表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

アンガラ/オルドービス層(1)

 


 その少女は笑った。ヒトと母星(ははぼし)のこれまでとこれからを見透かして、その少女は笑ったのだ。さあ、約束を果たす時が来た。


 

 


「ようこそ。ようこそ」


「・・…・…・・・・」


「…・…・…・・…」


「・…・…・…・・・…・」


「・・」


「聞こえていますか? 聞こえていますか?」


「…・・…・」


「我々は・と定められています。あなたも・と定めたいのですが」


「・・・…・…」


「我々は神と定められています。あなたも神と定めたいのですが」


「…・」


「残念ですがあなたは失敗作(カラブリアン)と定められました。・…・・…・・」


「…・…」


「さようなら」



 暗転と閃光、そして落着。あなたは瞼を持ち上げた。


 いや、違う。「あなた」は相手を指していう人間の――それもごく限られた島の中だけで使われる言葉だったはずだ。ホモ・サピエンス・サピエンスと呼ばれる種の肉体を持ち、確かに今ここにいる自分のことを同じ言語でいうなら「わたし」が適当だろう。わたしが瞼を持ち上げたのだ。私が。


 私は立ち上がり、首の動きで周囲を見回した。


 暗い。とても暗いが、真っ暗闇ではない。四方の床や壁を、薄黄色に輝く微細な筋が植物の根のように這っているからだ。足裏の感覚が教えるところによれば、この閉鎖された空間は削り出した岩石を組んで造られている。


 私の手足はすらりと長く、血色が悪かった。そして、服を着ていないにもかかわらず、自分の生殖能力が判別できなかった。付いているべきものも、空いているべきものも無いのである。


 いや、違う。そもそも、その「もの」とは何だったか。「服」とはどこで獲得した概念だったか。自分はどこから来た誰なのか……。掘った先の石に突き当たり、私はそれ以上の追憶を諦めた。まずはこの石室から出てみたい。


 壁の一部に、根っことは質の異なる光があった。石と石のわずかな隙間から、外界の光が風と共に入り込んでいる。覗き込み、目が慣れるのを待つと、ごく小さい視野でふたつの青が鮮やかに揺れた。またも出どころの分からない概念だったが、水平線、とすぐに理解した。しかし、この壁の先に地面はなさそうだ。


 私は反対側の壁を探ってみることにした。すると、間もなく扉と思しき構造が手指に触れた。あっけない。閉じ込められているわけではなかったらしい。


 木製の扉の先には、狭く短い通路が続いていた。空気が雑多な匂いと熱を持ちつつある。光の根っこはここにも脈打っていたが、通路の終わりへ近づくに従って輝きを弱めていた。かわりに、その終点で四角く、またぞろ異質な光が待ち受けていた。


 出てみたい。外の世界へ。私は、拡大する光の中へ踏み込んでいった。


「おお」


「おお」


「おお、おお!」


 目が眩む間に、数多の声が前方で湧き起こった。


「お出でになったぞ!」


「神託の通りだ……」


「戦士様がお生まれになってくれて!」


「アステル、マヤ、カァシュ、お前たちはアーキア様のもとへ走るのだ! 再臨の宴(シペ・パテカ)の夜が来る!」


 知らない音、意味の不明な言語が飛び交っている。網膜が機能し始めると、眼下にひれ伏す数百人の老若男女が視界を埋めた。石壁の向こうには青い空と海が広がっていたというのに、辺りはいちめん日暮れのように見え、網膜を刺激したのはずらりと並んで灯された松明(たいまつ)であることが分かった。突如開けた世界に戸惑い、何もできずに無意識の涙を流していると、ひとりの大男がこちらの足もとへ続く石段の前まで歩み出で、膝をついた。


「麗しく、勇ましき戦士殿どのにおかれましては、よくぞ、よくぞ、我らの地へ現れてくださいました。私は、代々このアンガラを護りしトシ族族長が子、シロネン・テオヤオムクイであります」


 なぜか、結髪の大男「シロネン」の発する言葉だけは理解することができた。


「お待ち申し上げておりました。300年の……世代を我らは重ね……お待ち申し上げておりました……」


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ