『和子への手紙』
御手紙、拝見しました。
拙作『煉獄の悪魔』を、幾度も繰り返し御愛読戴いておられるとのこと、恐縮至極、感謝に絶えない賛辞と、喜び震える次第です。
さて、前回の御便りにて御提示戴きました、正月の休暇を和代様の御実家にて過ごさせて戴く御提案ですが、不躾とは存じますが、残念ながら御断りさせて戴きたいと考えます。
未だ知らぬ会津の冬を体験させて戴く良い機会也。有難き好機と一度は喜びました。
しかし、流石に、うら若き女性と同じ屋敷に月日を過ごす選択は、些か不謹慎です。
良からぬ噂など和代様にとって不本意な結果を招きかねない故、なにとぞ辞退の段、御理解戴けますよう御願い致します。
尚、拙作のために、雑誌『グロテスク』を入手されたとのこと、有難きことと存じますが、いささか苦言を呈さずにはいられません。
『グロテスク』はエロ・グロを謳い文句とした二流の雑誌です。年若い和代様が手にされるには不似合いな内容が掲載されております。
良からぬ評判が立たぬよう、今後、入手は、御控え戴くと宜しいでしょう。
追伸
兄上様より、『クオレ』を勧められ、読まれているとのこと、喜ばしく思います。
小生も六月の最後の講話、『難破船』が大好きです。身寄りのない不幸な少年が、薄幸でも家族のある少女に救命ボートの最後の席を譲る場面には、心を震わされました。
「さようなら、さようなら」
波間に消える二人の言葉が心に残ります。
追伸ながら、思わず長く筆を動かしてしまいました。長逗留は叶わずとも、一度、会津に御邪魔したいものです。和代様、兄上様と御会いして御話を聞かせ願えればと思います。
まずは御断りの連絡まで。
昭和5年11月
岡村碌郎