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第36話


「あの、ブランシュ様、ちょっとお話したい事があるのですがお時間頂けないでしょうか?」


 ブランシュとちゃんと話をしようと決めたローズは帰り支度をしていたブランシュに声をかけた。

 後期が始まったが、今日は始業式だけで授業はない。

 思い立ったが吉日と言うし、時間に余裕のある始業式の日に話をするのがベストだと思ったのだ。


「ベルメール男爵令嬢、構いませんよ」


「では一緒にカフェテリアにでも…」


『ピンポンパンポーン♪ 一年、ノワール・ド・ラ・ヴァンドーム様、ブランシュ・ド・ロレーヌ様、ローズ・フォン・ベルメール様 以上3名は生徒会室にお越し下さい。繰り返します。一年、ノワール・ド・ラ・ヴァンドーム様、ブランシュ・ド・ロレーヌ様、ローズ・フォン・ベルメール様 以上3名は生徒会室にお越し下さい』


 ローズがカフェテリアに誘おうとした時、ノワール、ブランシュ、ローズを呼ぶ校内放送に割って入られてしまった。


「まあ、いったい何かしら? お話は生徒会室へ寄った後でも構いませんか?」


「ええ、もちろんです」


 突然生徒会室に呼ばれるようなイベントは無かったはずだが、そもそも色々話が変わってきているので『あきな』が知らないイベントが発生してもおかしくはないだろう。

 ローズは特に違和感などを感じる事なく、放送に従ってブランシュとノワールと共に生徒会室へ向かった。

 生徒会室の扉を代表でノワールがノックすると、中からすぐ返事があった。


「どうぞ」


 この声はおそらく元生徒会長アルジョンテの物だ。

 『元』と言うのは、アルジョンテは前期が終わると同時に生徒会長を引退し、2年生の新しい生徒会長に引き継ぎを行ったからだ。

 ノワールが扉を開けると、生徒会長の椅子に座ったアルジョンテと、その傍らにジョーヌが立っていた。

 その元生徒会長がまだ生徒会室に居座っているのは何故だろうか。


「お兄様、引退されたのではなかったのですか?」


「引退したから座っちゃいけないと言うものでもないんだよ」


 ローズと同じような疑問を持ったらしいブランシュの質問に、アルジョンテは事もなげに答えた。


「それにしても突然招集したのは何か訳があるのだろう?」


 ノワールが訊ねるとジョーヌが恭しく口を開いた。


「申し訳ありません。本日は以前ベルメール男爵令嬢が嘔吐して卒倒した例の事件の件で、私がお呼びたてしました」


 思い出したくもない苦々しい記憶が蘇り、ローズは思わず顔が引き攣った。


「犯人が分かったのですか?」


 ブランシュはジョーヌの態度にきっと犯人が分かったのだと勘付いた。


「犯人ってどういう事ですか?」


「もしかしたら何者かがベルメール男爵令嬢を狙って毒物を混入したのではないかと思って、調査を依頼していたのです」


 ブランシュがローズの質問に答えると、ローズは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 何者かがローズを狙って毒物を混入したのではない。

 正しくはローズがブランシュを狙って毒物を混入したのだ。

 それなのに調査をされてしまったら悪事がバレてしまうではないか。

 ブランシュは自分の敵では無いのかも知れないと思ったが、やはり敵なのか。

 それともまさか善意でその様な調査をしたのか。

 ブランシュが敵なのか味方なのか分からなくなってローズは本気で混乱していた。


「一つずつ説明しますね。まず、ベルメール男爵令嬢の嘔吐・卒倒には当日食べたクッキーとスコーンに添えたジャムが原因だと分かりました」


「ああ! あれならもう私は大丈夫ですわ! きっと食あたりか何かだったのでしょうね!!」


 ジョーヌの説明にこれはまずいとローズ悟った。

 何が原因かまで突き止められているのであれば、自分の悪事がこの場で晒されてしまう恐れがある。

 そう、ノワールとアルジョンテとジョーヌと言う攻略対象がいるこの場でだ。

 早く話を終わらせたくて引き攣った笑顔でそう言うが、ジョーヌは止めなかった。


「あの場の菓子にはココノエユリとベニアリイチゴと言う食材が使われていました」


 初めて聞く食材の名にノワールは首を傾げた。


「ココノエユリにベニアリイチゴ? 聞いたことの無い食材だな。ブランシュは知っているか?」


「私も存じ上げません」


「知らないのも無理はありません。どちらも一応食べられますがココノエユリは味に渋味があり、ベニアリイチゴは酸っぱ過ぎて貴族の食卓にはまず登りません。ただ栄養はある為貧民街では加工して食材として使われているようです」


「…………」


 ローズは次にジョーヌが何を言うか、青い顔色をして見つめていた。

 そして自分はどの様に身を振れば良いのだろうか。

 菓子はローズが自分で作った事になっているし、ココノエユリもベニアリイチゴも貧民街出身の自分が知らないと言うのは不自然に思われるかもしれない。

 ローズの頭はフル回転してこの窮地をどう切り抜けるか考えていた。


「ベルメール男爵令嬢はそれらの食材の事はご存知ですか?」


 来た! と、ローズは背筋を意識してピンと伸ばして答えた。


「ええ、知っています。私はあまり食べた事はないですが」


「あの菓子はベルメール男爵令嬢が作られたのですよね? 何か意図があってそれらの食材を使ったのですか?」


 ジョーヌにそう聞かれた事で、ローズは自分が疑われている事を確信した。

 どうにかしてこの場を切り抜けなくてはと、ローズは必死だった


「いいえ、使ったつもりはありませんでした。菓子を作ったのは確かに私ですが、もしかしたら材料に混入されていたのかもしれません。材料は使用人に用意させた物ですので… 小麦粉に混入されていたら見分けられませんもの」


「なるほど小麦粉にですか… ですがおそらくそれはありません」


「なぜですか?」


「クッキーもスコーンも材料は殆ど同じなんですよ。小麦粉に混入されていたとしたら、スコーンにも検出されるはずです。ですがココノエユリはクッキーからしか検出されませんでした」


「そ、そうなんですか…」


 そう言われればどちらも小麦粉を使う菓子だ。

 実際は自分で作っていないし、食べる専門で作った事もないので失念していた。

 どう答えようか迷っていると、ブランシュが口を開いた。


「あのクッキーは紅茶が入っていて、スコーンは極シンプルな物でした。紅茶に混入されていたのではないでしょうか?」


「それならばあるかもしれませんね」


 ブランシュの意見にジョーヌは同意した。

 ローズは思わぬ援護にホッとしながらブランシュを見ると、ブランシュはローズに向かって微笑んだ。

 その笑顔があまりにも美しく、まるで『私はあなたの味方よ』と言われた様な気がして、ローズは喜びで顔に熱が集まるのを感じていた。


「では何故紅茶のクッキーにしたのですか?」


「なぜって…」


「紅茶のクッキーと言う食べ慣れない味であれば多少の味の違和感は誤魔化せると考えたのではないですか?」


「そんな! ジョーヌ様酷いです! それでは私がわざと入れたみたいじゃないですか!」


 紅茶のクッキーにしたのは味を誤魔化す為と言う理由も確かにあった。

 図星を付かれて思わず声を荒げるローズとは反対に、ノワールは静かに訊ねた。


「そもそも貧民街では食べられている栄養のある食材なのでだろう? 食べた所で問題が無いのではないのか?」


「そうなんです。そこがこの食材の面白い所で、それぞれは食べても問題のない食材なのですが、同時に食べると腹痛や嘔吐を引き起こすらしいのです」


「なんと、そんな事が…」


「それで、ベルメール男爵令嬢は何故私の事を酷いと言ったのですか? 食材の苦味を抑える為に紅茶と混ぜるのはより美味しくする工夫であり、悪い事ではありませんよね?」


「そ、それは…」


 ローズは言葉に詰まった。

 ついカッとなって食ってかかってしまったがこれでは完全に墓穴だ。


「ベルメール男爵令嬢、貴女はこの2つが腹痛を引き起こすと知っていたのではないですか?」


 ジョーヌが訊ねると、ブランシュがスッと右手を掲げて言った。


「それは飛躍しすぎではないでしょうか? 腹痛を起こすと分かっていてわざと混入していたのであれば、ベルメール男爵令嬢はなぜそれらを口にしたのでしょうか? あの時初めて見る紅茶のクッキーに戸惑っている私を見て、ベルメール男爵令嬢は私が食べるより先にクッキーを口にしました。それに材料は使用人が用意したと言っていたではありませんか。用意された時点で混入されていたと考えるのが自然では?」


「ですが普通紅茶を菓子の材料に使うと思いますかね」


「菓子の材料だとは思っていなかったとしても、普通に紅茶としてベルメール男爵令嬢が飲むと思っていたのかもしれません」


「ロレーヌ公爵令嬢はあくまでベルメール男爵令嬢が狙われていたと考えておられるのですね。ではベルメール男爵令嬢は何故あんなに怒る必要があったのでしょうか?」


「疑われているかの様な言い方をされれば誰だって良い気分にはなりませんわ」


「なるほど。ベルメール男爵令嬢、私の言い方で不快な気分にさせました。申し訳ありません」


「いえ… 私もついムキになってしまいました。ごめんなさい」


 ブランシュの反論にジョーヌは一応は納得した様子で、ローズはホッとした。

 そしてブランシュはこんなにも自分を庇ってくれるのだから、味方に違いないと確信した。

 それと同時に、悪事を暴かれるヒロインを悪役令嬢が庇うというシナリオからかけ離れた不思議な状況に全く先が読めず、ローズは不安を感じていた。


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