の専属侍女だったときは、どのような様子だったのですか?」
「ロサミリス様のご想像通りだと思います。……誰も近づけさせない、従わない者には力で見せていくタイプで、……そのくせ、とっても寂しがり屋なんです。本当は誰かと仲良くなりたいのに、また悪口言われるんじゃないか、否定されるんじゃないかって怖くなる……」
「本当にリリアナ様のことを良く見てらっしゃるんですね」
「いえ、そんなことは……。こんな事を申してはおこがましいですが、その……妹のような存在だと思っております」
「恥ずべきことではございません。リリアナ様の傍にイゼッタさんのような方がいると知って、安心いたしましたわ」
リリアナに必要なのは、心から信頼できる人だ。
その点、イゼッタは申し分ない人物だった。
ロサミリスは改めてイゼッタを見つめる。
すらっと伸びた手足や高めの身長。茶色い髪は肩より上でばっさり切られ、ロサミリスよりも一段ほど低い声には、不思議な安心感がある。
(この方なら、わたくしが皇宮から去った後でもリリアナ様を任せられるわ)
任せられる、なんてどの口が言うのだろう。
自分でもそう思ったが、そう思うくらいには、ロサミリスはリリアナ皇女の事が好きになっていた。
(一生懸命なひと、わたくしは大好きですわよ。リリアナ様)
「お、お久しぶりです。リリアナ様……」
向かい合ったイゼッタとリリアナ。
イゼッタはもじもじしているし、リリアナは警戒しているのかロサミリスの後ろに隠れてしまっている。
「…………なぜイゼッタがここにいるのじゃ。ロサ一人がいれば充分であろう」
「え!?」
イゼッタが涙目になっている。
「今後の事も考えてイゼッタさんもお呼びいたしました。まずはお二人の誤解を解こうかと思いまして」
「「誤解?」」
「リリアナ様が仰るイゼッタさんの印象と、実際に会ってリリアナ様のお話をしたときのイゼッタさんを見て、違和感を感じましたわ。イゼッタさんとお話しした後、侍女長から話をお聞きし確信致しました。ずばり言うと、お二人は正当な理由なく引き裂かれたのです」
「引き裂かれたって、どういうことですか?」
「まずイゼッタさんがリリアナ様のもとを離れたのは、専属侍女を交代する話があったからですわ。しかもリリアナ様がイゼッタさんの勤務態度に苦言を呈したから、専属侍女の交代の話になった、と。別れの挨拶すら出来なかった……ですわよね、イゼッタさん」
イゼッタは俯いて、小さく「はい」と頷いた。
ロサミリスは続ける。
「リリアナ様にとって、イゼッタさんだけは自分に優しくしてくれたと。しかしある日、イゼッタさんは置手紙だけを残してリリアナ様の前から姿を消しました。その置手紙には、口にするのも憚られるような、リリアナ様を侮辱する言葉が書き綴られておりました」
「ちょっとお待ちくださいませ、ロサミリス様! 私は決してそのような置手紙など書いておりません!!」
焦るイゼッタに、ロサミリスは小さく頷いた。
リリアナは目を見開いて驚いている。
「じゃあ……あの手紙はいったい……」
「おそらく誰かがイゼッタさんを装って手紙を書き残したのでしょうね。あのように置手紙を記せば、リリアナ様の性格上、イゼッタさんに直接辞めた理由を聞くという事はしなくなりますから」
「だから誰かが置手紙を? あえて悪い風に書いて、リリアナ様が私に事の詳細を聞かないようにしたってことですか? いったい誰が、何のために!?」
意図的に引き裂かれたリリアナとイゼッタ。
皇女の専属侍女を決めるのは、より上の立場の人間だ。
一介の侍女や、侍女長の一任だけでは決定しないだろう。
「そこまでは分かりません。ひとまずこの話はここでやめておきましょう。今はそれよりも、リリアナ様の今後のほうが重要ですわ」
ロサミリスはリリアナ皇女と視線を合わせるため、膝を折った。
「誤解が解けましたわ。今のご感想は?」
「……ちょっと、よく分からぬ。ずっとイゼッタはわらわのことが嫌いになってしまったと思っておったから」
「ではこれから仲を詰めていけばよろしいでしょう。イゼッタさんはいかがですか?」
「大きな声では言えないですが、私も最初からこの人事は変だなと思っておりました。あれだけ楽しそうだったリリアナ様が、気に入らないから急に侍女を変えたいなんて、そんな事を仰るはずがないと。ですから、安心いたしました」
イゼッタは、心の底からの安堵したような、穏やかな微笑を浮かべている。
元専属侍女のイゼッタが、リリアナに向き直った。
「今後のリリアナ様の輝かしい人生のためにも、このイゼッタ、微力ながらリリアナ様に尽くさせていただきます」
「………………」
俯くリリアナに、ロサミリスが「リリアナ様」と促す。
リリアナは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「よ、よろしく頼む…………」




