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難破船のレジオネ  作者: 柴門秀文
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第一章 1-2 転落

 風に解れた髪を直しながら、佳津江が他人事のように、芸者衆に向かって愚痴(ぐち)零し(こぼし)た。

「しかし、なんだね。息子ってやつは、一度でも外で暮らすと一切、音沙汰なしなんだね。こうして、まれに街で出会っても、お互いの暮らし振りすらも分かんない。琴ちゃんも気をお付けなさいな。疎遠になって、くれぐれもおっ母さんを寂しがらせないようにね」

 急に話を振られた半玉が、驚いた表情で顔を上げた。半玉の名は琴乃という。

「でも、祿郎さんは立派にお仕事をなさっていますし、物理学校だって、なかなか難しいお勉強ですからねぇ。佳津江姐さんが言われるほど親不孝じゃないと、琴は思いますよ」

 本気で祿郎を庇った琴乃が、佳津江に笑われた。芸者衆が面白がって、やんやと声を懸ける。琴乃は困った表情で顔を俯かせた。

「まったくねえ、琴ちゃんみたいな初心(うぶ)な娘が、どうして祿郎(あんた)みたいな、ろくでなしに惚れるかねえ。名前を隠して、エロ雑誌に如何わしい小説なんか書いているっていうのにさ」

「姐さん、違います。祿郎さんが書いている小説は、ちっともいやらしくなんてないのですよ。謎に溢れた探偵小説で、読んでいて思わず手に汗を握る、案外、達者な筆ですわ」

 またも琴乃がムキになる。琴乃を庇って、祿郎が言い訳をした。

「琴ちゃんの言う通りですよ、御袋様。『グロテスク』は、確かにエロ・グロを代表する雑誌だし、そりゃあ、梅原北明は何度も発禁処分を受けている御仁ですよ。でもね、僕は探偵小説を発表する場として利用させていただいただけだ。発行所の所長さんが、勝手に知り合いの梅原先生に渡されただけなのです」

「そうですよ。『グロテスク』と言ったって、最近では『一千一秒物語』で有名な稲垣足穂(いながきたるほ)の文章だって載っているのですからね。単なる興味本位の雑誌とは限らずに、ご時勢の先を歩まれる雑誌なのですよ」

 恥ずかしそうな仕草はかなぐり捨てて、琴乃が祿郎の援護に加わった。二人がかりの反撃は、芸者衆に面白がられた。佳津江は、ただ苦笑するばかりだった。


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