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Episode01.七度目の人生


 物心つくころから、ロサミリスは自分の体に違和感を覚えていた。

 幼子(おさなご)とは思えないほど大人っぽく理路整然と話したり、知っているはずない他国の歴史を知っていたり、教わってないピアノが弾けるようになっていたり。


 始めはただの違和感だった。


 次第にソレは気持ち悪さに変わり、十三歳の誕生パーティを終えた夜に、突然やってきた。激しい頭痛と猛烈な吐き気。六回分の人生の情報は辛すぎて、思わず声をあげて叫びそうになったけれど、唇を噛んで耐え忍ぶ。


 …………嵐が過ぎ去ってようやく息を吐く。

 

()()()()()()()


 前世の記憶だ。

 魂は流転する。死ねば屍は土に還り、魂は安寧の楽園に(いざな)われる。通常、魂は楽園で前世の記憶を消去され、新しい体に付与されるのだけれど──


 ロサミリスは、その真理から大きく外れた存在だった。


 六回分の死んだ記憶が存在する。

 その全てで〈呪い〉を身に宿してしまい、惨たらしく死んだ。

 

 一度目から三度目の人生は、瘴気を身に纏う人類の敵・魔獣を無意識に引き寄せてしまう〈魔女〉の呪い。そこに存在するだけで周りの人を不幸に陥れる。死んでしまった人も多い。最後は、魔獣の害悪の根源はおまえだと罵られ、様々な冤罪をなすりつけられた挙句、三回とも火あぶりの刑で殺された。


 四度目と五度目は目が合った相手を石に変えてしまう〈ゴルゴン〉の呪い。人と目さえ合わせなかったら発現しないので、〈魔女〉の呪いに比べたら精神的に楽になった。でも、好きになってくれた村の男の子と目を合わせてしまい、石になってしまった彼の親に両手足を縛られ、暗い泉の底に投げ込まれた。


 六度目は、触れた人間を腐らせる〈腐敗〉の呪い。正直言って、一番惨たらしく思い出したくないものだ。〈魔女〉の呪いは自制できないが魔獣が近くにいなければ発揮されず、〈ゴルゴン〉の呪いは目を合わせないように前髪を長くしたり対策もできた。


 でも──


 〈腐敗〉の呪いだけは自制もできなかったし、無差別で、触れた人や動物が腐って死ぬ。ほんのちょっと、指先が触れただけで人を腐敗化させる。腐敗した人は見るに堪えなかった。しかも成長するにつれて力が増していくのだ。

 自分が殺してしまった事実に耐え切れず、最後は魔獣に食い殺されるという自死を選んだ。


(なぜよりによって〈腐敗〉の呪いなの……)


 分かるのだ。

 同じ呪いは、同じような容姿で、同じような人生をたどることが多い。

 〈魔女〉の呪いは三回とも金髪の王族、〈ゴルゴン〉の呪いは二回とも地味な村娘、〈腐敗〉の呪いは黒髪の伯爵令嬢だった。


 ラティアーノ家の伯爵令嬢として、しかも黒髪で生を受けたのだから間違いない。

 

(あぁもう。昨日まで気に入っていたこの黒髪が、こんなに恨めしいだなんて)


 幸いなのは、前世でも十三歳時点では呪いは発現していないということ。

 同じ人生を辿るのなら、お腐れ令嬢と呼ばれるようになる十六歳になってから。

 まだ三年も時間がある。

 今まで六度の人生を歩んできたけれど、過去に自分が起こしたことはすべて自分のせいだと思い込んでいた。優しすぎたのだ。心が辛かった。罪悪感で死にそうだったし、事実六度目は耐え切れなくなって自死した。


 ならわがままに生きよう。


 呪いを発現させない、あるいは消滅させる手立てを考えながら、いかに幸せな人生を歩んでいくか考える。大泣きしながら魔獣に食い殺される道を選ぶのは、もう嫌だ。


(神よ。これがわたくしの運命と言うならば、今度は好き勝手に生きさせていただきますわ)


 てっとり早く、侍女のニーナに髪切りの(はさみ)を持って来させる。

 

「そんなもの、どうするんですか?」

「鋏の使い方なんて一つしかないでしょう? 髪を切るのよ」


 生まれて初めて、自慢の長く艶やかな黒髪をバッサリ切り落した。

  





 ぐずぐずする声が聞こえたので見てみると、ニーナが顔から出るもの全部出しながら泣いていた。


「ロサミリスお嬢様ぁ、そんなにお辛いごとがあったのでずね。ごの私めに何でも話してくだざい。素晴らしい殿方なんてこの世にはだくざんいますよぉ!!」


(待って、いつわたくしが失恋したと言ったのっ!?)


 辛い失恋をして髪を切ったと勘違いしたらしい。

 ニーナはロサミリスに仕える侍女のなかで最も若い。恋愛小説が好きで、少々お転婆なところが目立つ。号泣し過ぎてちょっと引くけれど、これも主人への思いやりだと考えれば、嬉しさを感じた。


 なにせ、前世の記憶を思い出して辛かったのは本当だから。


(──にしても泣きすぎじゃないかしら!?)


 ニーナの泣き声があまりにも大きかったので、なんだなんだと人が集まってくる。何でもない、ただうっとうしくなったから髪の毛を切ったのだと説明すると、使用人たちは痛ましそうに目を細める。


「誕生パーティの夜にするなんて。お(いたわ)しやお嬢様、さぞお辛いことがあったのでしょう」


 誤解を解くのは骨が折れそうだと思った。


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