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第9話


「あら、庶民が来たわよ」


「嫌ね〜品位がなくって」


 前を通るだけで遠巻きに嫌味を言ってくる名前も知らない令嬢をローズがギロリと睨み付けると、令嬢達はサッと目をそらしてそそくさと何処かに行ってしまった。

 ローズが学園に入学してからこれみよがしに嫌味を言われたり、物が無くなったり、歩いているとゴミを投げつけられたり、トイレに入った時に水をぶっかけられたり、度々何かしらのあったが持ち前の気性の荒さで我慢をする事が出来ずもれなく3倍返しにしてやった。

 そうしているうちに最近はだいぶ落ち着いて来てたまに遠巻きに嫌味を言われる位で平和になった。 

 しかし、そんな事はどうでもいいのだ。

 ローズは攻略が何一つ上手く行かない事に焦っていた。

 ヴェールとアルジョンテは相変わらずブランシュと仲が良さそうだし、ジョーヌはローズを見ると何故か顔を引きつらせる。

 推しのノワールはローズになびくどころかブランシュに惚れてる風だし、カーマインに至ってはまだ会話も出来ていない。

 あれもこれも全部ブランシュが悪いのだ。

 こないだのお茶会だって、ローズの邪魔をする為にブランシュが何かしてノワールの激甘好きが広まったに違いない。

 まるで先回りされているようだ。

 そうしてローズはある考えに至った。


 ーもしかして悪役令嬢も転生者なんじゃない?ー


 もしそうだとしたら全て辻褄が合う。

 ローズがゲームを先回りしたつもりで行動しても悪役令嬢が更に先回りして行動していれば全て無駄になるのだ。

 そうなると悪役令嬢の狙いはきっとローズからヒロインの座を奪って成り代わる事に他ならないだろう。

 そう考えると今まで敵ではないと思っていた悪役令嬢が途端に恐ろしい存在に感じて来た。

 こうなったら悪役令嬢を何とかしてこのゲームから引きずり下ろしてやらなくては。


 ローズはベルメール邸の使用人達も皆寝静まった頃合いを見計らってローブを頭から被り、屋敷を抜け出した。

 向かったのはローズが転生してから約3年を過ごした貧民街だ。

 すえた臭いのするそこは懐かしくもあるが二度と戻りたくない場所でもある。

 ローズは長屋の一室の扉を強めにノックした。


「誰〜? こんな夜中に」


 目を擦りながら出て来たのはくるくる頭のポールだった。

 ローズはポールを押し退けて部屋の中に入って後ろ手で扉を閉め、ローブを捲って頭を出した。


「ローズ!?」


「シッ! 静かに! お忍びで来てるんだから!!」


 大声を出しそうになったポールの口を掌で抑えていると、薄い毛布の中からそばかす顔のジャックが顔を出した。


「ローズの声の方が大きいけど」


「わー、びっくりしたよローズ」


 ようやく口が自由になったポールはおっとりとした口調で再開を喜んでいた。


「ここを出て行って以来だな。すっかり貴族らしくなった」


「ホント、綺麗になったね」


「まぁね」


 ジャックとポールから褒められ、ローズと満更でもない様子だ。

 貧民街にいた時は生活するのがやっとで美容になど構ってられなかったが、貴族になってからは隅々まで磨き上げ、元の土台の良さも相まって主人公に相応しい輝きになったとローズも自負している。


「それで? 遊びに来てくれたの?」


「お貴族様がこんな時間にこそこそ貧民街に遊びに来るかよ。何か訳ありなんだろ?」


 のんきなポールとは違い、ジャックは鋭く言い当てた。


「二人に頼みたい事があるの。毒を手に入れて欲しいのよ」


「毒って… 一体何するつもりなの?」


 突然物騒なお願いをするローズにポールが驚いて訊ねた。


「別に大した事じゃないのよ。私、今アルコンスィエル学園に通ってるんだけど、私が庶民出身だからって何かにつけて意地悪をしてくるご令嬢がいて」


「それは酷いけど、毒はやりすぎなんじゃ…」


「ちょっと一泡吹かせてやりたいだけよ。殺すわけじゃないわ。それにちゃんとあなた達にお礼もするし」


 ポールにはそう言って取り繕ったが、別に死んでも構わないと思っている。

 でもまあ、とりあえずは暫く学園を休んでもらってその間に攻略をすすめられればと考えていた。


「毒か… 無いことはないぞ」


「ホント!?」


 ジャックの言葉にローズは飛び付いた。


「森に行けばその手の植物とかきのことか色々あるからな。けど準備に時間がかかる」


「どれくらいかかるの?」


 あんまり時間がかかるとその間に自分が悪役令嬢から排除されかねない。

 なにせあちらは公爵家で権力を使って何をしてくるか分からないからだ。


「3日くらいかな」


「それくらいなら大丈夫よ!」


「じゃあ3日後にまた来てくれ」


「分かったわ。お礼は弾むからよろしくね!」


 ローズは3日後に毒を受け取る約束をし、るんるん気分で長屋から去って行った。


「ジャック、なんであんな約束したの? 毒なんて危ないよ」


「なんでって、ローズと繫がりを保っておいて損はないだろ」


 危険な約束をした事をポールに咎められてジャックは言い放った。


「ローズのあの格好見ただろ? あのドレス一枚で俺達が何日食べられるか…」


「だけど」


「ポールは一生この長屋にいたいのかよ?」


「そんなわけないじゃん!」


「じゃあ任せておけよ。上手く行けば屋敷の小間使いくらいにしてもらえるかもしれないぞ」


「…………」


 そう言うとポールは何も言えなかった。

 ポール自身も暗くて狭くて汚い長屋の生活から抜け出す夢を見ない事も無かったが、権力が絶対的で固定化されているこの国で底辺の生活から抜け出すのは容易な事ではない。

 もしかしたら、と言う手段が転がっていたら拾わなければ待っていてもチャンスは巡って来ないし、そのチャンスがあっただけでとんでもない幸運である事は理解していた。

 なにせ幼馴染が貴族の令嬢である事が判明して養女になるなんて、それこそ金脈を見つけるよりも稀有な確率だろう。


 またジャックはそのチャンスを上手く掴む為、考えを巡らせていた。

 ローズは毒を使ってどこかの令嬢をどうにかしようとしているが、恐らくその手段についてはあまり考えていない。

 ローズは顔は賢そうなのに頭はあまり良くないのだ。

 ずっと昔はおっとりとしていて思慮深かったのだが、彼女の母親がなくなったあたりから急に短絡的になった気がする。

 思い付いたらすぐ行動に移すし、行きあたりばったりで計画性もない。

 そのまま毒を渡しても毒入りの何かをそのまま相手の令嬢に渡してあっという間に犯人がバレるようなヘマをして、おまけに逆ギレしてジャック達のせいにしたりしかねない。

 折角とんでもない幸運でできた貴族との繫がりをそんなくだらない事で無にはしたくないし、ローズの破滅に巻き込まれるのも御免だ。

 つまり、何とかしてローズの計画を成功に導かねばジャック達の未来もないのだ。

 ジャックは翌朝早速毒の材料を探しに森に出かけた。

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