見えないけれど確かにある
「見えないけれど確かにあるもの、なーんだ」
大学の図書館にて、僕と友人は卒論制作の準備に来ていた。
自習室を借りて、参考になりそうな書籍を片っ端から集めてきては、流し読みして頭を抱える。
卒論のテーマがなかなか決まらないのだ。卒論制作に取り掛かる前に、教授に内容を打診する必要があるのだが、僕はその段階で躓いてしまっている。
書く以前の問題に、じりじりと神経が削られていくのがわかる。
そんな中で思わずつぶやいたセリフだった。
「なに、卒論のテーマ?」
友人はきょとんとしている。
「そうそうそう、先は見えないけど確かにある――――って違ぁう!」
思わずノリツッコミをしたが、友人はボケのつもりで言っていないので、驚くを通り越して引いてしまった。
「違うんだよ⋯⋯」
「あ、確かにあるかもわからない?」
「そう言われたら見つけられない気がしてきた」
僕は頭を抱えた。
友人は読みかけの分厚い専門書を閉じて、僕に真っ直ぐ向き直った。
「大丈夫だよ。テーマは決まる。教授からオッケーも出る。卒論はできる」
「はぁ、ありがとう」
返事に気が入らない。僕は知っているのだ、要領のいい友人は既に執筆を始めていて、今は資料集めに励んでいることを。つまり、僕より十歩も二十歩も進んだ状態だ。
自分がかなり焦っているのがわかる。友人が羨ましい。僕だって、怠惰に学生生活を送ってきたつもりはない。なのに、この差はなんだろう。
焦るだけの不安、友人を嫉む卑屈さ、隣の芝生ばかり見る自分への自己嫌悪、待ってはくれない締切――――僕はなにと戦っているのだろう。敵は全く見えないのに、ダメージは確かに心身を蝕んでいる。
見えないなにかと戦わされている、そんな気さえした。
「⋯⋯風とか? 見えないけど、風力発電とかに使われてる」
「あー⋯⋯、でも可視化はできるだろ」
「じゃあウイルスとか? あ、顕微鏡で見えるからアウト?」
「そうなる?」
「なんで疑問形なの」
言い出しっぺなのに、と友人は笑う。笑いながら、眠気が覚めるよ、とミントのガムをくれる。正直、文字の波に揺られて眠くなっていたところなので有難い。
ミントの爽快感と舌に襲う辛さに、頭の中がすぅと冴えるような感じがした。
霧が晴れるように雑念が消え、後に残ったのは友人への感謝と有難み。
友情だ。これは、見えないけど確かにあるな。
「あ、留年も見えないけど確実にあるよ」
「それを言うなよぉ⋯⋯」
2020/10/16
締め切りもありますね。