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第11話


「約束は明日だったよな?」


「あの悪役令嬢、考えてたのよりヤバいのよ! 早く毒をちょうだい!」


 ブランシュも転生者で自分を落とし入れようとしていると勘違いしたローズは焦って約束より一日早く長屋を訪れジャックを急かした。


「悪役令嬢? ヤバい? ローズってたまによく分からない事言うよね?」


「こっちの話だから気にしないで。それより毒よ!」


 ポールの疑問を軽く流しつつ、更に毒を求める。


「あるにはあるけど… もうちょっと煮詰めた方が良いと思うけどな…」


 ジャックは粉状の物が入った袋と、液体の入った小鍋を持って来た。


「2つもあるの?」


「ココノエユリの葉の粉末とベニアリイチゴの汁だ」


「何それ」


「ローズ知らないの? それぞれ食べる分には無害なんだけど、食べ合わせが悪くて一緒に食べるとお腹を壊すんだよ」


 ローズが首を傾げているとポールが説明してくれた。


「そうなの」


「貧民街の人間は何でも食べるから知られてるけど、お貴族様はこんなの食べないだろうから毒になる事も知らないだろ。それにそれぞれは無害だから別々の料理とかに混ぜて食べさせれば原因が分かりづらい。万が一ローズが入れた事がバレても食べ合わせが悪かった事を知らなかった事にすればいい」


「なるほど! ジャックって頭いいわね!」


「いくらバレにくくてもいつ使うかは良く考えろよ」


「そんな事分かってるわよ!」


 分かっていると言いつつ何も考えてなさそうなローズに不安を覚えつつ、ジャックはそれらを手渡した。


「ベニアリイチゴの汁は煮詰めるほど効果が弱くなるんだ。今のままじゃ強すぎて早く効きすぎると思うから、使う前にもう少し煮詰めて使えよ」


「はーい。じゃあこれ、お礼よ。取っといて!」


 ローズは現金はあまり持たせてもらえてないので、代わりに髪飾りをジャックに渡した。

 父はローズが殊の外可愛いらしく、服飾品などのプレゼントは良くくれる。

 この髪飾りもその一つで、ローズが持っている物の中ではシンプルな物だったが貧民街に住む彼らにはこれで充分だろう。

 これで材料は揃った。

 あの悪役令嬢を懲らしめてやる! と、ローズは意気揚々と屋敷に帰って行った。



 ◇◆◇



 次の日、ローズは手作りのクッキーとスコーンを持ってカフェテリア『テトラ』でノワールと共に昼食をとった後、紅茶を飲んでいたブランシュの元を訪れた。


「ブランシュ様、剣術の授業の時は申し訳ありませんでした。あの、おわびと言ってはなんですが、クッキーとスコーンを作って来ましたので召しあがって頂けないでしょうか?」


 ブランシュはゆっくりとカップをソーサーに置き、ローズを見据えた。


「お詫びですか。いい心掛けではありますが、一体誰の指示ですか?」


「指示と言うか、カーマイン様が『謝るように』と…」


「そうですか… ではこちらへどうぞ」


 剣術の授業でいきなり顔面へ攻撃など、本来は許された物ではない。

 相手がブランシュでなければもっと大怪我をしていてもおかしくない攻撃だった。

 実際ブランシュもあれから暫く首がグラグラして大変だったのだ。

 首の皮は繋がっていたのでなんとか一晩かけて鏡を見ながらいい感じに首をつけ直したが、完璧に首が落ちていたら直せたかどうか…

 その前に大変な騒ぎになっていたはずだ。

 それを考えるとお詫びを受け入れる気持ちにはなれないが、カーマインの指示でお詫びに来たならそれを受け入れないとカーマインの面子を潰す事になってしって申し訳ないのでお詫びを受け入れる事にした。


「ありがとうございます! それであの、クッキーとスコーンなのですが…」


 ローズはバスケットからクッキーとスコーンを取り出し、カフェテリアで借りた皿に盛り付けて差し出した。


「ノワール様も召し上がりますか?」


「いや、私はブランシュの作ったスイーツ以外は口にしないと決めているから結構だ」


 ローズの質問にノワールがそう答えると、ブランシュは驚いてノワールを見た。


「え?」


「そなたが言ったのだぞ。『食べ過ぎは禁物だ』と」


 確かに言ったがそれだとブランシュがスイーツを作らない限りノワールはスイーツを何も食べられない事になる。

 それで良いのだろうか、とブランシュは思ったが、食べ過ぎて成人病になるよりは良いかと思い直した。

 だが自分は悪役令嬢として修道院に送られる身なので、その役目はどうにかして主人公に譲らねばならない。

 この目の前のクッキーとスコーンをさも美味しそうに食べればノワールも食べる気になるかもしれないと思い、テーブルの上のスイーツに視線を移した。

 形は綺麗に出来ているがクッキーの方は何かが混ぜ込んであるのか、黒いブツブツが所々に見える不気味な物だった。


「…このクッキーは何が入ってるのですか?」


「紅茶の葉を混ぜてみました」


「まあ! 紅茶の葉を!?」


 もしや庶民はこうやって紅茶の出涸らしまで無駄なく食べるのだろうか。

 だがそんな事をして美味しく食べられるのだろうかと訝しんでいると、何かを感じたのかローズがクッキーを一つ取って食べて見せた。


「これがけっこう美味しいんですよ」


「まあ、そうなのですか?」


 実はこのクッキーは紅茶の葉と共にココノエユリの葉の粉末も練り混んである。

 だがこれだけを食べても無害なので、ローズは先に口にする事で安全である事をアピールしたのだ。

 ブランシュはローズが口にしたのを確認し、意を決して紅茶のクッキーを口にした。


「あら!?」


「お味はいかがですか?」


「紅茶の香りが口の中に広がって、とても美味しいですわ」


「そんなに美味しいのか?」


「はい。殿下も召し上がってみませんか?」


「………」


「ノワール様には甘みが足りないかもしれません」


「そうか、ならばやはり止めておこう」


 2枚、3枚と美味しそうに食べるブランシュを見てノワールも興味をそそられてはいるらしいがやはり口にする事はなかった。

 ここまではローズの計画通りだった。

 最近はカフェテリア『テトラ』でノワールとブランシュは昼食を共にする事が多い。

 ブランシュがカフェテリア『ヘキサ』で昼食を取る時はよくヴェールと一緒にいる所を見かける。

 普通に甘い物が好きなヴェールはクッキーやスコーンを食べてしまうかもしれないが、極甘党のノワールであれば普通の甘い物は食べないだろうとふんでノワールと一緒の所を狙って声を掛けたのだ。


「本当に美味しいですわ」


「喜んで頂けて良かったです。スコーンもどうぞ。こちらはベリーのジャムと一緒に召し上がって下さい」


「ジャムも綺麗な赤ですね」


 このジャムにはベニアリイチゴの汁を混ぜてある。

 しかももっと煮詰めてから使うように言われたがそのままの状態で入れてやった。

 早く効くに越したことはないし、どうせなら苦しむ姿を見てあざ笑ってやりたいと思ったからだ。

 クッキーとこのジャムを同時に食べるとお腹を壊す事を知らないブランシュは何の躊躇もなくスコーンにジャムをつけて口に入れた。

 食べた! とローズは心の中でガッツポーズをした。

 ブランシュがお腹の痛みで転げまわる姿を想像しながら、その効果が出るのを待った。


「こちらも美味しいですわ。これらはベルメール男爵令嬢が作られたんですか?」


「え… はい。私が作りました」


 嘘だ。

 本当はベルメール男爵家の料理人にローズが指示を出して作らせたに過ぎない。

 だがノワールの前なので拡大解釈してローズが作った事にした。


「そうですか。お料理が得意なのですね。この紅茶のクッキー以外にも何か珍しいスイーツのレシピをご存知なのですか?」


「ええ、まあ…」


 『あきな』だった頃には有り触れた物だがこちらにはないスイーツなどはいくつか思い付く。

 レシピなどは良く分からないが料理人に指示して再現する事はたぶん可能だろう。


「他の物も食べてみたいですね。今度は殿下がお好きそうな物を作って頂けませんか?」


「いや、だが私はブランシュの作った物以外は…」


「でも興味はあられるでしょう?」


「それはまあそうだな…」


「何も私が作る物に拘る必要はありせんよ。食べる量と頻度さえ注意を怠らなければ良いのです」


「そなたがそう言うのなら… ベルメール男爵令嬢、良ければ作って貰えないだろうか?」


「は、はい! 私で良ければ!」


 ブランシュがアシストしてくれたお陰でローズはノワールにスイーツを振る舞う約束を取り付ける事が出来た。

 何を思ってブランシュが敵に塩を送るような事をしてくれたのかはローズには分からなかったが、兎に角ノワールと距離を縮めるチャンスだと意気込んだ。

 それはそうと、ブランシュはパクパクスコーンにジャムを乗せて食べているが一向に様子が変わる気配がない。

 おかしいなと思いながら、早く効くとは言っても効くまでもう少し時間がかかるのかもしれないと思い待っていたが、それでも変化は見られなかった。

 様子を見て待っている間にもクッキーとスコーンとジャムは次々にブランシュの胃の中へ消えて行く。

 全く効いてる様子がないのでローズは首を傾げた。


「ベルメール男爵令嬢? どうかなさったのですか?」


 ローズから訝しげな表情で見つめられ、ブランシュも不思議そうにローズを見返した。

 

「いえ! 何でもありません!」


「私ったら食べ過ぎかしら? つい美味しくって、恥ずかしいわね」


「喜んでもらえて良かったです!」


 ローズの気持ちとは裏腹に和やかなスイーツパーティーになってしまっている。

 ローズはもしや料理人がココノエユリの葉の粉末かベニアリイチゴの汁を入れ忘れたのでは無いかと思い、ローズはスコーンにジャムをつけて食べてみた。

 すると、飲み込んだ瞬間、胃の中がひっくり返る様な衝撃走った。


「うっ!!!」


 ローズは大量に嘔吐した後、口から泡を噴いて白目を向いたまま倒れてしまった。


「ベルメール男爵令嬢!?」


「大変! お医者様を呼んで!!」


 ノワールは衣服が吐瀉物で汚れるのも構わず倒れたローズを抱きかかえ、ブランシュは医者を呼ぶ様に職員に指示をした。

 ココノエユリの葉の粉末とベニアリイチゴの汁も間違いなくローズの指示通りに混入されていた。

 ただブランシュがアンデッドであった為に、毒が一切効いていなかったのだ。

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