第23話
「ローズお嬢様! こちらでいかがでしょうか!?」
ローズのもとにベルメール男爵家の料理人が頬を蒸気させて走ってきた。
彼にはノワールに振る舞う菓子の試作品を作らせていたのだ。
「できたの? 見せて」
料理人が持って来た物は緑色の豆を甘く煮た物だった。
ローズはノワールに何を振る舞うか考え、ノワールが絶対食べた事の無い和風の物にしようと思いついた。
和菓子と言えばあんこだがこちらの世界には小豆が見当たらず、仕方ないので『豆を甘く煮て持ってこい』と言う雑な指示を料理人に出していた。
味を見ると悪く無かった。
このまま砂糖をまぶせば甘納豆になりそうだが、それだけだと少し寂しいかもしれない。
もっとボリューム感が欲しい所だ。
「いかがでしょうか?」
「味は悪くないわ。 じゃあこれを滑らかにすり潰して、パン生地に包んで焼いて」
たぶんそうすればうぐいすあんのあんぱんっぽくなるだろう。
料理の事も製菓の事も良く分からないがあとは料理人に任せておけば良いようにしてくれるに違いない。
「なんと! パン生地にですか!? お嬢様は本当にいつも発想が豊かですな! 私、腕がなります!!」
「あ! ノワール様の分はうんと甘くしてね。普通の甘さのと間違わない様に生地の上にゴマでもまぶしといて」
「ゴマですか! それはいいアイディアですね!」
料理人は新しい菓子のアイディアに目を輝かせて早速厨房へと向かって行った。
丸いパン生地の上にゴマがまぶされていればよりあんぱんらしくなるだろう。
あれ? アレってゴマだったんだっけ? もっと小さい粒だったような…
(※注 正解はケシの実です)
何か少し違う気もしたが、この世界の人はあんぱんを知らないんだから多少違っていてもどうと言う事もないだろう。
そもそも中身はうぐいすあんだし。
◇◆◇
「美味しい! これはいったい!? 中のクリーム? はなんですの??」
ブランシュはローズが持って来た新しいスイーツ、あんぱんを食べて感激した。
見た目は普通のパンかと思いきや、中に何やら口当たりの良い緑色のクリーム状の物が入っていた。
これが何とも言えない優しい甘さでパンと良く合う。
「中身は豆を甘く煮てすり潰した物です」
「豆がこのようなスイーツになるとは!?」
ノワールは驚きながら甘さ10倍あんぱんを次々に平らげて行く。
「豆自体が持つ甘さも生かしているのですね。それに豆から出来ているならスイーツなのにヘルシーで栄養もあって健康にも良いと言う事ですね。ベルメール男爵令嬢の発想力には驚かされます」
「ありがとうございます」
発想力も何も『あきな』だった頃はあんぱんなどありふれた物であったし、作り上げたのはベルメール男爵家の料理人なのでローズは特に何もしていないのだが、ローズは自慢気に胸を張った。
「ところで、ベルメール男爵令嬢は夏のプロムの相手は決まっているのですか?」
「いえ… 実はまだ…」
ローズは俯き加減で答えた。
本来ならは夏のプロムは攻略対象の誰かと参加するはずで、今頃誰がローズをエスコートするかで攻略対象同士が揉めている予定だったのだがどういうわけかまだ誰からも誘われてすらいない。
きっとあれもこれもこの悪役令嬢が主人公の座に取って代わろうと暗躍してるからだろう。
「そうなのですね。ではどうでしょう? 殿下と出席されては?」
「「えっ!?」」
まさかそんな事を言われると思っていなかったノワールとローズは同時にブランシュを見た。
「でもノワール様はブランシュ様と出席されるのでは? だって婚約者なんですよね??」
ローズは驚きのあまり素直に訊ねてしまった。
どこの世界に婚約者を他の女とプロムに参加させる人がいるだろうか。
ブランシュが何を考えているのか全く分からない。
と、言うか正気の沙汰とは思えない。
「婚約者ですが、まだ約束したわけではないですものね、殿下?」
「約束はしてないが… 私はブランシュと「私はルクヴルール侯爵令息と約束していますので、他の方と出て頂いて大丈夫ですよ」」
ブランシュはノワールが自分と出るつもりだったと言わせない為にわざとかぶせ気味に言った。
ここまでバッサリ切り捨てられてしまうと、皇太子としてのプライドからかノワールはブランシュと出るつもりだったとは言えなくなってしまった。
「そ、そうなのか… 約束が」
「はい! それで、殿下もまだパートナーを決めておられないのならベルメール男爵令嬢といかがでしょうか? 美味しいスイーツのお礼も兼ねてエスコートして差し上げては?」
ローズはやたらと自分を推すブランシュを見て閃いた。
なるほど、ブランシュの推しはノワールなのではなくヴェールなのだろう。
そう考えるとやけにノワールにローズを充てがおうとするこれまでの行動も説明がつく。
ノワールと結ばれるのは一番スタンダードなルートで難易度も低い。
つまり、主人公の座を乗っ取ったブランシュはノワールと結ばれる確率が高くなるので、ノワールに誰かをあてがって自分は推しのヴェールの結ばれるつもりなのだろう。
それならば、転生者同士で協力できる道があるかもしれない。
なにせ相手は殺人をも厭わない悪役令嬢であり、敵に回すのは危険が大きすぎるのだから。
皇后になれるなら攻略対象全員に囲まれなくても一人ぐらい悪役令嬢にあげてもいいだろう。
「もしノワール様にご一緒頂けるなら私も嬉しいです!」
「そうだな… では、そなたと出席するか」
ローズはノワールの返事を聞いてパァっと花が咲くように笑顔がこぼれたが、その一方でノワールは残念そうな沈んだ表情をしていた。
「ブランシュ様! ありがとうございます!」
「いいえ、美味しいスイーツを頂いたし、お礼を言うのはむしろ私の方です」
ローズはプロムの相手がノワールに決まって本当に嬉しそうで、二人の間に初めて和やかな空気が流れた。
「ところでベルメール男爵令嬢はダンスはお得意ですか?」
「ダンスですか?」
ローズは貴族になってからダンスのレッスンはうけたので一応は出来ると思うが、実戦経験がないので自分が得意かどうか分からなかった。
「お粗末なダンスをされると、殿下の恥になりますから心して練習されて下さいね」
「はぁ…」
ブランシュが助言にローズは気のない返事を返した。
こう言う上から目線の注意をしてくる所は相変わらず姑を思い出させられて嫌な気持ちになる。
「なんだか心配ですわね。私、レッスンを手伝いましょうか?」
「え!? そんな、悪いので大丈夫です!」
「遠慮しなくて大丈夫ですわ。これもスイーツのお礼だと思ってもらえれば」
「いや、でも」
ローズがそこまでしなくて良いと一言止めてくれないかと思いノワールを横目で見ると、ノワールは違う方向の援護を入れた。
「ブランシュは運動神経がいいからダンスも得意だ。習っておいて損はない」
「それでは早速やりましょうか」
「今からですか!?」
「思い立ったらすぐやらないと」
ローズは努力とか練習とかその様な面倒な事は嫌いなのに、ブランシュはその日から毎日迷惑そうなローズを半ば無理矢理引きずってみっちりダンスの練習をさせた。