Episode21.ジーク様に褒められましたわ!
仕事のない休みの日は、魔法武術の鍛錬に費やすとロサミリスは決めていた。
中庭の真ん中に立ち、いつものように精神を統一。
心を研ぎ澄ませ、血管内を通る自分の魔力を感じていく。
(ジーク様みたいな魔力量もなければ、サヌーンお兄様みたいなずば抜けた体術の才能もない。オルフェン様のように幼少期から厳しい鍛錬に励んでいた訳でもない。でも……一歩ずつ成長をしてる実感があるわ)
最初は魔力を集めるという感覚が掴めずに苦労した。
魔力は血に宿るとは言うけれど、血を制御できない人がどうやって目に見えない魔力を動かすというのだ。うんうん唸りながら手を広げたり腕を伸ばしたり、謎の動作を繰り返して頑張ってみたけれど、てんでダメだった。
『感覚を掴むまでは想像力を駆使した方がいいね』
『想像力?』
『自分の胸の中心に魔力の源泉がある。その源泉から体全体に魔力が染みわたっていくんだ。魔法武術が武術とは別の括りがされているのはここにあってね、己の身に宿る魔力をどれだけ自在に使いこなせるかが肝心なんだよ』
『分かりやすいですね』
サヌーンの熱心な教えのおかげで、今のロサミリスは魔力を体の一点に集める局所的能力上昇が出来るようになった。前は石を握力で粉砕するなんて芸当は出来なかったけれど、この技術のおかげで小さな石なら砕く事が出来る。さらにいえば、技術は色々な面に応用できるのでとても便利だ。
(魔力は消費するけれど、重い荷物だって局所的能力上昇で楽々持ち運べるし、字を書くときもこの応用で腱鞘炎を起こさずに済むし……)
──そんな使い方をされるために魔法武術があるわけではない。
サヌーンでもいればロサミリスにツッコミを入れるところだが、残念ながら叶わない。ツッコミ不在の場でロサミリスが己の成長ぶりにウキウキしていると、十五の刻を知らせる鐘が鳴った。
ジークがやって来る時間だ。
この前、ロサミリスはジークに魔法武術を教えてもらう約束をした。
(ジーク様って律儀だから、きっと時間ピッタリに……)
すると、向こうから侍女のニーナがやってきた。
ぺこりとお辞儀をする。
「ジークフォルテン卿がお見えになられました」
魔法武術を教えるとあってか、やって来たジークは運動に適した軽装だ。脱いだ上着を従者に預け、やる気満々といったところ。ロサミリスとしてはありがたい限りだ。
「わざわざご足労いただき恐縮です、ジーク様」
「いいや、全然構わない。じゃあさっそく始めるか」
(ジーク様の目元が優しいわ…………)
次期公爵家の当主として振る舞う時や、舞踏会でダンスをする時では見られない表情。
金糸雀の君と称される美貌の婚約者殿ではあるが、親しい者以外には笑みを見せず、常に隙を見せない事から冷たい人と思われている。
親友であるオルフェンが社交的であることから、相対的にジークの印象は冷えたものになっていた。
そうではないことを、ロサミリスはよく知っている。
物静かに見えて怒るときは怒るし、嫌な事があれば人を睨むことも多いけれど、ロサミリスに対するジークは本当に優しい人だ。大切に大切に、真綿に包むように接してくれる。
「俺の顔に何かついてるか?」
ぼーっとジークの顔を見ていたら、いつの間にかジークに覗き込まれていた。
予期せぬ美貌が至近距離にあって、少しだけロサミリスの心臓が跳ねる。
「な、なんでもないですわ」
「そうか? もしかしてまた、あのエルダとかいう女に嫌がらせされたんじゃないか? 今度は水をかけられたのか? それで熱が出て……」
「大丈夫ですって」
「心配だ」
ごつんっ、と。
小気味のいい音が鳴り響き、ジークの額とロサミリスの額がぶつかり合った。
「え……」
「熱は、……ないな」
(ど、ど、どうなされたのジーク様!? 今日はいつもよりスキンシップが激しいわ!?)
ジークはあまり婚約者らしい事を求めてこない。つい先日までは嫌われているんじゃないかと思っていたくらいで、それくらいジークは余所余所しい所があった。ようやく最近になって、嫌われているわけではないと自信を持って言えるようになったのだけれど、今日のコレはどう反応すればいいか分からなかった。
ジークの吐息がロサミリスの顔にかかる。
あともう少しで唇と唇が触れ合いそうな距離で、息が詰まった。
(もしかしてジーク様、わたくしの婚約者としての振る舞いを遠回しに諫めていらっしゃるのかしら。ほら、ジーク様ってお優しいから直接仰られないのよ。こうやることで間接的に指摘されているんだわ……!)
思い返してみれば、公爵家の婚約者でありながらオルフェンの接近を許したのはロサミリスの落ち度だ。たとえその場に彼がいなくとも、優秀な従者の力でその情報自体は耳に入っている可能性もある。きっとそうよ! じゃなかったら意味もなくこんな、こ、恋人っぽい事を…………。
「ロサ」
「はい……っ!?」
「凝ってるな」
「え、凝ってる……?」
(そんな肩凝ってるかしら?)
「今まで一度も魔力を意識したことがないんだろう? 魔力回路が凝ってるぞ。あぁ、これは相当だな。回路が悪いと体内に流れる魔力の動きが鈍くなる。魔法への変換効率も悪く、ちょっと魔力を使っただけで倒れるぞ」
言いつつ、ジークはロサミリスの腰に腕を回した。
そのまま後ろ腰から背中にかけて手を伝わせる。
ジークが触れた個所がじんじんと熱くなり、体に力が入らなくなっていく。
きっと彼が魔力で魔力回路の凝りを直してくれているからだろうけれど、触れられているロサミリスは気が気じゃなかった。
「終わったぞ、ロサ。……どうした、さっきよりも顔が赤くなっているぞ」
「そ、そんなことありませんわっ。あはははっ」
(……心臓に悪すぎるわこれ……)
「ありがとうございますジーク様。おかげさまで、ずいぶんと体が軽くなった気がします」
「試してみればいい。ロサの適正属性は水と風だったか?」
「そうですね。やってみます」
ロサミリスは、魔法の練習を控えていた。
体に魔力を纏わせる能力上昇よりも魔力を消費する魔法は、量の少ない者にとって天敵みたいなもの。ただ、一つくらい得意な魔法があったほうがいいとサヌーンから教えられていたので、暇さえあれば妄想をしていた。
(今なら出来るかもしれないわね)
能力上昇とはまた違う、魔力を魔法に変換する難しさ。
魔法の行使に最も大切なのは、変換速度だ。
魔力の変換が遅いと魔法として顕現される前に自然消滅してしまう。ぶっちゃけ勢いさえあれば小難しい魔法言語や理論もさほど重要ではない。その辺りは想像力が補ってくれる。
「よし」
呼吸を整える。
「風よ、巻き起これ!!」
小さいながらも、ロサミリスの目の前でつむじ風が発生した。
今まで一度も成功しなかった魔法が、ついに。
「で、出来た! 出来ましたわジーク様!!」
「やれば出来る。良かったなロサ」
「はいっ! ……あ……ご、ごめんなさいわたくしったら、はしゃいでしまって」
ジークと手を取り合ってしまうくらいには、浮かれていた。
伯爵令嬢としてみっともないと思ってしまい、ロサミリスは尻すぼみしてしまう。
「謝るほどの事か? 俺は素直に嬉しいと思ったんだがな」
「いえ、その…………本当にありがとうございますジーク様。こんなに嬉しいと思ったのは久しぶりでした」
「一番はロサが毎日頑張っているという事だ。誇っても良いんだぞ、ロサ」
ジークが小さく微笑む。
ロサミリスはとても嬉しい気持ちになった。
「よし、続きをやろうか」
「はい」




