アンガラ/オルドービス層(2)
連続して拍子を取る、高音の金属打楽器。それに合わせて、山肌を削る風のごとき音色の管楽器が旋律を奏で、獣の革を張った打楽器が下支えする。そしてそれらを包む人々の生活。イクソシィスは文明の音に吹かれて伏した人垣の作る道を進んでいた。
「イクソシィス」とは「私」の正式な呼び名のようである。今は部下たちと共に私を先導しているシロネンが言うには、古い言葉で「神の娘」を意味するという。石段を下りたのち、色彩豊かな着物を着せてくれたシロネンに「私は男じゃないですけど、女でもありませんよ」と違和感を伝えると、彼は目を丸くして何度も頭を下げるのだった。別段不快だったわけではないのだが、気を遣ったのか以降は「戦士殿」としか呼ばれなくなった。
「じきに貝の広場も抜けますれば、牛力車がございます。戦士殿にはいま少しご辛抱を!」
シロネンが振り返って言った。
「大丈夫です、お構いなく……!」
シロネンや、私の前後左右を護る彼の部下をはじめ、この土地の人々は大半が浅黒い肌と長い黒髪を持っていた。極彩色に染められた皮革・毛織物が褐色の景色によく映える。時折、明らかに混血と思われる色素の人間も視界に入ったが、ごく少数だった。老若男女に占める老人、さらにはシロネンのような長身の割合も同様である。民のほとんどが齢四十に満たないと見え、身長も低い。
「さあ戦士殿、御手を託されよ」
巨大な二本角を額に備えた重脚目が牽く、絢爛豪華な木製の車両に飛び乗って、シロネンはこちらへ象の皮膚にも似た手のひらを差し出した。小指が欠損した四つ指に引き上げられ、イクソも横の座席に収まる。馭者の背中はイクソの目線よりも数段低い位置にあった。
「よいぞ。進め」
知らない言語。シロネンはやはり言葉を使い分けているのだ。静かに、しかし力強く動き出した「牛力車」の上で、イクソの未知への好奇心が芽生え始めていた。
「あの」
「む、いかがなされた。戦士殿」
「シロネンさんは、なぜ私と会話できるのでしょう」
「おお! これは不作法でしたな」
シロネンは目尻に皺を寄せて笑った。
「では」
血管の太く浮き出た腕を掲げ、牛力車からの景色をなぞるようにする。
「神殿へ向かう間に、このシロネンが我らの大地アンガラについて、戦士殿に説明申し上げることといたしましょう」