アンガラ/オルドービス層(1)
その少女は笑った。ヒトと母星のこれまでとこれからを見透かして、その少女は笑ったのだ。さあ、約束を果たす時が来た。
「ようこそ。ようこそ」
「・・…・…・・・・」
「…・…・…・・…」
「・…・…・…・・・…・」
「・・」
「聞こえていますか? 聞こえていますか?」
「…・・…・」
「我々は・と定められています。あなたも・と定めたいのですが」
「・・・…・…」
「我々は神と定められています。あなたも神と定めたいのですが」
「…・」
「残念ですがあなたは失敗作と定められました。・…・・…・・」
「…・…」
「さようなら」
暗転と閃光、そして落着。あなたは瞼を持ち上げた。
いや、違う。「あなた」は相手を指していう人間の――それもごく限られた島の中だけで使われる言葉だったはずだ。ホモ・サピエンス・サピエンスと呼ばれる種の肉体を持ち、確かに今ここにいる自分のことを同じ言語でいうなら「わたし」が適当だろう。わたしが瞼を持ち上げたのだ。私が。
私は立ち上がり、首の動きで周囲を見回した。
暗い。とても暗いが、真っ暗闇ではない。四方の床や壁を、薄黄色に輝く微細な筋が植物の根のように這っているからだ。足裏の感覚が教えるところによれば、この閉鎖された空間は削り出した岩石を組んで造られている。
私の手足はすらりと長く、血色が悪かった。そして、服を着ていないにもかかわらず、自分の生殖能力が判別できなかった。付いているべきものも、空いているべきものも無いのである。
いや、違う。そもそも、その「もの」とは何だったか。「服」とはどこで獲得した概念だったか。自分はどこから来た誰なのか……。掘った先の石に突き当たり、私はそれ以上の追憶を諦めた。まずはこの石室から出てみたい。
壁の一部に、根っことは質の異なる光があった。石と石のわずかな隙間から、外界の光が風と共に入り込んでいる。覗き込み、目が慣れるのを待つと、ごく小さい視野でふたつの青が鮮やかに揺れた。またも出どころの分からない概念だったが、水平線、とすぐに理解した。しかし、この壁の先に地面はなさそうだ。
私は反対側の壁を探ってみることにした。すると、間もなく扉と思しき構造が手指に触れた。あっけない。閉じ込められているわけではなかったらしい。
木製の扉の先には、狭く短い通路が続いていた。空気が雑多な匂いと熱を持ちつつある。光の根っこはここにも脈打っていたが、通路の終わりへ近づくに従って輝きを弱めていた。かわりに、その終点で四角く、またぞろ異質な光が待ち受けていた。
出てみたい。外の世界へ。私は、拡大する光の中へ踏み込んでいった。
「おお」
「おお」
「おお、おお!」
目が眩む間に、数多の声が前方で湧き起こった。
「お出でになったぞ!」
「神託の通りだ……」
「戦士様がお生まれになってくれて!」
「アステル、マヤ、カァシュ、お前たちはアーキア様のもとへ走るのだ! 再臨の宴の夜が来る!」
知らない音、意味の不明な言語が飛び交っている。網膜が機能し始めると、眼下にひれ伏す数百人の老若男女が視界を埋めた。石壁の向こうには青い空と海が広がっていたというのに、辺りはいちめん日暮れのように見え、網膜を刺激したのはずらりと並んで灯された松明であることが分かった。突如開けた世界に戸惑い、何もできずに無意識の涙を流していると、ひとりの大男がこちらの足もとへ続く石段の前まで歩み出で、膝をついた。
「麗しく、勇ましき戦士殿におかれましては、よくぞ、よくぞ、我らの地へ現れてくださいました。私は、代々このアンガラを護りしトシ族族長が子、シロネン・テオヤオムクイであります」
なぜか、結髪の大男「シロネン」の発する言葉だけは理解することができた。
「お待ち申し上げておりました。300年の……世代を我らは重ね……お待ち申し上げておりました……」