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意外な訪問者

返事は驚くほどすぐだった。

(リリィ久しぶり。カルロ・ファルコーネです。父、ドン・ファルコーネに代わって返事をさせてもらう。パーティーで会ったのを覚えているだろう?

手紙の件だが、私たちは元より君を殺そうなどとは考えていない。なぜなら全く身に覚えのない話だからだ。ただ、君は私たちを疑っている。なので話し合いの場を設けたい。

平和的に解決する道はまだ残されていると信じている。話し合いに応じる気があるのならまた使者を寄越してくれ。一対一での話し合いが良い。ただ、会合場所の条件はそちらの言う通りにしよう。

追伸、誠意の証にはならないかも知れないが、使者に尾行はつけないでおいたよ。

                               カルロ・ファルコーネ)



 返事はパティがファルコーネの屋敷の門の見張りに手紙を渡すと、待っているように言われ、渡されたらしい。リリィ・リナルディの名が書かれた手紙だ。見張りもすぐにファルコーネに届けたのだろう。

尾行をつけないと書かれていたが、それは本当らしかった。パティは尾行が無いのを確認すると、念の為、街をぐるぐる回り、人の敷地をいくつも抜け、戻ってきたらしい。それはローゼの指示でもあった。ローゼは目立たない様リッキーとマチルダも置いて行かせた。パティは断固拒否していたが、私が預かるからと言うと、渋々了承してくれた。

「リッキー! マチルダ! 会いたかったよー」

「俺たちを置いていくなんて! 心配したぞ!」

「全く! 無事でよかったわ!」

 パティは、リッキーとマチルダと感動の再会を果たし、抱きしめ合っている。

「ローゼ、どう思う」

私は手紙をテーブルの上に開いて置いてローゼに見せる。

「………これだけでは…なんとも。ドンではなく、カルロからというのも解せません」

 カルロ。あのいけすかない男が話し合いたいと言っている。それだけで何かやましさを感じざるを得ない。だが…

「話し合ってみるしかない」

「! リリィ様危険です! 罠の可能性も十分にあります」

「尾行もつけずにパティを返した。すぐ殺すつもりなら返事なんて書く必要もない。私たちは今頃すでに死んでいる。でも話し合いたいと言うことはやましいことがあるのか、私が言う証拠に興味がある」

「ですが…!」

「幸い会合場所はこちらで決めていいと書いてある。ここ以外で今でもうちのファミリーの息が掛かった場所はない? 人目が少ない方が良い。人が多いと相手の刺客が紛れる可能性もある。そうね…どこか小さいレストランとか」

「あります…テネブラの海鮮レストランは灯台近くで周りに建物が少ないです。建設に当たって近隣の住人と揉めたときの仲裁をしました」

「仲裁? どんな?」

「………それは…ただの仲裁です」

 何か含みがあった。また後ろ暗い事なのだろう。だがそれは好都合だ。こちらが切れるカードがあるならそれに越した事はない。枷があれば裏切られる事もないだろう。

「まぁいいか。そこにしよう」

「リリィ様、本気ですか? 手紙には一人でと書いてあります。どんな危険が待っているか」

「一人で行かなきゃ会ってすらくれない可能性がある。情報を得るためにはこれしかない。わかるでしょう? ローゼ」

「リリィ様………わかりました。ただ」

「何?」

「保険を用意します」




○保険達



「今日もいい天気ですねぇ。海も綺麗」

 灯台に程近い小さな海鮮レストラン「ダンサ・ビ・ペーシェ」の入り口では、ティナが掃き掃除をしている。

「テレーザさん! 風が強くて掃き掃除なんて意味ないから! 中手伝ってよ!」

「あらあら」

 アリスとティナはウェイトレス姿だった。ローゼに言われ昨日からここで働き始めた。

「一気に二人雇うことになるなんて…ローゼさんも無茶を言ってくれる…」

カウンターでぼやいているのは店主のテネブラだ。

「マスター、少しの我慢です。雇われているからには私たちもちゃんと働きますから」

 アリスはテーブルを拭きながらそうテネブラに言った。

「それに、…あのこと…ばらされたくはないですよね?」

 店の中に入ってきたティナは柔和な笑みでそう言う。ファミリーに頼った経緯や結果をティナはローゼから知らされているようだ。

「わかっていますとも! それに脅されたりしなくたってドン・リナルディにはお世話になってたんだ。男テネブラ、協力しますとも。ええ。喜んで!」

「それは良かったわ。でもその名を簡単に口に出すのはあまりよろしくないかと…」

 ティナの眼光がテネブラを鋭く刺した。

「…すいません。………アリスさん、ティナさんておっかないね」

「そう? 余計なことを言わなければいいだけよ。それにマスター言ったでしょ? 私のことはアリーナ、ティナさんの事はテレーザって呼んでくれないと。向こう方にバレたらどうなるか…。私たちだけじゃなくマスターだって危険なんですよ」

「はい…すいませんでした。アリーナさん。………これじゃどっちが店主だか分からん…」

「何か?」

「いえいえ、なんでもありません。アリーナとテレーザ。わかりましたとも。二人とも一年前から、住み込みで働いている。そういう設定ですよね」

「はい。それでお願いします。念のため、過去一年分の給与明細やシフト表も作っておいてくださいね」

 ティナは事もなげに言う。

「はぁ…そんな…」

テネブラ頭を抱える。



「アリスとティナをレストランに?!」

「はい。万が一の為の保険です。店に協力者がいれば逃げる時も安心かと」

 マリオッティのパン屋の二階、ここ数日間はここに篭りっきりだった。窓から外の様子を伺いながらローゼは言った。

「それは良いけど…アリスとティナ、無事だったんだ…良かった。なぜ言ってくれなかったの?」

「それは…色々あったので報告を失念していました。…すいません。事件の翌日、騒ぎを聞いて急いで自宅から屋敷に向かいました。そこで警察から事情聴取を受けている二人を見かけ、その後、屋敷で何があったのか聞きました。状況が分からないので二人にも当分は隠れているように指示を出していたんです」

「そうだったんだ。…でも本当に良かった」

 久々の嬉しいニュースだ。新聞には構成員としか書かれていなかったため、使用人という二人の立場上そこに含まれるのかは謎だった。続報を読んでも最早被害者の事は書かれておらず、推測の域を出ない胡散臭い記事ばかりだった。

「二人はなんだって?」

「リリィ様がご存命なのを大変喜んでいらっしゃいました。リリィ様の為なら協力するとも」

「そう、二人に危険はないかな?」

 ローゼは外を見るのをやめて、椅子に座る。

「…ないと言ったら嘘になります。ただ、リリィ様はリリィ様の身の安全を一番に考えてください。二人もそれを望んでいるはず」

「…大事な誰かが傷つくのはもう見たくない」

「リリィ様…お気持ちはわかります。ただ、リリィ様がなさろうとしていることは、誰かを傷付けざるを得ません。それは敵であっても、味方であることもあるでしょう」

 ローゼは私を真っ直ぐに見つめた。そこからはとても強い意志を感じた。

「その覚悟がないのであれば、こんなこと今すぐやめるべきです。どこか遠くへ逃げましょう。それでも私は構いません」

ローゼはテーブルの上の私の手に手を重ね、笑った。

「私はずっとお供いたしますよ」

あの綺麗な笑顔だった。

「あ! 私も私も!」

「オレも!」

「わたしもよ!」

横で静かに話を聞いていたパティが慌てて身を乗り出し、ローゼと私の手の上にリッキーとマチルダを重ねる。

「ありがとう…みんな…」

信じられる仲間を持って幸せだと感じた。だが、状況は何も変わってはいない。

父と母を殺した者を探し出し、殺す。怒りは今でもすぐ手元にあった。

こんな仲間達を危険に晒す覚悟を私は本当に持っているのだろうか? そんな責任を私は背負えるのだろうか?

責任。その言葉の重みを私はこの時初めて実感した。父は言った、それが何より重要だと。

私一人の決断で皆の未来が決まる。それは大変な重圧だ。

(こういう事だったんだね。父さん…)

私は心の中でそう呟いた。父を想い、母を想った。

改めて思い出す。覚悟はとうに出来ていたはずだ。全てを失ったあの日に。

「ごめん。みんな。私は逃げない」

 ローゼは今度は困ったように笑った。

「…やはり、リベルト様に似ていらっしゃる」

 その笑顔は寂しそうでもあれば、少し嬉しそうでもあった。

「わかりました。行動に移しましょう」




○意外な訪問者



私が立っていたのは刑務所の高い壁の前。数日前に父の頭部が置かれていたその場所である。そこには献花台が設置されていて、多くの花束や供物が置かれていた。父の写真も飾られていた。父の顔を見るのは随分久しぶりのように感じた。あの日、寝室から出る父の顔が今でも目に焼き付いている。写真とそれが重なる。

「もっと良い写真があったはず…」

 私は一人呟く。しばらくそれらを眺めていた。

「リリィ、久しぶり。少し痩せたかな? 無理もない。でもやっぱり君は美しいね」

 顔は見なくても誰だかすぐ分かる。軽率な言葉、癇に障る声。そう。カルロ・ファルコーネである。

「お久しぶりです、カルロ様」

「まぁ久しぶりってほどでもないんだけどね。色々あったからそう感じるのかな。はは」

「…そうかもしれませんね」

 カルロは辺りを見回す。

「どこでも良いとは書いたけど、何もこんな所じゃなくても良いんじゃない? 君も辛いだろう?」

「いえ、お気遣いは結構。場所を変えますので」

「ははは、用心深いね。そんなに心配しなくても取って食ったりしないのに。どうやって移動するのさ」

「待っていればわかります」

「…あっそ」

 ここは人通りも車通りもとても少ない。かなりの間待った。やっとタクシーが来て、手を挙げる。

「わざわざこんなことしなくたって、尾行なんてつけてないのに…」

 これにはカルロも少し頭にきたようだ。だが、そんなことは知ったこっちゃない。カルロはそう言うが、証拠はないし、事前にタクシーを呼んでおいたら、運転手を自分の手の者に変えたり、車に細工をする可能性もある。用心のためだ。

「大変お待たせして申し訳ありません。さぁどうぞ」

「はいはい」

 カルロは奥の席に乗り込む。

「運転手さん、街の方へ。細かいところはその時に」

「はい」

 そこからは、街をぐるぐる回ってもらった。小さな小道を抜け、大通りに出ては、また路地裏に入る。いるかは分からないが尾行を巻く為だ。運転手は訝しげな表情を浮かべながらも指示に従ってくれた。あまりにも時間をかけるので、カルロは眠り込んでしまった。

 この男はつくづく癪に障る…

「ダンサ・ビ・ペーシェ」に着く頃には日が落ちて夕方になっていた。運転手に膨れ上がった乗車賃をきっちり払うと大変疲れた様子だった。カルロを起こし、車から出る。

「はぁあ、やっと着いた? なんだ。灯台のところのレストランじゃないか。本当用心深いんだね。ははは。感心しちゃうよ」

「すみませんね…お待たせして」

「まぁいいさ。入ろうか」

カラン

 ドアを開ける。

「いらっしゃいませー」

 アリスとティナだ。二人の姿を久しぶりに見て少し目が潤んだが我慢した。しかし、こんな狭いレストランにウェイトレス二人は流石に怪しまれないか? 恐る恐るカルロを見るが、気にしている様子はなく、アクビをしている。だめだ。平静を装わなければ…

「二人です」

「お好きな席にどうぞ」

 客は私たちの他に男が二人いた。食事をしながら談笑している。

 私たちは一番奥のテーブル席に向かい合うように座る。カルロが奥の席に座った。

「ご注文は?」

 ティナが水を二つテーブルに置く。メモ片手に聞いてくる。アリスの姿は見えない。奥で洗い物でもしているのだろう。

「僕はこの特製海鮮パスタを」

 この男はどこまでも………イライラするが深呼吸して心を落ち着かせる。

「私は紅茶を」

「かしこまりましたー。マスター、特製一つと紅茶です」

「はいよー」

 私は緊張しながらも切り出す。

「それで…」

「いや、今は腹が減ってる。話は後で!」

 ここまでくるとこの男の戦略なのかとすら思えてくる。相手を苛立たせ、話を有利に進める。

 どこまでこの男の考えか分からないが、そう簡単に策に乗ってやるものか。

「いえ、時間が惜しい。話を始めましょう」

「…まぁ構わないけど」

 カルロは心底つまらなさそうな顔で言う。

「まず言っておきたいのは別に僕らは君を殺そうなんて考えてないよ」

「それは、はい、そうかもしれません。でもそれを示せる証拠を出すことはできないでしょう?」

「まぁそれもそうなんだけど。殺すつもりならとっくに殺してるとは思わないかい?」

 カルロは頭をぽりぽりと掻いている。

「それは私たちの持っている証拠を開示されたら困るということでは?」

「ははは、そうくるか」

 カルロはグラスを手にして水を飲む。

「そう、証拠だ。君が持ってる証拠ってのはなんなんだい?」

「それを言うことは出来ません」

「ははは、話が進まないなぁ」

 カルロは軽率に笑う。

「僕らはやっていないと言っているんだよ?」

「…私はあなた方がやったという証拠を持っています」

 一歩も引いてはいけない。証拠が無いと気取られることは何としても避けなければ。そして少しでも情報を引き出さなければ…

「本当に話が進まないな…」

 カルロはまた頭を掻きながらうわ言のように言った。

「僕らは考えた。君たちは証拠なんて持っていないんじゃないか?」

カルロの図星の言葉で手に汗が滲んでくる。

「じゃあなぜこんなことを言い出してきたのか。ブラフだろ? ハッタリだ。カマをかけて情報が欲しいだけなんだろ? ははは。僕らはマフィアだ。あんまり舐めたことはしないほうがいい」

 相手に手のうちがバレている…考えが甘かったか…だが、今更引き返すことは到底できない。

「…証拠は…あります」

「だからそれはなんなんだと聞いている!」

 タン! と、グラスをテーブルにたたき置く。

 いや…これは…。口ではハッタリだと言っているが、実際は証拠がなんなのか気になっている。この男は軽率だ。逆に怒らせれば吐くかもしれない。私は方針を変えることにした。

「それは私たちの生命線です。簡単に教えることは出来ないなんて分かりきっていることでしょう? 私はあなた方に謝って欲しいだけ」

 手紙にもそう書いたが、もちろん嘘だ。

「話にならん! じゃあ何か? 君はここにただ謝罪を求めにきたと言うのか? 僕がドン・リナルディを殺しました。申し訳ございませんでしたぁ。って?」

「そうです。事実を認め謝ってください」

「ふざけるな!!」

 もう少しだ、もう少しでこの男から確信を引き出せる気がする…

「もちろん答えはノーだ。なぜなら僕はやっていないんだから!」

 一人称が「僕ら」から「僕」に変わったのを私は聞き逃さなかった。

「僕がここにきたのは、君の勘違いで間違った証拠を広められ、ウチの評判を落とされるのは困るからだ。君はウチに喧嘩を売ったんだ。普通は生きてはいられない。けど、その間違った証拠をこちらに渡せば君は生きていられる。僕の慈悲でだ! 感謝して欲しいくらいだ!」

 カルロは身振り手振りが大袈裟になっている。

「カルロ様はなぜそんなにも証拠が欲しいのですか? やっていないのならそんなものいらないじゃないですか」

「何度も言わせるな!! 君が間違っているから、君を間違いで殺させてしまうのは忍びないからだ! 僕は君を気に入っているんだよ? 前にも言ったろ? 君が死ぬところを見たくはない。これがこちら側の優しさだとなんで分からない! バカなのか君は!」

カルロはそう言ったが、この焦り様、証拠に対する執着。やはりこの男は軽率だ。私は内心確信し始めていた。やったのはこの男だと。

急に緊張が冷めていくのが自分でも分かった。その中で確信に手を伸ばす。

「カルロ…やはり父さんをころ」

カラン

ドアの開く音が聞こえる。顔をあげたカルロが言う。

「っち! やっときたか! この分からず屋になんとか言ってくれ」

なんだ?! 誰がきたというんだ!?

振り返るとディエゴ叔父さんの姿がそこにあった。



読んで頂けただけで幸いです。

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