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プロローグ 人生最悪の一日

初投稿です。

楽しめていただけたら幸いです。

 結婚式。それは、一生に一度の晴れ舞台。人生最良の日。

 美しいチャペルに純白のドレス。幸せそうな笑顔を浮かべる新郎新婦。

 一般的なイメージは、だいたいこんなものだろう。

 まあ、祝儀を渡すのが嫌だったり、親しくないやつの式は退屈だったりと、ネガティブな部分もあるかもしれないが、大抵はポジティブな意見を持つはずだ。

 俺も、自分自身が式を挙げるまでは、そうだった。

 それが、いざ挙式をしてどう変わったか。

 結論から言おう。結婚式なんてクソくらえだ。

 人生最良の日だなんて、まったくとんでもない。

 俺にとっては、人生最悪の日となった。


 白い光の中で、目が覚めた。

 辺りを見渡そうとして、体の感覚がないことに気づく。

 ただ、心地よい感覚だけが、まっ白な空間に浮かんでいた。


「目覚めましたか」


 声が聞こえてくる。

 

「私は女神です。ここは、まあ天国のようなものです」

 

 女神?

 それに、天国だって?

 それじゃあ、俺は死んだのか。


「どうやら、記憶に障害があるようですね。思い出しなさい、あなたの人生を」

 

 女神の声が響くと同時に、記憶の奔流が駆け巡った。 

 

 なんとも冴えない人生を送ってきた。

 ケチの始まりは、両親の離婚だ。度重なる衝突、言い争い、双方の不倫の末の離婚だった。

 押し付け合いの結果、母に付いていくことになった俺は、早い段階から労働に身を費やすことになる。

 生活を支えるため、だけではなかった。母は離婚の決定打となった不倫相手からの訴えで、多額の慰謝料を支払わなければならなかったのだ。

 義務教育を終えてからは、昼夜問わず働くことになった。学業との両立など、できるわけもなかった。

 そして、長い年月が経ち、慰謝料の支払いを終えたころ、母は死んだ。

 俺は、やっと自由になったと思った。

 初めて生活に余裕ができたとき、世間ではおじさんと呼ばれる年齢になっていた。

 親しい友人はいなかった。まして、恋人なんてできたことがなかった。

 自由になった俺は、天涯孤独でしかなかった。


「しくしく」


 回想の途中で女神が割り込んでくる。

 まさか、泣いているのか。


「あまりにも悲しい生涯で。不憫です」


 どうだろう。現代社会には、ありふれているように思う。

 何の文句のない家庭環境のやつの方が、珍しいだろう。

 そりゃ、少年時代には、いろいろと思うところはあったが。

 大人になってみれば、なんてことない。不幸自慢にもならないくらい、よくある話だと受け止めていた。

 さて、回想に戻ろう。


 考えた末、俺はマッチングアプリを使うことにした。

 現代社会の愛の錬金術だ。

 時間とお金の無駄だという意見も多く聞いた。

 しかし、幸か不幸か。俺には時間と金だけはあったのだ。

 そして、出会った。

 ミアちゃん20歳。

 まさに、奇跡の娘だった。

 マッチングしてから、初めてのデートまでとんとん拍子に進んだ。

 デートの経験どころか、まともに異性と話したこともない俺にとって、ミアちゃんは理想を具現化したような女の子だった。

 明るくて笑顔が素敵な子。退屈であろう俺の話を、楽しそうに聞いてくれた。

 どんなぐたぐたなデートにも、文句の一つも言わず、自然体で楽しんでくれた。

 がちがちの俺を気遣って、笑顔を引き出してくれた。

 いつしか、俺は心の底から彼女に惚れこんでいった。

 付き合ってほしいと想いを伝えると、ミアちゃんは言った。


「あたしねえ、結婚式が挙げるのが夢なんだあ。だからね、チューは結婚式がはじめてがいいの」

「きれいなチャペルでー、白いドレスを着てー」

「あ、はじめてのエッチも結婚式の夜にするの」


 それでよかったら、とミアちゃんは言った。

 結婚まで真剣に考えてくれている、なんていい娘なんだと、このときの俺は思った。


 それから、ますます馬車馬のように働いた。

 もちろん、結婚資金のためだ。

 代わりに結婚式の準備は、すべてやってくれた。

 特別要望があるわけでなかったし、ただただありがたかった。

 ただひとつ。結婚式に呼べる人がいないことが、申し訳なかった。

 しかし、そんな俺にも「いいよ。二人だけで挙げよ」と、やさしい言葉をかけてくれたのだ。

 

「ぱちぱちぱちぱち」


 回想の途中だが、女神が拍手で割り込んでくる。


「あまりにもおめでたくて。良かったです」


 それは、皮肉だろうか。

 

「やはり愛さえあれば、人生のすべてが報われるものですね」


 まあ、そうかもしれん。

 このときの俺も似たようなことを思っていたはずだ。

 過去も未来も、全てが幸せな色で塗り替えられていくような、万能感があった。

 冷静に考えれば、現実はそんなに甘くないと気付いたはずなのに。

 回想再開。


 そして、全てのケチの集大成。いよいよ結婚式当日を迎えた。

 ウエディングドレス姿の彼女は最高にきれいだった。

 だれもが頭に思い浮かべるようなチャペルで、片言外人の神父と三人だけの式。

 それでも俺は、幸せを感じていた。

 いまこの瞬間を辞書の「幸せ」の欄に載せるべきだとか、そんなことも思った。

 式はつつがなく進み、誓いのキスをするため、ベールを挙げたその時だった。


「ちょっと待った!」と、乱入してきた男がいたのだ。

 俺は、よくできたサプライズだなとか。ドラマの撮影か、とか。

 あまりの出来事に、脳が追いつかなかった。

 それからの出来事はダイジェストだ。

 なにやら叫びながら、こちらに来る男。固まっている神父と俺。

 男の手を取るミアちゃん。

 そして、ミアちゃんは消えた。

 チャペルを出ていくまで、一度もこちらを振り返らなかったと記憶している。


 しーん。

 回想がひと区切りしたのに、女神が入ってこない。

 せめて、何かコメントしてほしい。


「あまりにもアレな展開で……」


 まあ、そりゃそうだろう。当事者である俺も、いまだに受け入れられていないのだから。

 結婚式中の新婦を連れ去るというのは、映画やドラマで聞いたことがあった。

 しかし、それが自分の身に起こると、誰が想像できただろうか。

 しかも、取り残されるサイドで。


「いったい、彼女は何がしたかったのでしょう」


 さあね。わかるもんか。

 わかったのは事前に彼女から聞いていた金額より、実際の結婚式の費用がだいぶ安かったということだ。

 式場とのやり取りも全て任せていたからな。

 相場も何も考えずに、言われた通りの金額を渡していたのだ。 


「その後、彼女に連絡は?」


 もちろん連絡はしたが、反応は無し。

 そして、俺ははじめて、彼女の住所も電話番号も交友関係も何も知らないことに気づいたのだ。


「え⁈ そんなことありますか? 結婚する相手だというのに」


 連絡は全部アプリでやってたし、デートのときは外で会うだけだし。

 入籍も親への挨拶も、全部式の後にする予定だったからな。


「それは、そのう、怪しすぎるような」


 言われなくても、わかってるさ。

 ただ、初めての恋の情熱と俺の世間知らずさが、全てのセンサーを鈍らせていたのだ。


「それにしても、もちろん彼女が悪いとは思いますが。彼女と、その男ですか」


 もともと決まってたんだろうなあ。たぶん。式の途中に、連れ去りに来ることが。

 

「どういうことですか?」


 入ってきた男がさ。顔は思い出せんが、来ていたタキシードが、彼女のドレスとデザインが一緒だったんだよ。ああいうのもペアルックっていうのかね。バチバチにお似合いだった。


「ほほう。なるほど」


 記憶力と観察力だけが取り柄でね。

 それも、恋に浮かれて鈍り切っていたわけだが。

 つまり、俺はミアちゃんの考える理想の結婚式の、憐れな引き立て役に選ばれたのだろう。

 ついでに、お金も頂いてという計画だったのだろうか。

 新しい男との結婚資金にあてるのかもしれない。

 そう思いたくはないが、たぶん、きっとそうに違いない。

 

「しくしくしくしく」


 また泣かせてしまった。


「だって、あまりに不憫で。うえんうえんうえん」


 号泣だった。

 こっちまで泣きたくなってきた。

 肉体があったら泣いてしまっていただろう。

 しかし、まだ回想は途中のはずだ。

 結婚式の最中に新婦に逃げられるのは、死にたいくらいの出来事ではあるだろうが。

 俺はまだ死んでいない。


「ぐすん。そうでした。それでは、今度は最後まで回想をどうぞ」


 VTRみたいに振るな。


 人生最悪の一日からしばらくは、再起不能だった。

 無断欠勤を続けたため、仕事はクビになった。

 結婚資金のために貯金のほとんどを渡してしまっていたため、すぐに金がなくなった。

 俺は、コンビニのアルバイトを始めた。

 生きるためには、止まってはいられないのだ。

 労働に集中さえしていれば気がまぎれるから、ちょうどよくはあった。

 いつかの自分のように、無心で働いた。

 そして、とうとうその日の夜。

 ひとりのお客さんが、商品をレジにおいてきた。 

 それは、結婚情報雑誌だった。

 思わず固まってしまう。結婚式というものに対して、トラウマが刻まれていたのだ。


「あの、大丈夫ですか」


 どれくらい固まっていたのか、お客さんが声をかけてきた。

 声の感じは、若い女性だった。

 しかし、顔を見ることはできない。若い女性に対しても、トラウマが刻まれていたためだ。


「わ、どうしたんですか」


 気づいたらば、頬に涙が伝っていた。溜まりに溜まっていた何かが、結婚情報雑誌を見た拍子にあふれ出てしまったのだ。

 結婚式の準備を手伝っていればよかったのかな、とか。

 分厚い雑誌だなこれで殴られたら命にかかわりそうだ、とか。

 彼女はいまごろハネムーンにでも行ってるのかな、とか。

 様々なことが頭をよぎった。


「あのー、店員さん?」


 再び声をかけられ、現実に戻った。その拍子に、女性の顔を見てしまう。

 想像通り若い女性だった。そして、想像以上に心配そうな表情でこちらを見ていた。

 まったく、情けない。何をやっているんだ俺は。

 俺はすみませんと謝り、店員としての責務を再開した。

 商品を読み取り、震える声で金額を伝えた。


「はい、じゃあこれと、あと小銭あります」


 女性はポケットをごそごそと探る。

 その拍子に、何枚か小銭が落ちる。


「わ、ごめんなさい」


 慌てた様子で拾う。そそっかしい人だ。


「……はい、これでちょうど」


 拾った小銭を差し出してくる。

 受け取って、レシートを返す。

 そして、ありがとうございましたーと頭を下げる。

 ふう。危なかった。まさか、コンビニバイト中に地雷を踏むとはな。気を付けなければ。

 そんなことを考えながら頭を上げると、どういうわけか女性はまだそこにいた。


「……どうかされましたか」


 こちらから声をかける。

 すると、女性は逡巡するそぶりの後、


「これよかったら」


 と何かを差し出してきた。

 反射的に受け取る。


「よかったら使ってください。お仕事頑張ってくださいね」


 それじゃ、と今度こそ女性は立ち去って行った。

 その背を見送った後、手渡されたものを見る。

 おしりふきシートだった。

 これは高度な皮肉だろうか。レジ中に泣き出した俺の顔はケツの穴だと、そう言いたいのだろうか。

 いや、違うか。

 たぶん、単純にポケットティッシュと間違えたのだろう。

 どうにも、そそっかしそうな人だった。

 素直にやさしさと受け取ろう。

 世の中、悪い人ばかりじゃないかもな。そんな風に思い、仕事に戻ろうとして気付いた。


「商品置いていってるじゃん……」


 そそっかしい人、確定。


 店の外に出る。

 どっちに行っただろう。髪が長い女性だったか。

 暗い夜道の先に、人影を見つける。

 追いつける距離だ。

 普通商品を置いて行ったら引き返してくるだろう、とか。

 結婚情報雑誌は分厚いだけでなくて重いもんだな、とか。

 なんでおしりふきシートを持ってるんだ、とか。

 いろいろなことを考えながら、走る。

 

「お客様!」


 追いつき、声をかける。


 ここからはスローモーションだ。

 振り向いた顔が、驚いたような表情を作る。

 こちらに駆け寄ってくる。

 長い髪が揺れる。

 響くクラクション。

 危ないと叫んだのは、誰の声か。

 彼女は足を止める。

 まぶしい光が彼女を照らす。

 俺は。彼女に向かい駆け出す。腕を伸ばす。

 伸ばした腕が彼女を突き飛ばす。

 そして、トラックが。

 悲鳴。クラクション。まぶしい光。暗転。


「はい、これで回想は終わりです。お疲れさまでした」


 女神の声で現実に戻る。

 そうか、それじゃあ俺はトラックにひかれたのか。

 なんてことだ。

 いや、結婚式の最中に新婦を連れ去られ男には、ふさわしい死に方かもしれない。

 どちらも創作にありふれているという点で。

 しかし、これも自分の身に降りかかるとは思わなかったがな。

 

「あのう、非常に言いづらいんですが……」


 ん、なんだ。


「あなたはトラックにひかれていません」


 ……なんだって?

 ああ。もしかしてトラックじゃなくてバスかなんかだったか。


「いえ、車種の問題ではなく」


 じゃあなんだ。


「あなたはトラックを間一髪で避けています。女性もあなたに突き飛ばされたことで、無事です」


 なにい?

 それは、まあ、よかった。うん。

 そうすると俺は、漫画のように華麗に人助けをしてしまったということか。

 ちょっとテンション上がるな。いざってときに自分の体が動くとはな。

 うん、よかった。

 いや、待て。

 それじゃあどうして、俺はここにいるんだ?


「トラックを避けたはずみで、あなたが手に持っていた雑誌が吹き飛んだんです」


 ほう。それで?


「高く宙に舞った雑誌は、くるくると回転しながら落下しました」


 うん。


「そのまま、あなたの後頭部に……」


 うん?


「ごつん、と」


 なんだって?


「だから、ごつん、と」


 まさか。


「はい。あなたの死因は結婚情報雑誌による撲殺、いえ撲死です」


 嘘だろ。


「マジです」


 なん、だと。

 いや、待ってくれ。確かに、分厚くて鈍器のようだなとか思っていたが。

 それが、頭に当たって死んだだって?

 本当に?


「ごめんなさい」


 なぜ、あんたが謝る。


「あなたの人生は、これから好転していくはずだったんです。それが私の管轄で、不幸な死を……」


 あんたの管轄ってどういうことだ。

 交通安全の女神かなんかなのか。


「いえ、私がつかさどっているのは、結婚、契約、そして愛です」


 愛?


「むしろ結婚の方かと。今風にいうならウエディングの女神といったところでしょうか」


 ほー。ウエディングの女神ねえ。聞いたことはないが。

 いや、たしかギリシャ神話の女神がジューンブライドの由来だとかなんとか、あったっけ。


「はい。このまま死なせてしまっては、ウエディングの女神の名折れです。人間を幸せに導くのが私の仕事なのに。罪悪感がすごいのです」


 まあ、そうか?

 確かに、回想してみると、どうにも結婚というものにいいイメージを持てない人生ではある。


「なので、おわびとしてあなたに転生の権利をあげることに決まったのです」


 なに!

 転生だって?

 

「はい。あなたの望む世界に転生できますよ」


 いや、正直な話。このまっ白な空間で女神の声が聞こえた時点で、期待してはいたのだ。

 これ、転生の流れじゃね? と。

 

「さあ、どんな世界を望みますか? もちろんどんな世界でもあなたにはチート級の能力が与えられます」


 ふむ。

 一瞬だけ、ミアちゃんと新婦連れ去り男への復讐がよぎる。

 たとえば、連れ去り男と立場が逆になるような世界はどうだろうか。

 想像してみる。確かに少しは気が晴れるかもしれない。

 しかし、どうだろう。

 いまさらミアちゃんとどうにかなれたところで、以前のように幸せな気持ちにはなれないように思う。

 女性への憧れだとか理想は、既に失われてしまったのだ。

 いっそのこと、女性がいない世界に行こうか。

 いや、別に男の方がいいというわけでもない。性別にかかわらず人間不信だ。

 いっそ人間がいない世界はどうだろう。

 いや待て、たとえば動物になっても、うまくやれる自信がない。

 どんな社会でも失敗しそうだ。

 

 人生をやり直せたら。もっといい環境に生まれることが出来たら。

 そんな風に考えたことは、一度や二度ではない。

 しかし、いざ本当に転生できるとなると難しいものだ。


「どんな世界でも大丈夫ですよ。もといた世界で一から人生をやり直すのもいいでしょう。全く違う世界で新しい生き方をするのもいいでしょう。難しく考えることはありません。今度はどんな世界でも幸せになれるように調整しますから」


 ふむ。そうか。


「人気なのは剣と魔法の世界ですね。そこで富と名声を得て、ハーレム生活を望む男性が多いです」


 ああ。イメージあるな。

 しかし、富と名声があってもなあ。ハーレムなんて、裏切られる可能性が増えるだけだと思ってしまう。

 

「それか、もしも○○が存在しなかったらと仮定の世界を望む方もいますね。歴史をちょっといじるくらいの方が案外楽しめるそうです」


 なるほどな。もしも本能寺の変がなかったら、とかか。

 確かにぶっとんだファンタジーの世界よりも楽しめるかもしれない。


「車輪の発明がない世界に転生した方もいましたね。たしか、乗り物酔いに悩まされた末、交通事故で亡くなった方でした。自由に空を飛ぶ技術を開発した一族の御曹司に転生して、楽しそうにしていましたよ」


 そういうのもありなのか。

 改めて考える。自分の人生。考え直すと、腹が立つことが多かった。

 両親の離婚、貧乏生活、労働ばかりの日々、結婚式での裏切り。 

 たとえば労働という概念をなくす、とか。

 恋愛という概念をなくす、とか。

 いろいろな考えが頭を駆け巡る。


 そして、ひとつの結論を導き出した。


「決まったようですね」


 ああ……。


「それでは、あなたの希望をお聞かせください」


 俺は……結婚式という概念が存在しない世界に転生する!


「……いま、なんと?」


 さっき、言ってただろう。俺の人生、結婚やら結婚式やらによって歪んじまったって。

 結婚式という文化、結婚という制度、それさえなければ、両親が離婚することもないし、新婦を連れ去られることもないし、結婚情報雑誌が頭に当たって死ぬこともなくなる。


「たしかに、そうかもしれませんが……」


 だろう? それだけ俺の人生はマシになる。

 正直、どんな世界に行ってもあんまりうまくやれる自信がないんだ。

 ただ、一度目の人生の繰り返しにならなきゃそれでいい。


「あなたの考えはわかりました。結婚式というよりも、その根幹そのものということですね……。まったく私の存在全否定じゃないですか」


 あー、なんかすまん。


「いえ、あなたが望むならそうしましょう。それでは、もしも結婚式という概念が存在しない世界だったら、ということで。年代の設定は前世と同じでよろしいですか?」


 そうだな。現代社会じゃないと、どうにも適応できなそうだ。

 

「わかりました。では、心の準備はよろしいですか?」


 あ、もうなのか。


「はい。ちなみに、前世の記憶は保ったまま転生してもらいます」


 そうなのか。

 というか、俺はどんなところに転生するんだ?

 同じ親のもとにじゃ、ないよな?


「そうですね。たった一つの概念でも、歴史を改変する影響力は計り知れません。おそらくあなたが知っている人間は存在しないと考えた方がいいでしょう」


 そりゃ、そっか。

 まあ、肉親もいないしな。別にかまいはしない。

 ミアちゃんと連れ去り男との再会の可能性も、無い方がいいに決まってる。

 

「具体的な環境は、転生してからのお楽しみにしましょう」


 わかったよ。


「それでは、転生を開始します」


 ふぅ。緊張する。

 あー、ウエディングの女神さん。いろいろありがとうな。

 結婚式が存在しない世界を望みはしたが、あんたのことはちっとも恨んじゃいないから。


「ふふ。お気になさらず。あなたの人生が幸多いものになりますように。新しい門出を祝福します」


 そりゃどうも。


「それでは、結婚式という概念が存在しない世界を、どうぞお楽しみに」


 ふふふと女神の笑い声が遠ざかっていく。

 なんだか、含みがあったような。

 ま、いっか。


 まっ白な空間に、強い光が満ちていく。

 意識だけだった俺の存在が、光に飲み込まれていく。

 さあ、新しい人生の幕開けだ。

 そして、俺の意識は途切れた。


 どこからか、鐘の音が聞こえる。

 ぼんやりとした意識の狭間。まどろみの中にかすかに見える景色があった。

 それは、幻想的な光景だった。

 天を衝くほどの大樹に向け、空を飛ぶ黒い影が炎の矢を放つ。

 迎え撃つのは青い稲妻だ。

 稲妻に打たれた黒い影がこちらに落下してくる。

 地上に落ちたそれは、翼の生えた生き物のようで……

 そこで、視界が塞がれる。

 暗闇の中、地響きと荒い息遣いが聞こえる。

 遠くで鐘の音が聞こえる。

 意識が再び遠のいていく。


 次に目が覚めた時、俺はこの世界について知ることになる。

 結婚式という概念が存在しない世界での西暦20xx年。

 人類は滅亡していた。

 


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