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絶望1 輝石

リメイクなのにこの加筆の多さがなんなのコレ。

全五話くらい予定。


 私こと関輝石セキキセキの日曜日は、大多数の日本人と同じく休日だ。

 今日は良い日曜日だった。日曜日も好きだが明日の月曜日も好きだ。

 週末を妻と過ごし、そして送り出してもらう朝の空気が気に入っている。

「鍵出すね」

「いいさ、私のはすぐ出せるから」

 空色の軽自動車から一週間分の食料を下ろして笑いあう。私と最愛の人は“理不尽”という言葉の意味を知らないまま大人になったのだと思う。

 何が起きるか分からないのが人生、人間は必ず死ぬものだと納得しているつもりだ。

 猛練習をした高校野球は地方予選を突破できなかったが青春とはそういうものだし、大学試験日に風邪をひいて行けるだろうと云われていた本命大学に落ちたが、

 その学校でも必要な資格は一通り取れたし、私が就職をした二流企業でも食っていくには困らず、理不尽ではない。

 人生、楽しいことばっかりじゃないが、それがまた味だ。

「蒼子、私はなにをしてればいいかな」

「お風呂出してもらっていい、洗ってあるから……」

 妻の蒼子が続けようとしたとき、チャイムが鳴った。

 来客の予定はないが、私は心当たりを思い出しながら玄関へと向かう。

 宅配便は頼んでいないし、仕事なら電話が先に来るだろう、不思議に思いながらもごく短い廊下の先、ドアを開けたとき。

「……アレ? 蒼子ー、誰も居ないぞー……?」

 音もなく背中が火照り、振り返ると目が眩んだ。

 台所から火が床を舐めるように広がり、天井まで炎上している!

「火事っ、蒼子! どうしたっ?」

 咄嗟にスリッパを脱ぎすてて台所へ戻る。床が燃えているんだからスリッパは脱がない方が良かったが頭が真っ白になっていた。蒼子は台所にいたはずだ。あそこからなら窓が近くにある。 ほんの数メートルだが、靴下が焦げて破けた皮膚から染み出た血が熱に消えるような高熱の中、私は台所に帰って来た。

 そこは既にCGのように現実感のないまでの炎に包まれていた。

 だがしかし、それ以上に私に衝撃を与えたのは台所に戻ってからの光景だった。突然現れた“謎の男”のことだった。

 謎の男と云うのは見知らぬ男であること以上に、その姿がそう認識させていた。

 炎の中でもススやホコリの全く付いていない真っ白のスーツ、一目で欧米人と分かる曇りのない肌と端正な顔立ち。炎の青さを持つ瞳は冷笑とも嘲笑とも見える揺らめきを湛えている。

 その男が片手で軽々と妻を持ち上げている。非現実的な世界観でも夢ではないことは分かる。非現実的すぎるからだ。

「セキくん……逃げて……」

 妻は私を“セキくん”と苗字で呼ぶ。私の名前がセキ・キセキと同じ音が重なることが理由だが、結婚して妻も同姓になってからはいつも云い直すように伝えている呼び方。

 それでも、彼女に苗字を呼ばれる度に安らいでいることに気が付いた。

 熱気の中、首を支点に釣り上げられても私を案じる妻を見て、その声に僅かながら緊張が解れる実感と共に。

「お前……何をしているんだ!」

「やあ、お邪魔してますよ。でも、あなたは邪魔しないで下さいね。私のお楽しみ中だ」

 妻の全てが私の細胞に勇気を与えてくれるのを実感する。手近にあった椅子を持ち上げる。

 木でできている背もたれの部分は燃えだしているが、鉄が露出した足の部分は持つことが出来る。伝道熱で掌が溶けるような痛みが有ったが、炎よりも熱い意志がある。

 彼女を助け出すという意思が私の中に輝いているのを感じ、椅子を男に向けて振り下ろす。

 だがしかし、椅子は届くことなく、私は両足と腹部に激痛を催した。

「う、ああああっ!?」

「邪魔をするなと云っているのに……」

 いつの間にか、男の空いていたはずの手元には妻の身長と同じくらいの剣が出現している、そして私の両足は消失、あるいは焼失している。

 傷口から血は出ない、焦げて炭化しているからだろうか。

 痛みは出てくる。想像を絶するというほどではない、だからこそ辛い。気が狂いそうになる。

「せ、き、く……」

 燃え盛る炎の中、彼女は細い首を絞めつけられながらも案じてくれる、悲壮な中でも私の体は動けなくなった。

 これは理不尽だ。最愛の人がこんな目に有っても動けない、殺されそうになるのは理不尽だ。

「……関くん、ごめんね……」

「愛ですねぇ。こういう状況で。こういうことを云えるっていう」

 何を謝っているんだ。いつも君が居た。

 野球で負けたときも学校に落ちたときも、全ての挫折も失敗も受け入れられたのは君が居て云ってくれたからだ。

 そんな感情を飲み込むように、“男”は笑いながら彼女の首に指を捩じ込み、圧し折った。

「……まあ、えっと……申し訳ない、なにか気の利いたことを云う場面なのでしょうが……アドリブに弱いもので……」

 彼女が死んだ。殺された。なんでなんで?なんでなんでなんんんでなんでだぁ。

 興奮し絶叫する私を、その男はひどく冷たい目で見降ろした。

「――なぜ殺人が罪なのか、知っていますか? それはね……」

 その耳打ちは、ゴウゴウと息吹く業火の中でも鋭利な氷柱のように脳裏へ刻印された。

 云い終わると、その男は彼女を火へ投げ捨てて悠々と玄関へと向かっていく。

フロアマットは油でも染み込んであるのかというほどに炎上しているが、その男は何事もないように炎の中を歩いていく。

 私は重い体を這いずって投げ捨てられた彼女の元へと急ぐ。もう何も考えられない。自分がどうすべきなのか、どうなるのか。

「蒼子……ごめんな、ごめんな……」

 彼女を抱きしめながら、私の意識が遠退いていく。

 理不尽だ。なんでこんなことになるんだ。何を呪えばいい、何を思えばいい。私はどうすればいい。

「このままじゃ、このままじゃ終わるのか、これ、なんなんだよ」

「――教えてほしいのか?」

 厳格にしては異様な威容。いつの間にか現れていた大男。年齢でいえば老人というべきだが、天井まで届きそうな身長、どこを比べても私の三倍の太さがある鍛え抜かれた体格。

 炎に照らされたその顔には髭が蓄えられ、闇のように澄んだ笑みを携えている。

「誰だ、あんた……」

「ほお、儂の名を聞くか? 儂の名はラオコーン、ラオコーン・ギニヴガング。世界の初代征服者となる男じゃあ!」

 意味はまったく分からないが、本気で云っているのは分かったところで――私の意識は無くなった。





 次に意識を取り戻すと、自分がなぜ生きているのかも理解できないまま、視界にはくすんだ白い天井と日本人ではない少女が居た。

 ここが病室なのはなんとなくわかったが、どうして病室に居るのかが分からなかった。

 少女の方は持っていた漫画本を置き、人懐っこい笑顔を浮かべて元気よく口を開いた。

「おはよう。関輝石さん、だよね。どっか痛くない?」

「痛くは……ない」

「手当てをしたからね。傷を治せる魔法が使えるから。それを使ったんだよ」

 切断されたはずの両足は不自然なほどに自然に生えていた。

 喜ぶところなんだろうな、と理性が告げるが、今の私にとって足の有無なんて興味が無い。これからひとりで生きていき、ひとりで死んでいくという事実に比べれば。

 あの男に襲われる前までは確かにあった希望も不安も、全て私の中には残っていない。どうだっていい。

「――もうちょっと質問とか無いの? “魔法って何だい?”とかさ」

「……悪いんだけど、ごめん、何をしたら良いのか……何を思えばいいのか……分からないんだ」

「悩んだら世界征服に決まっている!」

 ドアを蹴り破り、勢いよく入って来たのは先ほど炎の中に現れた大男。

 マントを翻し、両手には輝く指輪が綺羅星のごとく光る。高笑いを上げるその男は非現実的なまでの存在感を持っていたが、その手にはカラフルなオレンジ、バナナ、ブドウ、メロンを持っている。

 老鉄人は受け取れと手でジェスチャーし、少女はバナナを、私は仕方なくブドウを受け取る。

 どうリアクションを取れば分からなかった。少女は“ラオコーン様、カッコいいです!”とニコニコしながらバナナを頬張り、当のラオコーンは私のリアクションを待ち、私が何もしないので気分も悪そうに床に座った。

 老人の座高が高すぎるため、床に座ってもベッドに座っている私と目線が合っているため、遠近感が狂う。

「食べながら話していいか?」

 ラオコーンは手慣れた様子でメロンに指を差し込み、ミカンやオレンジ類をそうするように皮を剥き、丸かじりにしていく。

「キサマの女を殺したのはイワン・ノヴァク。元々は儂の世界征服の手駒だったが裏切った」

「そうですか」

「そうだ」

「……」

「……」

「……」

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 …………………………。

 沈黙に耐え切れず、少女が口を開いた。

「私の名前はアイヴィス・ド・ドリア! 日本の人は“ドドリアさん!”て呼びたがるけど、なんとなくムカつくから呼ばないで!

 こっちはラオコーン・ギニヴガング様! ふたりともジンキホルダーっていう超能力者!

 この超能力で魔法が使えるようになるわ、で、お兄さんの奥さんを殺したのもホルダー、その名はイワン・ノヴァク!

 お兄さんも、さっきの炎の中でホルダーとして覚醒しているはずよ!」

「そうですか」

「そうだ」

「……」

「……」

「……って、黙まんなぁあああ!! 重い! 空気が! 重すぎる!」

「ごめん、アイヴィス。私は……その、どうしていいか、わからないんだ」

「分からない?」

「超能力とか魔法とか……このあと、どこで誰が何をしても……多分、どうでもいいんだと思う」

 少女ことアイヴィスは口を紡いだ。

 困らせてしまったかな。だが今度は沈黙にはならない。ラオコーンが髭を揺らす番だ。

「ノヴァクがなぜキサマの妻を殺したか、分かるか?」

 ……なぜ、妻は殺されたのか……?

 考えても見なかった。考えようとするほど頭が動いていなかった。

「分かりません」

「殺人はヤツの趣味だ。休日にドライブをしたり、将棋仲間の家に遊びに行ったりするのと同じに、な。ストレスの発散」

 ――心の琴線に引っかかった。

 音がする。空っぽの私の中に響く。感情が戻って来たんじゃない、生まれて始めての感情だ。

「そいつは……ノヴァクって男は……俺と蒼子の幸せを壊しておいて……今も笑っているのか?」

 私の口は考えるより先に動いていた。趣味ってどういう意味だっけ、理由ってなんだっけ?

 ラオコーンとアイヴィスは肯定の表情を浮かべている。アイヴィスは言葉を持っていないという様子だが、ラオコーンは迷わずに言葉を持っている。

「趣味だ。できるのならば他人のものを奪い取っても良い。 それを世界は力と呼ぶ。力が有る奴が無い奴を虐げる。それを節理と世間では呼ぶ」

「理不尽じゃないか! そんなの!

 弱くちゃ、弱くちゃ幸せになっちゃいけないのかよ! 俺たちが何をしたっていうんだよ!」

 気付けば私はラオコーンの胸倉を掴みかかり、殴り飛ばされていた。

 ラオコーンに、ではない。アイヴィスに、だ。

「甘えないで! 死にたいの!」

 一瞬だけ分からなかったが、一瞬で理解した。

 ラオコーンの鍛え抜かれたパンチは簡単に私を砕けただろうし、私が殴り掛かれば手加減なんてせずに殴り返すだろう。

 アイヴィスは私がラオコーンを殴る前に私を殴り飛ばして庇ってくれたと気付くが私の中にあるこれはどうすればいい。名前もわからない黒い空間。

 ブラックホールのような何かが俺を吸い込もうとしている。

「――爆発する一瞬へ果てしなく膨張を続け何もかも飲み込む。その心の動きの名前を教えてやろうか? 若造」

「……教えてください」

 ニヤリ、と髭が動いた。

「最も非生産的でありながら最も世界を発展させた、それは憎悪だ。この物質世界で石油・原子力に並ぶエネルギー源のひとつだな」

「ノヴァクを殺せるなら何も要らない、奴の居場所を教えてくれ」

「居場所だけじゃダメ! 絶対返り討ち! あなたはまず、自分のジンキを確認!」

 ジンキ? 意味は分からないが理解した。先ほどから憎悪のお蔭で頭が回るようになっている。

 自分の中で新しい何かが生まれている。憎悪以外にあるエネルギー。直感的に理解できる。これが私の復讐のための最大の道具だ。

 高校生の頃、予知のような幻覚を感じることが有ったが、あれとは違う感覚で、使い方がわかる。

「……見ていてください」

 ぶるぶるとさっき渡されたブドウが震えた。

 服を捨てるように、脱皮するように、ブドウの実から紫の皮が剥げ落ち、緑色の実が露出した。

 それはブドウの全ての実で同時に起こり、一房のブドウがマスカットのように緑色になるのに、大した時間は要らなかった。

 それを見たアイヴィスはただでさえ大きい目を更に大きくして喜んだ。

 ラオコーンはといえば、ブドウを無言で奪い取って口に入れ、房だけキレイに吐き出して見せる。

「すごい! 初めてでこんな細かい作業をするなんて!」

「キサマ、血液型はAだな。アナグラムと呼ばれる能力。キーワードに沿った魔法が使える系統だ」

「キーワード?」

「両手に書いてある、漢字二文字だ」

 ふと気が付くと、アイヴィスが私の両手を見て、笑顔のまま凍り付いていた。

 何かが変だ。それはわかる。

 私は両手に出現している奇妙な刻印に目を落とす。それは漢字には見えなかったが意味は読めた。

「若造、キサマの能力を一言で説明してみろ」

「右手が“皮”で左手が“剥”。能力は二文字合わせて皮が向ける。野菜でも果物でも。触れて念じればなんでも剥ける」

「……壁を破壊したり、人間を弾き飛ばすことは出来ないんだな?」

「できそうにありませんね」

 ここに来て初めてラオコーンの表情が明確に変わった。

 ブドウが不味かったのか、不愉快そうな笑い……苦笑だった。

「……アイヴィス、お前に預ける。適当にやってくれ」

「ちょ、え、ラオコーン様ぁ~~~!?」

 ラオコーンはそれ以上喋らず、さっきまで靡いていたマントを引きずりながら静かに出て行った。

「……もしかして、私の能力って……使えない?」

 沈痛そうな面持ちでアイヴィスはうなずいた。理不尽という言葉をよく使う日だ。



別に読まなくて良い設定資料


【KOB】

:表向きは宇宙規模での多角的活動をする大企業。

 “人類以外の敵やジンキホルダーたちを倒した後の世界”に目を向けている集団であり、筆頭のラオコーンは“世界征服”を標榜している。

 悪の集団だが、“これから征服して自分のものになる世界を破壊してどうする!”という主張から、大規模破壊や大規模殺人には消極的。

 その性質から、世界の均衡を保とうとする派閥とは敵対してはいるが、他の裏世界で暗躍する秘密組織や企業の中では優先順位が低いものとして扱われている。

 しかし、その動機からメンバーの多くが武闘派であり、ラオコーンを中心として高い結束を持つ。

 構成員は“ラオコーンを王にしよう!”とするラオコーン派、“途中でラオコーンを裏切って世界を横取り”の下克上派に分かれる。

 しかし、それもほとんどのメンバーが秘密にしておらず、表立って『ラオコーンをぶっ殺す!』というタイプが圧倒的に多い。

 番長連合か何かである。青春し過ぎ。


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