葬儀
次の日、皆で朝食をとっていると、刑事が訪ねてきた。最初はファルコーネの者達かと警戒したが、どうやら違ったらしい。ただ、他のファミリーの息が掛かっているかもしれない。警戒は決して怠らない。私は刑事二人を父の仕事部屋に通した。ティナとアリスの事情聴取は終わっているので、残りの私、ローゼ、パティが警察の相手をする。
私は父のいつも座っていた奥の皮張りの椅子に腰を下ろす。クライトンという名の刑事が質問を始めた。
「この度はお悔やみを…………では早速ですが、リナルディさん、今までどこに? ずいぶん探しましたよ」
「隠れていました。当たり前でしょう? 母を目の前で殺されたんです」
「どこに隠れていたんですか?」
「それを言う必要はないでしょう。あなたが他のファミリーの手のものかもしれませんし」
「ちょっと! それどういう」
バルトという恐らく部下であろう刑事が割って入ってくるが、クライトンが手で制する。
「そこに関しては信じてもらう他ありませんが…では犯人は他のファミリーの者だとお考えで?」
「恐らくは。普通はそう考えません?」
「まぁ、そうかもしれませんね。心当たりがお有りで?」
「いえ、ありません」
「犯人の顔は? 見ていませんか?」
「はい。ベッドの下に隠れていたので」
「そうでしたか…お父様やお母様に誰か恨みを持つ者は?」
「ふふ、刑事さん人が悪いですね。それはもう沢山いるんじゃ無いんですか? 私は父の仕事に関しては何も知らされていませんでした。刑事さんの方がそこに関しては詳しいんじゃないですかね?」
「ははは、これは失礼」
クライトンは私の目を片時も離さず見ている。一体何を知りたい。この刑事は。
「犯人は恐らくどこかのマフィア、誰かもわからない。ではなぜそんな状況で今頃家に帰られたのですか?」
「それは…」
ローゼがチラリと私を見やる。ローゼにはなるべく嘘は言うなと事前に言われていた。
「隠れるのに疲れたからです。それに父や母の葬式もあげていません」
「疲れたから危険かもしれない家に帰ってきたのですか?」
「おかしいですかね? いるかも分からない追跡者に怯えるのは心が疲弊するんですよ」
「確かに、そうかもしれません。タバコいいですか?」
「どうぞ」
クライトンは胸ポケットからタバコを取り出し、火を付ける。
「ちなみに一昨日の夕方ごろどちらに?」
「まだ隠れていた頃だと思います。何故です?」
「一昨日の夕方ごろ、灯台の近くのレストランで火事があったんです? 知りませんか? そこで四人の焼死体が見つかった。恐らく一人は店主、他三人の身元はまだわかりません。ですがある筋の情報によると一人はあなたの叔父さんのディエゴ・リナルディであると」
「…そんな! ディエゴ叔父さんが!!」
私は演技する。口に手を当てる。涙は…出れば良かったが、私は役者じゃない。
「すいません。驚かせてしまって。まだ決まったわけでは無いんです。それでですね、そこであなたを見かけたという情報もありまして…」
クライトンの鋭い眼光が私を刺した。これには流石に冷や汗をかく。ファルコーネの者が言ったのか? 警察に頼るだろうか…。警察内の内通者による情報か?
「…刑事さん、私のことを疑っているんですか? …酷い」
「いえいえ、ただ、何か知っていることは無いかなと」
「知りません! そんなこと! 人違いです! ローゼ、パティ、私はあなた達と一緒にいた。そうだよね?」
「…はい確かにリリィ様は私たちと一緒にいました」
「うん。みんな一緒だったよ!」
「うんうん」
「そうよ! リリィを疑うのはやめて!」
「…ちなみに君、最近の獣害事件について何か知らないかい?」
「ジユウガイ??」
「…いや、なんでもない。…しかし困りました。それを証明することはここにいる者達以外出来ないわけですね。どこにいたかも言えないと」
クライトンは頭をかくと、テーブルの上の灰皿でタバコを潰し消す。
「…ごめんなさい」
「いえ、いいんです。今日は話を聞きにきただけですから。今日は帰ります」
「え。いいんですか警部?」
クライトンがバルトの頭を小突く。
「それでは、お時間を取らせました。失礼します。ああそうだ、最後に、カルロ・ファルコーネの居場所をご存知ないですか?」
「…知りません。お役に立てずすみません」
「いえ、いいんです」
クライトンはバルトを引き連れそそくさと帰って行った。
クライトンとバルトは車に乗り込む。
「あの嬢ちゃん…演技下手すぎるだろ」
「じゃあ情報通りあの子が? 信じられない…」
「確かにそうだな…。だが大体の大筋はわかった。出せ」
バルトが車を出す。
「ふう」
私は窓からクライトン達の車が出るのを確認した。すっかり疲れて椅子にへたり込む。
「…ローゼ? どう思う?」
「バレてますね」
「だよね」
「ただ、情報だけで証拠は無いようです」
「リリィ捕まっちゃうの!?」
「俺があの刑事も殺ってやる!」
「そうよ! 私たちに任せなさい!」
「馬鹿を言うな」
ローゼがパティの頭を軽く小突く。
「…まぁ…いい…時間はある。それよりもローゼ、葬式の案内状は出してくれた?」
「はい。全員に」
「ここからが本番ね」
○葬儀
父と母の葬式は、生憎、少々の雨が降っていた。
場所はコッリーナブル墓園。多くの墓が理路整然と並んでいる。そこの一角、丘の上の木の下に父と母は並んで埋葬されることになった。女性は黒のワンピースに黒のレースやストール、男性は黒いスーツに身を包み、喪に服する。司祭が祈りの言葉を二人に捧げる。私とローゼ達は親族席に腰をおろしていた。
参列している人間をよく見る。街の住民や交易事業関係者も多くいたが、中でも多かったのは、そうマフィアである。彼らの目は他の者とは違っている。ローゼにはファルコーネやアルディーティの者たちも呼ぶように言っておいた。ローゼは相変わらず「危険です!」と言っていたが、私は彼らにも父と母が殺されたことを、殺したことを再認識させたかった。父や母の死を忘れさせたくはなかった。それに、ファルコーネから接触があるのではないかとも考えていた。
「リリィ様」
隣に座るローゼも耳打ちしてくる。
「ドン・アルデーティもいらっしゃいましたね。ロイド様の件があるのに…。その三人隣、老眼鏡をかけている男、あれがドン・ファルコーネです」
ドン・ファルコーネ。カルロの父でもある彼は今何を思い、ここに立っているのだろう。恐らく私がカルロを殺したか、人質に取っていると考えているはずだ。それでもここにきた。
「そう…何か仕掛けてくるかしら?」
「おそらく…」
葬儀は進み、棺への献花が始まる。皆口々に別れの言葉を述べ、墓穴の中の棺の上に花を落とす。献花を終えた者達が私たちに「とても残念です」と言う。それに私は軽い会釈で返した。
ドン・ファルコーネの番が来る。彼も別れの言葉を言い、献花を済ますと私の前に来た。
「…この度は、とても残念です」
「…ええ」
意外にも他に言葉はなく、ドン・ファルコーネはそのまま私の前から去って行った。
式も終わり、皆の見送りをする。ファルコーネの者達に一番警戒していたのはこの時だった。だが、あっさりと彼らは車に乗り込みこの場を後にした。
「流石に彼らも死者を冒涜するような真似はしないか…」
ローゼの緊張の糸はやっと解かれたようだ。
「…そうみたいだね」
一安心といったところか。安堵していると声をかけられた。
「リリィ・リナルディ」
その人物は意外にもドン・アルディーティであった。また一気に緊張が走る。
「…これはドン・アルディーティ。今日は来て頂いてありがとうございます。父と母も喜んでいると思います」
「…ご両親は、残念でした。お父様は、ドン・リナルディは大変名誉ある方だった」
「…ありがとうございます」
年齢は父と同じくらい。一見優しそうな紳士風だが、相手はドンだ。銀行の一件で見逃してもらったが、油断はできない。背が高いので見上げる形になる。
「あの時から面構えが変わったな」
「…はい。そうかもしれません」
「…それはそうとリリィ」
「はい、なんでしょう」
「私は全て知っている」
その言葉に胸がドキリとする。
「カルロを殺した。又はカルロの身柄を預かっているだろう?」
「あ…」
突然のことで言葉が出なかった。もちろん、相手はマフィアのドン。知らぬはずはないだろうと思う。だが、ここでこの話を出してくる理由がわからなかった。それに認めるわけにはいかない。
「っ…ドン・アルディーティ。私には仰っている意味が…」
「隠さなくてもいい。それにドン・ファルコーネはロイドの身柄を拘束したと言っている」
「っ! そんな…!」
「そこで、会合の場を設けたい。私と君とドン・ファルコーネとの」
「え…」
「日時や場所は追って連絡しよう。それでは」
ドン・アルディーティは組の者に付き添われ、この場を後にした。
私はただ雨に打たれ呆然としていた。
「行くしかありません」
意外だった。ローゼならいつもと同じように「危険です!」と言うと思っていた。
私達は葬儀を終えると、家に戻り、父の仕事部屋に集まっていた。
「そうだよね。ドン・アルディーティ直々に、だもの。それにロイドが本当に捕まっているなら助け出さないと」
「はい。ただ、仲介人がドン・アルディーティなのが解せまん。彼はロイド様を探している。ファルコーネと取引したいのは彼も同じはずです。この会合。一筋縄ではいかない気がします」
「そうね。でも確かめないと。二人が何を望んでいるのか」
「で、でも危ないんじゃないの?」
床に座っているパティが心配そうな声をあげる。無理もない。相手はドンだ。それも二人。何が待っているかわからないのは事実だ。
「話し合いということは、何か折り合いをつけようということでは? 人質の交換を申し出てくんじゃないでしょうか」
ティナが丁寧にタオルで雨に濡れた私の髪を拭きながら言った。
「私はティナさんがいうことが正しいと思う。殺すつもりならわざわざ話し合いなんてしないと思うし」
アリスは壁に寄り掛かりながら言う。
「反撃できない状況で殺すつもりだ!」
「そうよ! きっとそう! やめなさいリリィ!」
リッキーとマチルダが言う。パティは二匹の人形で顔を隠す。
「パティ、心配してくれてありがとう。でも何が待ってようといかなきゃ」
「なんで! リリィに何かあったらどうするの!」
パティは顔を出し、涙目になって訴える。
「パティ…」
私は立ち上がり、パティの側までいき、腰をおろす。そしてパティの頭を撫でた。
「パティ、私はもうドン・リナルディなの。ドンとしての責任がある。ここで行かなかったら、よりみんなに危険が迫るかもしれない」
「でも…」
「パティ私を信じて。必ず帰るから」
「約束だよ?」
「うん」
パティが私を抱きしめた。私もパティを抱きしめ返す。ただ心の中は不安に満ちていた。
家の厨房にある階段から降りて地下に。食料などを保管する地下室にカルロはいた。椅子に縛られ身動きは取れない。私は眠っているカルロの頬を叩き、起こす。カルロは憔悴しきっているようだ。最低限、食事と水は与えている。風呂には入れていないので嫌な匂いが鼻を刺す。
「カルロ、これからドン・ファルコーネとの会合がある」
カルロは布を咬まされているため喋ることはできない。私を強く睨む。
「あなたは父を殺した。その事実は揺るがない。何かいうことは?」
カルロの口の布を取ってやる。カルロは尚も私を睨む。
「…一つ忠告してやろう」
「あら、何かしら」
「裏切り者はディエゴだけじゃないぞ」
私は布を再び口に咬ませる。そして地下室を後にし、階段を登る。
「………そんなこと知ってる」
読んで頂けただけで幸せです。これからもよろしくお願いいたします。