Episode17.活路を見出します
「ロサミリス嬢にとって僕はそんな影の薄い存在だったんだ。……ははっ、今まで女の子にモテてるって思ってたけど気のせいだったみたいだね……」
「それ何度目の台詞だ。おまえはロサに忘れられた存在だ、いい加減現実を受け入れろ」
「…………現実辛い。僕泣いちゃう」
知らなかったとはいえ、約束の時間ギリギリまでジークと話し込んでいたのはロサミリスの落ち度だ。
申し訳ないと詫びを入れれば、あどけなさが残る表情でオルフェンは手を振る。
気にしてないからいいよとは言われたが、哀愁漂う丸まった背中を見ると余計に申し訳なくなる。
しかも婚約者の親友とはいえ相手は騎士公爵家。妙なところで伯爵家の評判を落とすわけにもいかない。
どうすればよいかと思案していたところに、オルフェンの方から鷹狩りに同行しないかと誘われた。
これで彼の気持ちが少しでも安らぐのなら喜んで同行する。
そのため、ジーク、オルフェン、ロサミリスは帝都から離れ、シェルアリノ領地へ移動していた。
(ついでに騎士団から魔獣に関する有益な情報を手に入れる、またとない機会よ。次にいつオルフェン様とお会いできるかも分からないし、この機を逃すともう二度と聞き出せないわ)
人が住む町近くにまで姿を見せるようになった魔獣の存在。
彼らの行動原理は解明されていない。
分かっていることといえば、魔獣に襲われた人間は生命力を奪い取られミイラのように干からびる。瘴気を発する彼らが長く留まった土地は、もう二度と作物が育たないのだ。
魔獣の掃討と汚染された土地の浄化業務を行っているのは、専用の訓練を積んだ魔導師か『第七師団』と呼ばれる騎士団の精鋭部隊。残念ながらロサミリスには魔獣に詳しい知り合いがいなかった。兄サヌーンは何度となく第七師団へ勧誘されているが断り続けているし、本当に困っている時だけしか同行しないので情報は持っていないだろう。
今はどんな魔獣がいてどういう被害状況が出ているのか聞けば、逆に「どうしてそんなことを聞くんだい?」と笑顔で迫られそうだ。
だからといって、明日その運命の日が来るかもしれないこの状況で、のんきに待てない。
最善の策を尽くすため、やや強引でも情報を集めなければ。
(あぁ、全然その機会がないわ)
強引に聞くとは言ったものの、ジークとオルフェンは鷹狩りの真っ最中。
帝都ではほとんど見られなくなった鷹狩りは、由緒正しき貴族の娯楽。これを止めてまで魔獣の話を聞きだせるほど空気の読めない令嬢になりたくない。
愛想笑いを浮かべながら一時間が経過した。
馬車まで戻って来たジークとオルフェンの腕には、それぞれ雄々しい鷹が乗っている。
素人目線でも、二人の鷹はよく育てられている事が分かるが、オルフェンの白鷹はとりわけ大きく凛々しい。さすが鷹を家紋にしている騎士公爵家だ。
「よーしよし。よくやったぞ」
「さすがだな、オルフェン」
「まぁね、いつも魔法の勝負ではジーク君に負けてばっかりだし。これぐらいは僕が勝たないと」
「ジーク様ってお強いのですか?」
「そりゃもう魔法も体術も悪鬼のごとく……ってあれ、婚約者なのに知らないの?」
「はい。……お噂程度は存じておりますけれど」
使用人に鷹を任せた後、オルフェンは不思議そうな顔をする。
知らないも何も、ロサミリスの前でジークが魔法を使ったことはない。
(魔力切れでぶっ倒れた時は事後報告だったし)
ロサミリスは気にしていなかったが、オルフェンは信じられないような表情でジークを見ていた。
「なに、隠してたの?」
「隠すもなにも、人に自慢するために武術をしているわけではないからな」
「んだけども、女の子にきゃーきゃー言われたくない? きゃー強いかっこいいわジーク様! ってな感じで。ロサミリス嬢ももっとメロメロになってたかもよ?」
「茶化すな。第一、俺とオルフェンの実力はさほど変わらんだろう。……いや、素手なら俺が何勝か勝ち越してるか?」
「いいや、それは半年前までの話だ。聞いて驚け、僕は来週から魔獣討伐の精鋭部隊『第七師団』に抜擢されたんだ!」
「親のナナヒカリか?」
「じ・つ・り・ょ・く・ですけどぉッ!?」
「あの。オルフェン様は第七師団に配属されたのですか? おめでとうございます、あとでお祝いの品を送らせますね」
盛大なボケとツッコミをかます仲良し男二人に、すかさずロサミリスが横槍を入れる。
「そうだよ。ほらね、やっぱり僕は分かってたんだよ。心優しい黒蝶の姫君なら、ジーク君よりも先に祝福してくれるって」
「ふふっ。本当はジーク様もお優しい方なのですよ、でも親友のオルフェン様に照れていらっしゃるだけなのです」
「へー?」
「気持ち悪い顔でこっちを見るな」
ひとしきり二人の漫談を聞いたところで。
「兄より話を聞いていたのですが、どうやら最近は帝都近くまで魔獣が出没するようになったとか」
「あぁ。確かにね、最近はずっとその話題で騎士団も持ち切りだよ。ここ、騎士公爵が治めるシェルアリノ領の民も何度か魔獣の被害に遭っている」
領民が被害に遭っているということで、途端にオルフェンの顔に力がこもる。
魔導師や騎士なら、魔獣の発する瘴気にも対抗する術を持つ。
ただの村民は、逃げるのがやっとだ。
「うちの領内は今のところ大丈夫だ」
「伯爵家も同じく」
「そっか。……今のところは死者は出てないけど、帝国中のあちこちで魔獣が出没してる。今や騎士団はその処理でてんやわんやだよ。人員不足がたたって猫の手も借りたい。ちょっとでもいいから魔法が使えるなら、前衛職じゃなくても仕事はいっぱいあるし、大歓迎なんだけどな……」
ちらっと、オルフェンが見つめる先にいるのはジーク。
ではなく、なぜかロサミリスだった。
「おい。ロサを騎士団に勧誘しようって魂胆じゃないだろうな」
目を細めて声を低くするジーク。
ジークは、ロサミリスがやりたいことは基本的に尊重してくれる。
魔獣などという命に係わる危険がなければ、の話だけれど。
「ロサはまだ魔法を始めて二週間だ。力もない。ただの、伯爵令嬢だ」
「なにもいきなり魔獣と戦う現場に行けだなんて言ってないよ。ただでさえ人員不足の騎士団がそこらじゅうで魔獣が出現してるからカバーしきれなくて、ロサミリス嬢のように要領が良くて頭も良くて美人で可愛い女の子が後方支援に回ってくれたら助かるのになーって思っただけ」
「女の子だぞ。そんなの任せられるわけない」
「家の事情で、十歳で剣を持たされる女の子だっているけど?」
「だが、ロサは……!」
「あの、わたくしでよろしければやらせていただけないでしょうか。力はあまりないですが、事務処理などお手伝いできますわ」
「こりゃいいね。魔獣の生態をまとめる報告書係も大事な仕事だ」
(機会だわ)
オルフェンから聞き出せればと思っていたが、内部に潜り込めるならより精度の高い情報を収集できる。魔獣の生態をまとめる報告係なんてすばらしいじゃないか。
ただ、ジークだけは頑なに首を縦に振らなかった。
「俺は認めない。最初は報告書をまとめる係かもしれないが、そのうち人手不足でロサが現場に駆り出されるかもしれない。その可能性がみじんも消えない以上、俺は」
「相変わらず堅物だねぇジーク君は。大丈夫大丈夫、神に誓ってこの僕がロサミリス嬢が間違っても現場に行かされないように守るよ。無期限で公爵家の婚約者をお借りするわけにはいかないじゃん? だから、一か月だけってことで。延長するかどうかはその時決めればいい」
ジークは、静かに目を閉じた。
きっと思う所があるのだろう。ぐっと押し殺している節がある。
「ロサはどう思うんだ?」
「やりたいですわ」
「そうか。分かった、ロサがそこまで言うなら仕方ない」
ジークは、半ばあきらめたようにため息を吐く。
「何かあれば俺にすぐ言うんだ」
「分かっておりますとも」
「オルフェンに手を出されないように注意するんだ。肌の露出は少なく、毎日ズボンで過ごすんだ。俺もできるだけ様子を見に行くから」
「心配しすぎです……」
(ジーク様、お兄様に似てきたかしら……)




