序章 1-2 壊れた小舟
兄は、ただ一人の少女の味方だった。
頭を下げ、父親の後を継ぐ選択はあった。だが、確執を残して家を出た兄が、簡単に父親に謝罪するとは思えなかった。
雪の坂を登り切ると、山と森に挟まれた窪地に出た。荒い呼吸を整えながら、少女は口を覆った襟巻を引き下げた。
少女は拳銃を構えた。顔を上げて、吹き溜まってできた真っ白な雪の隆起に目を遣った。
雪の下には、壊れた小舟が横たわっていた。強風で雪の塊が飛ばされ、朽ちた黒い板が剥き出しになっていた。
両手で拳銃を支え、少女は雪間から覗く黒い標的に銃口を向けた。
引鉄を引いた。
パーンと乾いた音と共に、火薬の燃えた煙が、鼻腔を刺激した。思ったほどの反動はなかった。あっけない気がした。
少女は撃鉄を起こし、何発も立て続けに銃弾を撃ち込んだ。
銃声が雪渓に吸い込まれて消えた。
少女は背中から雪の中に倒れた。空から降ってくる雪が、灰色の細かな影に見えた。
機織りの縦糸のように無情に降り続く雪に向かって、少女は大声を上げて泣いた。
誰かに助けて欲しかった。
誰もいない。誰も信用できない。出口の見えない鬱屈とした毎日が、これからも続く。
〈自分で、なんとがすっしがねえべ〉
心に決めて、少女は起き上った。洟を啜り、涙を拭った。
少女は雪の斜面を降り始めた。