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3分読み切り短編集

見えないけれど確かにある

作者: 庵アルス

「見えないけれど確かにあるもの、なーんだ」

 大学の図書館にて、僕と友人は卒論制作の準備に来ていた。

 自習室を借りて、参考になりそうな書籍を片っ端から集めてきては、流し読みして頭を抱える。

 卒論のテーマがなかなか決まらないのだ。卒論制作に取り掛かる前に、教授に内容を打診する必要があるのだが、僕はその段階で躓いてしまっている。

 書く以前の問題に、じりじりと神経が削られていくのがわかる。

 そんな中で思わずつぶやいたセリフだった。

「なに、卒論のテーマ?」

 友人はきょとんとしている。

「そうそうそう、先は見えないけど確かにある――――って違ぁう!」

 思わずノリツッコミをしたが、友人はボケのつもりで言っていないので、驚くを通り越して引いてしまった。

「違うんだよ⋯⋯」

「あ、確かにあるかもわからない?」

「そう言われたら見つけられない気がしてきた」

 僕は頭を抱えた。

 友人は読みかけの分厚い専門書を閉じて、僕に真っ直ぐ向き直った。

「大丈夫だよ。テーマは決まる。教授からオッケーも出る。卒論はできる」

「はぁ、ありがとう」

 返事に気が入らない。僕は知っているのだ、要領のいい友人は既に執筆を始めていて、今は資料集めに励んでいることを。つまり、僕より十歩も二十歩も進んだ状態だ。

 自分がかなり焦っているのがわかる。友人が羨ましい。僕だって、怠惰に学生生活を送ってきたつもりはない。なのに、この差はなんだろう。

 焦るだけの不安、友人を嫉む卑屈さ、隣の芝生ばかり見る自分への自己嫌悪、待ってはくれない締切――――僕はなにと戦っているのだろう。敵は全く見えないのに、ダメージは確かに心身を蝕んでいる。

 見えないなにかと戦わされている、そんな気さえした。

「⋯⋯風とか? 見えないけど、風力発電とかに使われてる」

「あー⋯⋯、でも可視化はできるだろ」

「じゃあウイルスとか? あ、顕微鏡で見えるからアウト?」

「そうなる?」

「なんで疑問形なの」

 言い出しっぺなのに、と友人は笑う。笑いながら、眠気が覚めるよ、とミントのガムをくれる。正直、文字の波に揺られて眠くなっていたところなので有難い。

 ミントの爽快感と舌に襲う辛さに、頭の中がすぅと冴えるような感じがした。

 霧が晴れるように雑念が消え、後に残ったのは友人への感謝と有難み。

 友情だ。これは、見えないけど確かにあるな。

「あ、留年も見えないけど確実にあるよ」

「それを言うなよぉ⋯⋯」

2020/10/16

締め切りもありますね。

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