乙女ゲームに召喚された?それとも……無力で憐れなヒロインを幼馴染は救えるのか?
ぱあっとあたりを埋め尽くす白い光と共に、私、美憂はこの世界から追い出された。某夢の国にあるいっきに落下するエレベーター型アトラクションのような浮遊感……とか、冷静に分析している場合じゃない~っ!
「きゃ~っ!たすけて~!」
これどういうこと?こういうファンタジーなイベントの時は、もっとふわふわ落ちていくものじゃないの?顔がすごいことになっているんじゃない?ドッキリとかなら、そろそろ大成功の札だしていいよ?
甲高い声を響かせながら、尚も下に下に落ちていく。そろそろ、息が切れてきたな。もう着いてもいいんじゃない?友人からも声高過ぎwwというお墨付きをもらっている声のせいで耳痛くなってきたんだけど。
……長くね?こういうアトラクションが苦手な幼馴染の祐樹だったら、きっと涙とか色々出ちゃいけないものが出てるよ。絶叫系大好きな私でよかったね!誰か分からない相手に向かってグッチョブサインを出してみる。
ドーンッ
人間が着地したとは思えない激しい衝突音を立ててたどり着いたのは……教会のような雰囲気のある場所。十字架と聖母様っぽい像が飾ってある。
あんな音を出したのに床には穴もあいてないし、どこも怪我してない。不思議。不思議と言えば、この場所もどこか違和感がある。教会なのに、黒い衣装に包んだ人が周りを囲んでいるし、さらに周りには黒い炎を灯す蝋燭。なんか邪信教とか言いだしそうな……。
「ようこそ、いらっしゃいました。聖女様。どうぞごゆっくり我等の世界をお楽しみください。」
そう言いながら男性が近づいてきた途端、瞼が重くなってきた。何?なんだか眠い。起きないと……なんだか危ない気がする。起きないと、起きないといけないのに……。
気が付けば、目を閉じて深い眠りに落ちてしまっていた。
◇◇◇
もう、7時よ!いつまで寝てるの!学校に間に合わなくなるわよ!
「う~ん。あと5分だけ……むにゃむにゃ。」
いつものようにお母さんの声が聞こえたような気がして、返事をする。あれっ?何言ってるの!って言いながら布団をはぎ取られない……。
覚醒してきた頭が眠る前のとんでも現象を語りだす。そうだった、なんか怪しい場所に落ちたんだ。ここは?あの怪しい人たちの住処?にしては、随分と雰囲気が違うような。真っ黒とは真逆の白を基準とした家具が並ぶ神聖な光差す部屋。
コンコンコン
ドアを叩く音に返事をすると、澄んだ青空のように美しい長い髪の男性、修道士の恰好をした人が入ってきた。どこかで見たことがあるような……。なんだろ、最近あった人?っていうよりは、画面の向こうの人、手の届かない人だったような。アイドルとか?こんなに整ってるんだもんきっとそうだよね。
「お加減はいかがですか、聖女様?」
聖女様。そういえば、眠りにつく前も言われていたような。
「おかげんは……いいです?」
「ふふっ。それはよかったです。」
日頃使わない言葉遣いに違和感がある。クスリと笑われてしまった。
「あ、あの聖女ってどういうことですか?」
「そのことも含めまして、ご説明させていただきます。改めまして、私は、教会で聖女様の護衛を任されている騎士の1人ソラと申します。よろしくお願い致します。」
「よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げる。
ソラって、日本人みたいな名前ね。海外の人のような顔つきなのに日本人の名前って、日本人と海外の人を両親に持つ人が近くにいなかった私には、違和感があるわね。
ん?ソラ、ソラ……。どこかで最近聞いたことがあるような。あっ……聖女無双とかちょっとふざけた名前の乙女ゲームだわ。名前は、何かのパクリっぽいけど、無料のアプリゲームなのにクオリティーが高いと多くの女性ファンを持っていた。課金貧乏になる乙女を多く生み出した問題作(誉め言葉)として社会現象にもなったくらいの逸材。
私も例に漏れず、バイトをしては推しを出そうと、必死に課金していた記憶がある。
ソラは最推しじゃないけど、安定した生活(ゲームの中で)と安らぎをくれるから、推しの攻略に疲れた時、通ってた記憶がある。リアルはボロボロでも、ゲームの中は充実してたな。
これは、乙女ゲームへの召喚なのでは?イエス!レッツ攻略!
◇◇◇
ことりと紅茶を置いて前を向けば、ニコニコとほほ笑む麗しい笑顔が迎えてくれる。
「どうしたの、美憂?」
そう問いかけてくれるのは、優と言う名の黒い髪の少年。
「何でもない。」
首を振って、特に用事はないと伝える。
あれから、ゲームのシナリオ通りにいくつかの難題をクリアしながら、最推しだった彼との中を深めていった。今は、ゲームの終盤。最後の大詰めである、魔王封印を行えば、本当の幸せが手に入る。
逆ハーレムも、王太子殿下との結婚も魅力的だったけど、やっぱり日本にいた時から好きだった彼を選んだ。幼馴染の彼によく似た容姿と、名前。そして、親しくなった人にだけ見せる笑顔。素直じゃないのに、人1倍寂しがり屋で……私がいなくなって、大丈夫だったかな祐樹。
小学生の時とは違って、中高と仲良くしている友達がいるみたいだったけど、学校への行き帰りは未だに一緒だったし、休みの日は、どっちかの家で遅くまでゲームしてたな。
年頃の男女が2人きりでずっと一緒にいるなんて信じられない!それで付き合ってないなんて嘘でしょ!ってあーちゃん達にはよく言われてたな。そんなん、私が信じられないよ。ゲームの最推しが祐樹に似てるんだよって言っても、バレンタインには毎年、本命チョコをあげても無反応なんだよ?信じられる?もう、ここまで来たら、意地だよね。好きって祐樹から言われるまで粘ってやる!なんて思っていたけど、こうなるなら、伝えておけばよかった。
好きって……。大好きだよって。
幸せだけど、こんなゲーム通りの展開なんて望んでない。こんなの本当の幸せじゃない。
ここ最近、頻繁に流れるようになってしまった涙がまた頬を伝う。最推しの優くんは、心配そうにハンカチで拭ってくれる。その好意を無視して、具合が悪いと言って、自分の部屋に帰った。
日が高いのに、カーテンを閉めて布団をかぶる。最近は、こうして眠りにつくことだけが楽しみになってしまっている。夢の中では、彼、祐樹に会うことができる。
夢の中の私は、幽霊のようにふわふわと舞う、祐樹には見えない存在。なぜか、祐樹がいるのは、日本じゃなくて、中世のヨーロッパのような魔法も剣もある世界。そこで、ユキという少年と2人で戦っているの。今は、仲間もたくさんできて笑う姿もよく見かけるけどね?それでも、時折寂しそうに私の名を呼ぶから、透ける体でギュッと抱きしめる。
これが夢だってわかっているけれど、抱きしめずにはいられない。この熱が伝わりますように。温もりが伝わるように。
今日は、祐樹たちの旅の果て、目的の場所にたどりつく時。そこには、鎖に繋がれ、籠の中に閉じ込められた少女の姿。その少女は……鏡でよく見る顔。これは、わたし?
そこでふっと目が覚めてしまった。そこには、最推しの優の姿とティーパーティーのセット。あれ、さっきまで自分の部屋にいたはずなのに。どうしてここに?
「どうしたの、美憂?」
さっきと同じセリフ。驚いて彼の目を見つめると、深い黒い、光のない瞳に思考が濁っていく。あれ?なんだっけ。そうだ、私はこれから魔王を討伐しに行かなきゃならないんだ。それが終わったら彼と結婚するの。とっても幸せ。魔王封印は怖いけれど、王太子殿下や騎士のソラたちと力を合わせればできる!
◇◇◇
美憂がいなくなって1カ月が過ぎた。その日は、美憂といつもの通り家に帰る約束をしており、忘れ物を俺が取りに行っている間、彼女は1人きりだった。あの時、離れなければ、忘れ物なんて明日でもよかったんだ。それなのに離れたから……。悔やんでも悔やんでも、自分が許せない。
俺が戻ってきたその瞬間に美憂は白い光に包まれ、消えていた。跡形も無く、まるで初めからその場所にいなかったかのように。影も形もない。残された鞄とつい数分前までいじっていただろうスマホが虚しく光っている。それだけが、彼女がいたことを示す。
それから、美憂を探し続けて1カ月。家族には、探すのは警察にお願いして、学校に通ってほしい。あなたまでいなくなってしまったら、どうするの!と涙ながらにお願いされてしまったけれど、その願いには応えられなかった。ごめん、母さん、父さん、和樹。
美憂が連れていかれたのは、この世界のどこかじゃない。それなら、警察ではたどり着けないと思うんだ。それを知っているのは俺だけ。これ以上家族に心配を掛けないためにも、忘れ物を取りに行っていて、美憂がいなくなった瞬間は見ていないことになっている。
少ないバイト代を使い果たして、異界とつながっていると言われるような場所を巡った。それでも、なんの手掛かりも得られず、途方に暮れていた。そんな時にあいつにあった。忌まわしいあの世界からやってきた相棒に。
「うわっ。ここ凄いね。落ちるのは簡単だけど、登るの大変だったよ。もう、2度としたくないなぁ。」
そう言いながら現れたそいつは、ユキと名乗った。
白い老人のような髪が特徴的な俺より少し年下くらいの容姿をしている。俺があまりにも髪を見ていたせいか、彼は苦笑して綺麗でしょ?と言ってきた。綺麗?確かに、ここまで白いと真冬にしか見ることができない雪のようで綺麗だ。そう、伝えると嬉しそうにした。見たことは無いけれど、両親が雪のような髪を見て、つけてくれた名なのだそうだ。
「君、やっぱりいい人そうだね。……よしっ、面倒だけれどやるかっ!君の探している人を迎えに行こうじゃないか!」
そして、語りだしたのは、待ち望んだ美憂を連れて行った世界の話。ふわふわしたような声音から低い声音に変わる。
「僕は、日本から美憂と同じ世界、エルリアに落ちた男性とその世界に住む女性の間に生まれた子ども。母さんは、エルリアで迫害されている白の民のたった1人の生き残り。隠れながら暮らしているところで運命の出会いをして結ばれた。白の民は、未来予知を得意としており、世界を揺るがすような未来から明日の天気まで見ることができる。未来予知に長けた母さんが視たのは、君が探している女の子……美憂さんがエルリアに落ちてきて、籠の中に囚われている姿。そして、捕らえた奴ら、黒いフードを被り、黒い炎、黒い十字架を掲げる団体の様子。」
そこで1呼吸置く。どこからか水を出してきた。それは、まさしく魔法としか言いようのない不思議な現象だった。それをこくりと飲むと続ける。
「未来予知は、必ず起こる場合とそうではないことがある。母さんほどじゃないにしても未来予知ができる占い師は、たくさんいるからね。僕も、ちょっとしたことなら占える。未来を知った人間は、選択によっては未来を変えることができる。悲劇を喜劇にもできるし、その逆も然り。
ただ、変えられない確定した未来もある。それが、地球からの落ち人。地球のように僕らの世界エルリアは安定していないんだ。不安定になると、原因不明の病で目覚めない生物が増えていく。放っておくと、世界全てが終わりを迎えるように眠りについてしまう。それを止めるための装置としてエルリアが行うのが地球人を落とすこと。
前回選ばれたのは、僕の父さん。その前は、僕らの住んでいる家がある国の王様。そして、今回選ばれたのが君の大切な人、美憂さん。」
「なんで……なんで美憂がっ!」
思わず声を荒げてしまった。
「選ばれる人間は、特に魔力の多い人間なんだ。地球に住む人間は総じて、魔力量が多いんだけど、美憂さんたち落ち人は特に多い。あとは、エルリアと波長が合うこと。」
「クッソ……そんなことに巻き込むなよ!」
「すまない。エルリアを代表して謝る、僕らの問題は僕らが解決するべきだ。そんなことに巻き込んでしまって本当に申し訳ない。」
ユキはそう言って、頭を下げる。こいつだけのせいではないと分かっているのに、暴言が頭を支配する。
お前らのせいで、美憂はよくわからない世界に連れていかれたのか!ふざけるな!お前らなんて勝手に死んでしまえばいいのに!
ふぅーーっ
呼吸を整えて、冷静さを保つ。
父親が落ち人って言ってたっけ。こいつからしたら、落ち人を否定することは、自分を否定することでもあるはずだよな。それを踏まえたうえで、こうやって頭を下げてくれてるんだ、こっちも大人にならないとな。
「頭を上げてくれ。」
「すまない。」
「いいから、それより、話の続きを聞かせてくれ。」
目を閉じて怒りを抑える。
「実は、この話はここからが本題なんだ。」
「本題……ってことは、まだ何かあるのか?」
「ああ。
落ち人が落ちる場所は基本的には決まっていない。ただ、魔物が蔓延る森に落とすわけにはいかないと、各国が揃って召喚用の魔法陣を準備している。その準備された場所を選ぶのはエルリア、世界。落ち人が落ちる瞬間を占い師たちは予測し、その瞬間聖女、勇者と言われる彼らの導き手となる聖職者たちは、魔法陣の前に集まる。
母さんほどになれば、どの国のどの聖職者たちかまで分かるけど、そこまで分かる人は他にはいないと思う。母さんと父さんは、その運命を変えるために頑張ってたんだけどね……もちろん、僕も手を尽くしたよ。それでも、世界の力は強すぎて、変えられなかった。」
勿体ぶるように間をあける。大きく深呼吸すると、口を開く。
「美憂さんが落ちた……召喚されたのは、聖女、勇者の力を搾取することを提唱する呪術師団体をが裏にいるという噂のある新興宗教団体、ソーナツァ。
そこに囚われていると思う。最近、魔力を多く消費する軍用魔法具を買い集めているから、戦争でも起こす気だろうな。
多分、1筋縄ではいかない旅になると思う。
強制はしない……任せてくれれば、僕が必ず美憂さんを連れ帰ってくるって誓おう。」
美憂が囚われている……。罪人でもないのに。そんなこと許せるはずがない。
「指をくわえて待っていろって言うのか?」
「君なら、そう言ってくれると思っていたよ。改めて、よろしく。地球人にも負けない魔力を持った僕が仲間になるんだ。大船に乗ったつもりでいてよ。」
「俺は、祐樹。お前らの世界なんてどうでもいいが、お前とその家族のためなら、美憂を取り戻した後になにか考えてやってもいい。」
「はははっ。ありがとう。」
そう言って、固い握手をした。
あれからどれくらいたっただろう。焦る気持ちを抑えながら、ユキの父さん、師匠に教わって魔法と、剣術を磨いていった。ソーナツァに不信感を抱いている仲間は多くいて、気づけば心を許せる仲間が何人もできていた。それでも、ふと隣を見た時に美憂がいないことを寂しく思う。美憂……。檻の中で何を思っているのだろう。俺のことを少しでも考えてくれているのだろうか?すぐに自由にするから、待っていてくれ。
最後の戦いを終えた。
ソーナツァのやつらは、美憂の澄んだ水のような綺麗な魔力を使って、軍用魔法具を操っていた。許しがたい蛮行だ。だが、だからといって殺したら、もう美憂の隣には立てない。ボコボコにして、最果てにある監獄送り。これが今の俺にできる最大の断罪。
最後の1人を監獄送りにしたところで、奥に作られた祭壇に向かう。搾取する相手を崇めているなんて、滑稽だな。
奥にたどり着いた場には、あの日の制服姿のままの美憂。止められた時の中、暗い部屋に灯る美憂の淡い魔力の青い光だけが満たす。
銀の鳥籠を大きくしたようなところに彼女は囚われていた。ご丁寧に鎖までついている。足元や壁、天井にまで魔法陣が描かれている。駆け寄りたい衝動を押し殺して、魔法陣の手前で立ち止まる。
「とんでもね~もん使うな~。軍用魔法具を教会が買い集めている時点でおかしいと思ったけど……本当に頭いかれてんな~。」
「どういうことですの?」
天才魔法研究者と槍の名手である貧乏貴族令嬢様の話に皆が耳を傾ける。初めの頃に仲間になった奴らがここに集まっている。この2人とユキともう1人。
「これ、夢を見せる魔法陣だよ。」
「夢?」
「眠れない子どもがおまじないに幸せな夢を見る魔法陣を枕の下に置くでしょ。あれって目覚められるようになっているんだけど……。これは、永遠に夢が続くようになっているね。そして、この檻は、時間経過を遅らせる魔法が込められたもの。ここまでくると、もはや呪いだね。」
呪い……。
「解呪の方法は?」
「あるにはあるけど、それやっている内におじいちゃんになっちゃうだろうね。それでもやる?」
迷わずに頷いた。たとえ、元の世界に戻れなくてもいい。美憂をこのままにはしておけない。
「……待ってくださいな。他にも方法はあります。そうでしょうユキ?」
ユキの自称婚約者、みゆき令嬢。彼女は、主に治癒やサポート魔法を中心に行ってくれていた。日本の着物を着こなす黄緑色の少女。
「あるけど……僕はまだ、認められない。」
「そんなことを言っている場合ではありません。私にお任せくださいな、ユキはサポートを。」
簪を外すと、さらりとした長い髪が落ちる。目を閉じたみゆき令嬢を慌ててユキが支える。
「ちょっと……僕の意見は?いつも急なんだから!」
ユキは、文句を言いつつも何が起こるのか分かっているようだ。
閉じた瞼を開いたときみゆき令嬢は、芯の強いおしとやかな所作を心掛けるご令嬢ではなかった。黄緑色だった髪は、濃い緑に、周りには新緑の芽が生えてきている。
「ふわぁあ……。みなさま、おはようございますぅ。朝ですかぁ?もうちょぉっと眠っていたいのですけれどぉ。」
「しっかりしてくれ、みゆき。美憂ちゃんを助けるんだろ!」
「そうでしたわぁ。では、さっそく。」
「ちょっと待て、本当にいいのか?」
「いいってぇ?」
「失敗したら……。戻ってこれそうなのか?」
「うーん、美憂さんについてはあまりよくしりませんからねぇ。半々?」
「やっぱり僕がやるっ。お前は道を開くだけでいい。その方が楽だろう?」
「そうだけど……ユキの氷魔法は、夢入りの魔法と相性が悪いんだよなぁ。」
みゆき令嬢とユキの会話に誰もついていけない。夢入り……文字通り夢の中に入る魔法か?それなら――
「俺じゃダメか?」
「「……。」」
「夢入りは、繋がりがある人同士の方が成功しやすいけどぉ……どうするぅ、ユキ?」
「祐樹、夢入りの魔法は、失敗すれば、戻ってこれないんだ。2度目はない。永遠に2人で夢の中を彷徨うことになる。それでも、やれる?」
「もちろんだ。」
間髪入れずに返事をする。心配そうな顔をされる。もし断れば、みゆき令嬢がその生死を掛けた魔法を行ってくれようとしていたのだろう。
「はぁ……。分かった。可能な限り、サポートはする。みゆきの夢入り魔法が美憂さんにどれだけ持つかわからない以上、なるべく手早く済ませてほしい。」
「了解。」
みゆき令嬢によろしくと伝えると、ふわりとした笑みを返された。
「きっと、美憂さんはあなたを待っていますよぉ。魔法陣については私たちにお任せくださいなぁ。あなたは、美憂さんのことだけを考えて?」
みゆき令嬢が手を振ると、魔法陣がキラキラと輝き、道をつくるように避けていく。ユキが氷魔法を展開して、時の檻を砕く。
2人が作ってくれた、美憂までの道を進む。
「お待たせ美憂。今、迎えに行くからね。」
そう囁いて、頬に触れた時、耐えがたい睡魔に襲われた、崩れ落ちるように眠りにつく。
君の元に今向かうよ。
◇◇◇
魔王討伐を目前にして私たちは、苦境に襲われていた。簡単にすむと思っていたのに、気づけば、こちらの方が追い込まれている。その原因は分かっている。魔王の参謀として現れた、炎の魔法の使い手。あの人のせい。
「また、失敗しちゃったね。あともう少しだ、頑張ろう美憂。」
「……うん。」
優しかったはずの優は、傷だらけの私を顧みずに戦闘に向かわせる。もう、魔法も使えないし、気力もない。疲れてしまった。どうしてこんなことしているんだろう。もう、訳が分からないよ。
辛いときに思い出すのは、微笑む優の姿。いざって時に助けてくれるのはいつも彼だった。だから、私も彼のために頑張らないと。でも、あんな服装、優が来ている時あったっけ?
「美憂ッ!行くよ!」
優の言葉で目が覚める。深く考えるのは辞めよう。早く行かないと……魔王を倒さないと。
やっとの思いで魔王城にたどり着いたのは、私と優だけ。皆、傷を負い、志半ばで同行を断念していった。私たちがやらないと。そんな使命感に燃える私を迎えたのは、1人の男性。
「ようこそ、美憂。まってたよ。」
現れたその人は、白いフードを被っていた。なんで私の名前を知っているの?と、問う暇もなく炎魔法の攻撃を仕掛けてくる。全て優にめがけた攻撃は、殺しにかかっている。咄嗟に庇ったけれど、大丈夫だったかしら。
「そんな奴庇う必要ないよ、美憂。」
「……っく。あなたに何が分かるの?!」
「分かるよ。君のことなら。好きな色は、水色。でも、最近は、赤色と水色の小物を付けていることが多かったから、赤も好きになったのかな?好きな食べ物は、オムライス。ケチャップで顔を作っていつも食べていたね。好きな教科は、音楽。音痴のくせに歌うことが大好きで、何時間もヘタなアイドル曲を聴かせられたっけ。あれに付き合えるのは俺くらいだろうな。好きなゲームは乙女ゲーム。無料アプリにはまってたな。」
思い当たる節のある数々の出来事に頭が混乱してくる。それは、優との思い出なのに。あれ?私は…私は、日本生まれ日本育ちの少女で……。
「美憂、惑わされるな!あいつは、敵だぞ!」
……そうよね。あの人は、敵。
改めて戦う決心を固める。
「惑わしているのはどっちだろうな?」
私の水魔法も、優の炎魔法も全てひらりとかわされる。優も強いけど、私の方が強いから、優への攻撃も私が捌かないといけない。あまりにも攻撃が多いから、小さな火が優の服の裾を焦がしてしまった。
「何やってんだ!しっかり守れよ!」
「ごっ……ごめん。」
急に怒鳴られてびっくりしてしまった。こんなこと言う人だったけ?優は素直じゃないけど、怒鳴りつけたりしない人だったはずなのに。なんだか、怖い。大好きなはずなのに、手が震えてより、魔法の精度が下がってしまう。
「本性があらわれたな……優っていったか?それともソーラツァって呼んだ方がいいか?」
「……どこまで知ってやがる。」
「どこまで?どこまでだろうね?中二病をこじらせた痛い自称神様はどう思う?」
「ふざけやがって……。僕が本物の神様なんだ。なのに……なのに、なんで邪魔をするっ!どうしてどいつもこいつも邪魔をするんだ!」
優の姿が黒髪の眼鏡をかけた青年に変わる。目の下には隈ができていて、ガリガリに痩せた様は異様としか言えない。
「美憂おいで……。」
「こっちに来い!美憂っ!」
どうしよう……。どっちにいったらいいの?
「おいでじゃなかったね……。」
パサリとフードを外した下から現れたのは、懐かしい顔。優しい炎の魔法が私を包む。
それを皮切りに思考の闇が晴れていく。
「遅くなってごめんね。
迎えにきたよ、美憂。」
すぐ目の前まで近づいたその人は、微笑みながら手を差し出す。
黒い髪に切れ長の瞳。笑った時のえくぼが可愛い、私の好きな人。
「遅いよっ、祐樹!」
ギュッと祐樹の背に手を回す。驚いたような声を出した彼は、私の気持ちに応えるように優しく抱きしめ返してくれた。
その後――無事、夢から醒めた私たち2人を祐樹の仲間が涙を流して喜んでくれた。もう夢入りの魔法も限界だし、祐樹と私は目覚めないし……で、凄く心配したみたい。本当にご心配お掛け致しました。ありがとうございます。
優……じゃないや、ソーラツァだっけ?については、夢の中でメッチャメッチャにした祐樹が本体の場所を聞き出し、監獄送りにした。私を捕えていた宗教団体は、信じていた自称神様が途端に手の平を返して泣きわめく姿を見て、信仰心が薄れる人、本物の神様は別にいると、未だに信じ続ける人等様々な反応をみせた。
ひとまず、戦争を回避できたのは確か。
祐樹がお世話になった人にお礼を言って回り、やっと帰れると思ってたんだけど……落ち人として、エリアルのバランスを保つ為に来た地球人は、元の世界に戻れないらしい。そんな!とショックを受ける私に対し、
「必ず、生きて2人で帰ろう」
と誓ってくれたのは、去年のこと。私を救う旅に1年、エリアル脱出に1年。2年も高校留年しちゃったね?と祐樹に言えば、そんなこと心配しているのは美憂くらいだろうなと言って笑われてしまった。
明日、私たちはエリアルを離れて、地球に帰る。なんだかんだ色んな濃い思い出ができた。命掛けの戦いはもちろん、地球の親友あーちゃんと同じくらい恋愛相談できる友達もできた。進展しない男子との関係に焦れた女子組で気ままな女子旅に出たこともあったなぁ……。彼らと離れるのは少し、すっごく寂しい。っていうか、なんで離れないといけないの?
泣きわめく私を、女子2人は、落ち着いた表情で優しく抱きしめ返してくれた。こういう時、2人は、大人だなって思う。
「みんな、今までありがとう。元気でね!」
と背を向け、逆召喚用の魔法陣の方を向いて、最後の別れを告げる。後ろを向くと、手を振る皆の姿が……ない!
「何言ってんだ、美優?」
「へ?あ、あれ?」
いると思った方には誰もいない。前を向くと、私よりも準備万端な仲間の姿があった。どういうこと?
「も、もしかして?」
「もっちろん、私たちも行きますわよ!魔法のない世界なんて楽しみですわ~!」
「私は、美憂のよく言っている乙女ゲームなるものをやってみたいですね。」
そういうこと~?1人で涙を流してたのが恥ずかしくなる。
「知らなかったのか?」
「……はい。」
皆の反応からして知らなかったのは私だけのようです。
「父さんと母さんも本当に来るの?」
「当然だろう!遅くはなったが、妻と息子を紹介しないとな!」
「そうですよ。にほんには、相手のご両親に挨拶するというマナーがあるらしいですからね。」
ユキとその家族も行くらしい。へ、へぇ~知らないのは私だけか~。良いんですけどね、いいんですけど~。
「教えてよーー!」
だっと走って皆の元、定位置である祐樹の右隣に立つ。ギュッと握ってくれた手は、小さな頃と同じ温もり。
「帰ったら―――。」
待ち望んでいた言葉を言う祐樹の顔は、いつも通りに目つきが悪い。それ、言うのは今じゃないでしょっ。もう、もっとロマンチックな場にしてよね?相変わらず乙女心が分かってないんだから。
彼の頬にちゅっとキスをして、
「それなら、覚悟してね?」
と返事をした。少し赤くなった祐樹の耳を最後に視界が白い光に包まれる。行きと違ってふわりとした上昇感覚が私たちを襲う。
これでこそ、ファンタジーといった優雅な帰り道。