何度生まれ変わっても①
1話です。
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そびえたつ大樹の、頂上付近。
大きく伸びた枝先に作られた展望台から、地平を眺める。
自由に出歩けるようになってからずっと、お気に入りの場所だ。
気持ちのいい風を浴びながら、まどろむ。
転生してからしばらくは、朦朧とした意識の中で過ごした。
ほとんどの時間を睡眠に費やし、わずかな時間だけ目覚める。そんな生活だった。
生まれたての赤ん坊とは、こんなに眠いものなのかと驚いたものだ。
わずかな覚醒の間に得られた情報は、自分が暗い部屋にいるということ。
隣には、もう一人赤ん坊がいるということ。
そして、俺のお世話をしてくれる女性が、えらく無口だということだけだった。
早いうちに、どうやら普通ではない家庭に転生したのだと気づいた。
部屋は一日中薄暗いし、与えられる食事はゼリー状の物体のみ。
世話をしに来る女性は、俺たちに言葉をかけもしない。
どこかの実験施設に捕らわれているのか、とか。
隠し子で人目を避けて育てられているのか、とか。
いろいろな可能性を考えた。
しかし、眠って食べての生活で、特に実害があるわけではない。
隣の赤ん坊の夜泣きが激しく、たまに安眠を妨害されるくらいだ。
まあ、起きていられる時間が増えるわけだから、許してやろう。
そんな風にして年月が経ち、俺は自由に歩けるようになり、部屋の外に出たのだ。
「ブライ! やっぱり、ここにいた」
「ん、ウエンディか」
背後からの声に、まどろみから引き戻される。
声をかけてきたのは、美しい金髪の少女だった。
名前はウエンディ。
暫定、俺の妹だった。
そして、ブライというが、この世界での俺の名前だ。
「またマザーの授業をさぼって。すっごく怒ってたんだからね」
「あー、ごめんごめん」
腰に手を当て、ぷりぷりと怒ってくる。
「今日は、だいじな歴史の話だったんだからね」
「へえーどんなのだ」
「えっとねー、2000年くらい前にね……って、またわたしが教えてる!」
ウェンディはいつも授業をさぼった俺を見つけては、なんやかんや授業の内容を一から教えてくれる。
それで十分知りたいことが知れるから、俺は授業をさぼっているのだ。
「頼むよ。ウェンディの説明の方がわかりやすいんだよ」
「えへへ、ほんと?」
はにかみながら、隣に座ってくる。
思わず、その横顔に見惚れる。
白い肌に美しいブルーの瞳。
少しとんがった耳。
幼いながらも、既に大人顔負けの美しさを発揮している。
赤ん坊のころ、隣で過ごしたのが彼女だ。
あれだけ泣いていた赤ん坊が、立派に育ったものだ。
「……どうしたの?」
「いや、綺麗だなと思ってさ」
「えっ」
俺は、真っすぐに瞳を見つめながら、顔を近づけていく。
みるみる顔が赤くなっていく。
「わわわ」
もう少しで触れ合うというところで、顔を止める。
「ほら、すごく綺麗だ。ウェンディの瞳……に映る、俺」
二ッと笑ってみせる。
「……もう!」
意味を理解して、ぽかぽかと叩いてくる。
「もう、すぐ、そういう、いじわるする!」
「ははは。ごめんって」
ウエンディの反応が面白いから、ついからかってしまう。
しかし、俺が綺麗というのは、あながち冗談でもなかった。
転生した俺は、ウエンディと遜色ない容姿をしている。
ハリウッド子役顔負けの美少年だ。
「それで、どんな歴史の話だったんだ?」
「うん。えっとね、わたしたちエルフが生まれる前の話でー」
そう。
外に出て知った事実。
俺はエルフに転生していた。
女神の話では、俺は結婚式の存在しない世界に転生したはずだ。
そして、年代は、俺が生きていた時代と変わらない設定だったはずだ。
しかし、蓋を開けてみれば、コンクリートのかけらもない広大な自然の中に、ビルほど大きい樹。
そこに住まうのは、ファンタジーの世界そのままのエルフたち。
こんなオーダーはしていないはずなんだがな。
いったい、どんな発注をすれば、結婚式の存在しない世界がファンタジーの世界になるんだ?
文句を言おうと、夜眠る前、女神とコンタクトをとろうと試ているが、うまくいったことはなかった。
「……ねえ、きいてるの?」
「ん? ああ、ごめん聞いてなかった」
いかんいかん。ウエンディの授業の途中だった。
「えっと、エルフがなんだって?」
「だから、エルフが生まれる前には、別の種族が地上を支配していたんだって」
「うんうん」
「もう、すっごい魔法の力をもってたんだって!」
「魔法、ね」
そう、当然のように、この世界には魔法の文化が根付いていた。
まあ、エルフがいて魔法がない方が不自然だもんな。
「すごい魔法って、エルフよりもか?」
エルフの魔法は、主に自然を操る力だ。
木々を育てたり、水を操ったり、自由に雨を降らしているのも見たことがある。
「うん。もう失われちゃった魔法でー、世界でもっとも強力な魔法なんだって」
「へえー」
そんな風にして、日が暮れるまで過ごした。
これまでに聞いた話でわかっているのは、どうやら既に人類は滅んでしまっているということだった。
どういうわけか、この世界では人間は最も強い魔法を持った種族として、伝承に残っているらしい。
あまりに強い力を持った故、神の怒りを買って滅んだそうだ。
どうなってんだよ女神さん……。
ウエンディとともに部屋に戻ると、マザーがいた。
「げっ」
マザーは、赤ん坊のころから俺とウエンディの面倒を見てくれている女性だ。
見た目はウエンディがそのまま成長したような、ザ・エルフといった感じだ。
マザーと呼んではいるが、生物学的な母親ではない。
エルフの生態として、男女で子をなすということをしないらしい。
エルフが死ぬとき、大樹に身を捧げると、新たな命として芽吹くというのだ。
一度、生まれたばかりのエルフを見たことがあるが、さしづめ竹に埋まるかぐや姫のようだった。
新しく生まれたエルフには、死んだエルフの特徴が引き継がれるそうだ。
記憶を継承することもあるらしい。
つまり、エルフは誰もがエルフからエルフへの転生をしているということだ。
新しく生まれたエルフは、成長したエルフが協力して面倒を見る風習らしい。
「ただいま!」
「あー、ただいま」
「……」
マザーは無言のまま俺に、ずいっと迫ってくると。ぺたぺたと身体を触ってきた。
「ちょっと、あぷ」
胴体から顔へ、そして耳へと手が伸びると、ぐいぐいと引っ張ってくる。
少し、痛い。
それで満足したのか、マザーは部屋を出ていった。
「……はあ」
何も珍しいことじゃない。
毎日のことだった。
赤ん坊のころから、俺はマザーの声を聞いたことがなかった。