ドン・リナルディ
「お待たせしましたー特製海鮮パスタと紅茶になります」
ティナが注文の品を持ってきて、カルロと私の前に置く。
しばしの静寂があった。
「なんで……」
ディエゴ叔父さんがドアの前に立っている。
「遅かったじゃないか! さぁ早く」
カルロは立ち上がり叔父さんを手招きした。叔父さんを席の奥へと座らせる。
「…やぁリリィ。久しぶり…ってほどでもないか」
叔父さんは少し緊張している様だった。
それにしても分からない。なぜ叔父さんがここに? カルロはやっときたかと言った。つまりここで待ち合わせていたことになる。カルロは最初からこの場所だったと知っていた!
一気に緊張が戻ってくる。会合場所がバレていた。これは大変危険な事態だった。
「カルロ…これは一体どういうことですか?」
「はは! サプライズだよ! 家族久々の再会だ!」
この男…!!!
「話し合いは一対一が条件だったはず」
「何言ってんだ。先に条件を破ったのは君の方だろ? ウェイトレスの子、どこかで見たことあるなぁ」
ティナのことか。不覚だ。顔を覚えられているとは…
「さぁ、私は知りません」
無駄だろうが、精一杯誤魔化す。
「ははは。まぁいいさ。女が何人いたところで問題ない。僕もそのほうが嬉しいしね」
こいつ…!!!!!
「さぁ話し合いを再開しよう」
しかしなぜ、叔父さんがここにきた? まさか人質か? 人質と証拠を交換だと言われたら、私はもう後が無い。今更嘘だったなんて言おうものなら間違いなく殺される。場所がバレている以上、もしかすると外にはファルコーネファミリーの者たちが控えている可能性がある。それどころか、手前の席に座っている男二人がカルロの手の者かも知れない。
どうするどうするどうする…!
冷や汗が出始めた私に叔父さんは思いがけないことを言い出した。
「………リリィ、証拠をカルロに渡すんだ」
緊張はしている様だが、その目は人質に取られ怯える者の目ではなかった。
「…え?」
「兄さんを、リベルトを殺した証拠を持っているんだろう? それをカルロに渡すんだ」
「…何故…叔父さんがそんなことを…?」
そんな言い方、それではまるで…
「裏切ったんだ…俺は。リベルトを。…すまないリリィ」
—————今なんて言った…裏切った? 叔父さんが? なんで…
「おい! ディエゴ! それじゃぁ僕らがやったって認めているようなものじゃないか!!」
「証拠があると言っているんだろう?」
—————嘘だ。
「バカかお前は!! ハッタリだったらどうするつもりだ!!」
「カルロ、リリィは頭が良い。どちらにしろお前がやったなんてとっくに分かっているはずだ」
——————————嘘だ!
「この能無しが! 黙れ! その薄汚い口を閉じろ!」
「カルロ諦めろ。確信があったからリリィはここに来たに決まっている!」
——————————————嘘だ!!!
「嘘だ!」
テーブルをバン! と叩くと、二人は言い争いをやめてこちらを見た。
「嘘だよそんなの…なんでディエゴ叔父さんが…そんなの嘘だよ」
「リリィ…すまない」
「なんで? どうして? どうして父さんを殺したの?!」
自然と涙が溢れていた。
「仕方なかった。と言ってもしょうがないか…」
叔父さんは一呼吸置く。
「俺は…リナルディファミリーに認められたかった」
? 何を言っている?
「でもリベルトは決してそれを認めてはくれなかった…ずっと俺を男として認めていなかったんだ…」
なんだ? 何を言っているんだ…
「そんな中、新しい交易事業に手を出すとの噂を聞いた。麻薬だよ。これは大きなチャンスだと思った。それに関われれば、リベルトに認めてもらえるチャンスだと…」
頭が痛くなってくる。
「だが、リベルトは! あんな子どもなんかに! ロイドなんかにそれを任せるなんて言いやがった!!! 俺は何十年もリベルトに認められようと努力してきたのに! それを!」
こいつは何を言っているんだ…
「わかるか? リリィ! 俺の屈辱を! あいつが、ただ、イエスと言ってくれればこんなことにならなかった!!!」
叔父は目に涙を浮かべて喋っているが、私には叔父が何を言っているのか分からなかった。
「………それにカルロに…、ファルコーネに借金があったんだ。それを返すアテもそれで無くなったんだ」
…あぁ、なんだ…そういうことか…
「全てがパァだよ。破滅だ。そして、パーティーの後、カルロに計画を聞かされたんだ。ジルダにも話に乗るようにどやされて……俺はもう、やるしかなかった…!!」
言葉にならなかった。そんなことで父は死んだのか。結局は金だ。言い訳がましい謝罪も、父への怨嗟の言葉も、皮を取ってしまったら結局金だった。
「リリィ、証拠を渡してくれ…! そうすればお前の無事は保証してくれるとカルロも言っていた! なぁ? カルロ」
「………あぁ。保証しよう」
カルロはもう諦めた様子だ。
「お前が死ぬところなんて俺は見たくないんだ!」
この男は今更私の心配をしてると言うのか? 笑えてくる。
「…ふふ」
「リリィ?」
「ふふふ」
「どうしたリリィ。聞いているのか?」
そうだ、いけないいけない。まだ聞いておかなきゃいけないことがある。
「母さんは? なんで殺したの?」
「ラウラには…可哀想なことをした。事故だったんだ…リリィとラウラには手を出すなと言っておいたんだ! 本当だ! それをあいつ…撃たれたからって逆上しちまって…」
…事故。母は何発も撃たれて血だらけだった…それを事故だと…
「そう…ふふふ」
「リリィ、頼む。このままじゃ俺の命もないんだ。殺されるかもしれん。ドン・ファルコーネには落とし前は自分達でつけろと言われた…後がないんだ!」
「っち。余計なことを」
「リリィ、前に言ってただろ? 普通の家族がよかったって? 証拠を渡せばもうお前は自由になれるんだ。全てから解放される! 悪い話じゃないだろう? ロイドにも手は出させないと約束させる! だから頼む!」
なんと、なんと情けない男なのか。借金があったから? ジルダ叔母さまにどやされたから?
私は今までこんな男を慕っていたのか? 父の考えは正しかった。こいつは男じゃない。こんな奴がマフィアに? 冗談じゃない。
私の知っているマフィアは、父は…こんな腰抜けではなかった。
「ふふふ………あははははははは!!」
「…はは。なんだぁ? なに笑ってる。イカれちまったか?」
カルロが乾いた笑いと共に言う。
「っははははは」
私は腹を抱えて笑った。
「リリィ…」
「あはははは…っはは、あぁごめんなさい。可笑しくてつい」
「…リリィ、大丈夫か?」
こんなやつに心配なんてされたくはない。虫唾が走る。
私は立ち上がる。
「ちょっとお手洗いに行ってくるね。ちゃんと戻ってくるから待ってて。ふふ」
「あ、あぁ」
二人とも呆気に取られたようで私を素直に送り出した。
私はフラつく足で、店の奥にあるトイレへと入った。トイレに窓はなかった。カルロはそれもきっと知っているのだろう。
「うっ」
急に嗚咽を催して、吐いてしまった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
こんなことだったなんて。こんなくだらないことだったなんて。本当に笑えてくる…
でも何故だか涙が止まらなかった。こんなことで父は死んだのか…。そんな間違いで母は殺されたのか。こんなことで私の家族は崩壊したのか…。信じられなかった。とても信じられない。私の幸せな生活はこんなことで壊れるほど脆い物だったのか…
私たち家族の生活は血の上に成り立っているどころではなかったんだ。細くて鋭い刃の上を綱渡りしている様なモノだったんだ。そしてバランスは崩れた。
信じられない。信じたくない。けどそれはいやがうえにも現実だった。
現実を打破する方法は決してない。だが、この狂った現状を打破する方法はある。
この時を逃したらそれはもう二度とやってくることはないかもしれない。私も、皆も生きては帰れないかもしれない。だが、私にはやらなければならない理由がある。涙を拭い、覚悟を決める。
それは怒りというよりも、使命感に近いものだった。
私は、トイレから出ると、腰に刺しておいた拳銃に手を伸ばした。
二人がこちらを振り向く隙も与えず、手前の席に座っていたカルロの首に左腕を回した。右手に持った拳銃をカルロのこめかみに当てる。
「なにをっ!」
店の入り口付近に座っていた男二人が立ち上がり、懐に手を伸ばす。
「動くな!! 銃を捨てなさい。早く! こっちに投げるの! こいつがどうなっても構わないの?!」
男二人は、ゆっくりと拳銃を摘むように取り出すと、私の足元に拳銃を投げ捨てる。
やはり男二人はカルロの手の者だったか…
「おい! リリィどういうつもりだ!」
カルロが喚く。こめかみに強く銃口を押し当て黙らせる。
「先に引き金を引いたのはあなた達でしょう? カルロ、立ちなさい。立つの!」
「くそっ!」
カルロは両手を挙げゆっくりと立ち上がった。呆然としていたディエゴ叔父さんが両手を挙げ、立ち上がる。
「リリィ、こんなことよすんだ。相手はファルコーネなんだぞ? これは自殺行為だ。銃をこっちに渡すんだ」
震える声でそういうと、手を伸ばしてくる。
「動くな!!」
「そうだ、リリィ、こんな脅し馬鹿げてる。今すぐ銃を捨てれば見逃してやる」
カルロはそう言ったが、どうやら二人とも勘違いしているみたいだ。これは脅しではない。これは私の決意である。
「これでも脅しだと?」
私はサッと銃口をディエゴ叔父さんに向ける。
「なっ! リリ」
パァーン!!!
「ぐぅっ!!」
ディエゴ叔父さんは胸を押さえ、紅茶とパスタをぶちまけながらテーブルに倒れ込む。
「なんてことを!!」
「もうコイツは家族なんかじゃない。殺されて当然の薄汚い裏切り者だ! カルロ! お前の命はコイツよりもっと軽い!」
「…くっ! このアマぁ」
「黙れ!」
まだ煙が出ている銃口をこめかみに当てる。
「ぐぅっ」
「アリス! ティナ!」
「「っはい!」」
突然名前を呼ばれたアリスとティナが厨房から勢いよく返事をする。
「アリスはローゼに電話を。迎えにくるように言って。ティナはそこの男二人を縛り上げて」
「分かった!」
「了解です!」
二人はそそくさと指示に従い行動する。
「カルロ…あなたは私を舐めすぎた。父と母の、みんなへの償いをしてもらう」
「くっ………はぁ……分かった、分かったよリリィ」
「? 何が分かったと?」
「君の言い分をのもう。君の父を殺したのは僕だ。母親の方は仲間のダンテってやつがやった。悪かったよ。事実を認めて謝罪する」
「………ぷっ、あはははは」
「何がおかしい! 君は謝罪を求めていただろう!!」
あまりにカルロが滑稽なので私は大声を出して笑ってしまった。危うく銃口をカルロから離してしまうところだった。この男は何も分かっていない。自分が何をしたのかも、今置かれている状況も。自分が今でも上の立場にいると信じている。
「あははははは、はぁ…カルロ、あなたは本当に馬鹿ね」
私は銃口をカルロの口に押し込んだ。
「ファルコーネの後継があなたじゃドンも気の毒ね」
「っ!! まめろ! まめてふれ!」
銃口を咥えたカルロに初めて恐怖の表情が見えた。口をモゴモゴと必死に止めろと訴えてくる。そうだ。これでいい。この男にはこんな情けない表情が一番似合う。今すぐこの癪に障る男の頭を吹き飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、自分を落ち着かせる。
「もう沢山だぁ!!!」
突然叫んだのは厨房にいたテネブラだった。
「俺の店で人まで殺して! カルロを離すんだ! このままじゃ俺まで殺されちまう!」
テネブラを見ると、頭を抱えて僅かに残った髪を掻きむしっている。
「…黙りなさい。あなたには関係のないこと」
「黙るのはお前の方だ! この小娘が! こんなことして、ファルコーネに殺されるぞ!」
「状況が分かってないみたいね」
「やっと自分の店が持てたと思ったのに! おしまいだぁ!!」
「黙れと言っている」
「いいや! 黙らない! このままお前達を見逃したら殺されるのは俺の方なんだぞ!」
「ならどうするつもり? 私たちを売る? 裏切る気? あなたはリナルディに借りがある」
「ああ、あったさ! ドン・リナルディにだ! お前じゃない! 彼はもう死んだ!」
この男もわかっていないようだ…
「一つ、認識が間違っているようだから言ってあげる」
銃をテネブラに向ける。
パァーン!!
テネブラの胸に穴が開いた。
「私がドン・リナルディ」
読んで頂けただけで幸せです。