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欲望1 イワン


 私ことイワン・ノヴァクが最初に殺人を犯したのは幼稚園でのことだ。

 チープなオモチャが好きだった。振ったり回したりすると形が変わる日本製のオモチャ。

 私はそれを握りしめて幼稚園の片隅、他の園児たちが走り回るのを眺めながら黙々と遊んでいた。

 “よお、イワン”そう云ってオモチャをいじめっ子が横からとってしまった。


 ――今考えれば、この彼はオモチャが欲しかったのではなく、私に遊んでほしかったのだろう――


 私はオモチャが取られるのが嫌だった。返してと叫んでも彼は笑うだけ。私は足元に落ちていたワインの空きビンを拾った。


 緑色に光るこれと交換してくれ、と云おうと思っていた。だが彼は怯えていた。


 そうか、これで殴ると思っているようだ。その発想は無かったが、彼は私にオモチャを返した。


 ――なぜビンなんて落ちていたんだろう? 飲んだ大人が捨てて行ったから。シンプルな回答だ。私に使って欲しくて捨てたんだろう――


 オモチャを受け取り、ビンまで私が持っていては悪いので、このキレイなビンをいじめっ子の彼に渡そうと思った。

「叩くなよ、叩かないでよ!」

 ああ、そんなに遠慮して。気にしないでいいんだよ。これは君の分だから。今、君と遊んであげるよ。

 私はワインのビンで彼の側頭部を捉えた。


 メジャーリーガーのスイングを真似てみたら、ビンは割れずに彼の頭から血が噴き出た。彼が泣きだして叫ぼうとしたのでその口にワインのビンを押し込んだ。


 ――子供の泣き声はこの頃から嫌いだった。両親が私にそうしたように泣き叫ぶ子供の口はこうやって閉じるものだ――


 口をふさがれながらももがき、私が放す気が無いことを読み取ったか、彼は半ズボンのポケットから飴を取り出そうとしていた。

 どっちの意味だろう。飴をやるからもっと遊んでくれという意味かな? 怖いから側にいてくれという意味だろうか?

 どちらにしても、彼に付き合ってやろうと思った。私は今度はセリエAの選手の真似をして、彼の後頭部を蹴り飛ばした。

 彼の顔面は幼稚園の壁に叩きつけられ、その衝撃でワインのビンが割れ、“中身”が飛び散って真っ赤になって、彼は動かなくなった。


 ――ここで快楽殺人鬼なら出しているところだろうが私は当時五歳。できるわけがない。人生初の立ち上がりにどうしていいのかわからなかったことは事実だが――


「ごめんね、もっと遊んで欲しかったよね……」

 そのあとのことは覚えていないが、推測するに事故ということで落ち着いたようだった。

 大人たちが気付かなかったのか、気付かなかったふりをしたのかはわからないが、とにかく事故で終わった。それで終了。

 それからは一〇年くらい殺人をする機会がなく慢性化した退屈が煩わしくなっていた頃。

 高校生になってから家出をしたガールフレンドが一日の宿を求めてきた。

 当時、親元から離れ一人暮らしをしていた私に彼女が服を脱ぎながら云った。“初めてなんだ”と赤面しながら。

 私は我慢できなくなった。経験人数のことだとすぐにわかったからだ。私は素直に“幼稚園の頃にひとり”と答え、裸になってくれた彼女を一晩可愛がった。


 ――今になって思うが殺されるのが初めて、というのは至極全うだと思う。女の話というのはわからないものだ――


 死体の片付けに困った。

 死んでしまった彼女には興味が無い。邪魔だ。これから腐るだろうし。

 犯罪者や変質者はこの死体を片付けるスリルを味わうのかも知れないが、私は真っ当な若者だった。

 人殺しを趣味だが、死体の片付けは気味が悪い。汚らわしい。当たり前だ。

 そんなことを考えているとアパートの下階別室から悲鳴が上がり、反射的に私はそちらへ向かった。


 ――そこには無数のモンスターたち。それに相対するのは樹齢千年の大木のように悠然と立つ怪物を超えた怪物――


 私はそんな怪物を見て、昨日、彼女にあれだけ相手をしてもらったというのに、一〇年ぶりに満足をした直後だったというのに、全身のありもしない傷跡をなぞるような衝動が襲ってきた。

 既にさっき殺してあげた彼女のことは頭になかった。


 ――ラオコーンとのと出会いだった。殺して欲しい、この人と殺し合いたい。髭の先から爪の垢まで味わい尽くして、そして私のことを骨の髄まですり潰してほしい――


「ラオさんよ! この数はちょっと想定外じゃねーか!? 四十匹くらいいねーか!」

「四捨五入すればゼロじゃろ。気にするな」

「十の位で四捨五入しないでください! ひとりノルマ五匹以上ですよ」

「儂がひとりで四捨五入してやる……そう云ってるんだ」

 素手のラオコーンは、重火器を携えた手下と思われる男たちに指示を下してからは、圧倒的な戦闘力を発揮していた。

 昨夜、満足したはずの私はこの老人を求めて自制が利かなくなっていた。出したい、出したい、出したい、出したい、昨日出し尽くしたと思っていた衝動が下半身から脳天まで突き抜けた。

 そのとき、一体の昆虫人間(インセイヴァー)が私に向かってきた。

 “逃げろ!死ぬぞガキ!”ラオコーンの部下の一人が叫ぶが私には届かない。とりあえずはこいつでいい、こいつに出してやる、私の熱いのを、頭からたっぷりと浴びせてやる。

 確信的に私の手の中に現れていた一本の大刀、そして切っ先から滴るように落ちた炎は、昆虫人間を優しく包み込み、叩きつけるような熱量を叩きつけた。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。不衛生な死体は消し炭すら残さない、ただ絶叫と絶望だけが残る。最高の形の愛し方が、発現していた。

 後に聞いた話では、B型のビルドは、A型のアナグラムよりも本人の思想・資質を色濃く受け継ぐということだった。

「あいつ、ジンキホルダー……だったのかッ!?」

「拾ってみるか、一匹」




 それから数年、人生で最も充実した時間がそこに有ったように思う。私の能力、 太陽の贈り物(ゾンネ・ギフト)|を使いこなすことができた。

 インセイヴァーや敵対するジンキホルダーと戦い、後片付けも考えずに殺していく。相手を選ばなければいくらでも殺していい。

 だが、違う。本当に殺したいのはこんな不細工どもじゃない。私が求めているのはラオコーンだ。

 “いつでも殺しに来い。儂を殺した奴が世界を征服すればいい。白いカラスを探すのは自由だ”

 全ての(じぶんいがい)(よわ)い。確信と自信溢れるラオコーンは当然のように私の挑戦を受け、そして私は惨敗した。

 普段、他の部下からの下剋上(ちょうせん)には無邪気なまでの笑顔で応じていたが、私との戦闘(いとなみ)に限り、ひどく不愉快そうだった。

 私の炎を義務的に防御し、私への攻撃も汚いものにするように足技だけ。ハイキック一発で沈めてきた。

 “出て行け。儂の手駒にお前のような奴は要らん”

 “何が気に食わなかったんですか?”

 “儂を倒したあとのことを考えていない奴と戦ってもつまらん。儂と心中するような戦い方をする奴は特に、な”


 ――ヘタクソ。そういわれた気がした。私のテクニックでは彼は満足しない。私を殺せるというのに、彼は何も感じていない――


 私はKOBを脱退して腕を磨いた。

 クザン一門、インセイヴァー、マシンハートにオルタナティブ、UHS、無所属の強者……無数に戦い、焼き尽くし、時には敗れた。

 もっとだ、もっと経験を積まないと。あの老人を足腰が立たなくなるまでにするにはまだ足りない。ラオコーンを思うといつも衝動が襲う。我慢できなくなって一般人を襲うことも増えていた。

「鍵出すよ」

「いいさ、私のはすぐ出せるから」

 表札を見ると関さんというらしい。

 若々しい幸せそうな夫婦。私は深く考えずに家の裏手に回って家の中を覗き見た。つぼみをつけた花木が植えられた庭からも幸せが伝わってくる。殺しやすそうだ。楽しみだな。

「蒼子、私はなにをしてればいいかな」

「お風呂出してもらっていい、洗ってあるから……」

 炎を遠隔操作してチャイムを押す。ドアに向かったのは旦那の方。じゃあ殺すのは奥さんの方にするか。

 一度に二人を殺すのは相手に失礼だ。三Pで興奮するのはあくまでも私だけ、相手は一人ずつ。それがマナーというものだろう。

 窓を炎で溶かし、瞬時に家を炎に包む。旦那の方はこれで外に出るだろう。

 ゾンネ・ギフトを一閃して窓を破り、一瞬迷ったが靴のままで入った。日本のマナーでは靴を脱ぐんだったか?

 恐怖と混乱が奥様の表情に浮かぶが、私もサディストではないし泣き叫ばれるのは鬱陶しい。私は静かに奥さんの喉元に手を添えた。

 首を折ろうという所で旦那さんが戻って来た。炎の中をご苦労なことだ。そんなに私に殺してほしいのか?

「お前……何をしているんだ!」

「やあ、お邪魔してますよ。でも、あなたは邪魔しないで下さいね。私のお楽しみ中だ」

 そこから椅子を持って殴り掛かってきた彼の瞳はひどく不愉快だった。

 一番嫌いな色。何かを守ろうとするときに見せる色。獣や無作法者に見られる色。

 私が思うに、殺人とは最高の文化活動のひとつだ。殺人を娯楽とする生き物は人類以外ではイルカや猿、カラスなど極めて知能の高い動物に限られる。

 食料や生殖活動のために殺しあう畜生たちとは違う。人間の文明と知性の発露、それが殺人。

 しかし、この男の目の輝きは酷く苛立つ。動物や昆虫も行う行動。腹立たしい。

「……関くん、ごめんね……」

「何を云っているんだ、何をぉお!」

 この旦那さん、本当に馬鹿だ。

 奥さんの言葉の意味を全く理解していない。彼女が何を云おうとしているのか。

 強い女性だ。旦那さんではなく、こちらの奥さんを選んでよかった。手にジワリと力を込め、私は首をねじ折った。最高の感触の余韻に浸る。

 気分が良い。私は快楽の中、旦那さんの耳元に唇を添える。

「なぜ殺人が罪なのか、知っていますか? それはね……」

 炎の音にかき消されたかもしれないが、まあいいだろう。

「蒼子……ごめんな、ごめんな……」

 私が投げ捨てた死体にむせび泣く旦那。男がする行動か、それが……。







 廃ビルの屋上、私の意識は回復した。

 時間にして、というほどでもないほど短い時間の意識の暗転。走馬灯のように駆け抜けた過去。

 私は謎の衝撃を受けたがショックで吹き飛ばされ、頭を打っていた。

 その間に致命的な隙ができたが、視線の先、ヘルメットの割れた防火スーツの男が倒れていたことで状況を察した。

 攻撃を受けた段階でトドメを打たれていたらそこで終わっていた。

 だが、攻撃を受けたとき、私は反射的に刀を振るったことで相手にもダメージを与えていた。

 相手の回復も、ほぼ同時だったようで起き上がってきている。

「やはり簡単には殺せないな、ノヴァク」

 ヘルメットの割れ目から覗く顔には覚えがある。間違いなく先ほど見た夢の中の中の旦那、関さんだ。

 以前、氷のジンキホルダーとの殺し合いのときに邪魔しにも来た。

 ……だが別人だ。顔も体型も気配もすべて同じ別人だ。

「誰ですか、あなたは? 関さんでは……ありえない。誰だ、あなたは誰ですか?」

 屋上に風が吹き、金網がガチャガチャと鳴るのをBGMに目の前の男は笑う。その目に文化的なまでの強烈な殺人の色を浮かべながら。


別に読み飛ばしても問題ない設定資料



キャラクター設定

名前:イワン・ノヴァク

年齢:31歳

身長:178センチ 体重:79キロ

:殺人衝動を持つ殺人鬼。一般人を無差別に“殺したくなったから”という理由から殺傷する危険な男。

 以前はKOBに所属していたが、脱退。

 炎を操作生成する大剣というのは彼自身の『強い相手を殺したいが、死体は清潔に焼き尽くしたい』という性癖を反映しいる。

 炎を止めることが出来るのはイワンの捻じれた心だけだ。

 また、ゾンネ・ギフトは太陽の贈り物とイワン自身は呼んでいるが実際の意味は太陽毒。ちなみに童貞。

:ジンキ名・『ゾンネ・ギフト』(血液型BO)

 身の丈ほどもある両刃の長剣。内部から常に放熱しており、熱カッターとしての使い方もできる。

 通常の使い方をしてもジンキ特有の高い強度と切れ味から極めて高い攻撃力を持つ。

 B型ジンキは、ほとんどが出し入れ自在なので不要では有るが、多くの剣の能力は鞘と共に実体化される。

 しかし、このゾンネギフトには鞘が無く、発現後は向き身の刃を晒し続けるなど、イワンのストッパーの未定を現している。

 業火を生み出して操作できるが、発現しているのはただの炎であるため、 

:キャラクターモチーフは、ギュスターヴ・モローの『オイディプスとスフィンクス』。

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