安城愛子の場合
私は完璧な人間である。
容姿端麗、頭脳明晰、文武両道
更には人当たりもよく、友人も多い、
なんて言うと人からはさぞ頭が残念な方だと誤解されるかもしれないが、事実なので仕方がない。
家の外に一歩も出れば、優等生の仮面を被らなければならない私にとって
ストレスが溜まるのは当然の事。
彼氏なんて作ろうものなら、今の地位は無くなってしまう。
あくまでも外の私は誰にも縛られずにいたいのだ。
まあ、好きな人はいるけど。
こんな神に愛されて生まれた子としか言い様のない私、安城愛子には秘書的な存在が必要であると
子供の頃から感じていた。
何でも私の言う事を迅速に正確に聞く
つまりは私より後に生まれた子、弟もしくは妹がそのポジションにつくべきではないかと。
幸い、私には妹がいる。
しかし、私の悩みの種でもあった。
眼鏡をかけ、いつもうつむき加減の奴は
たまに顔を上げたかと思ったら憂いた表情をする。
何がそんなに楽しくないのか。
私に服従さえすれば、大きな存在に仕う喜びが毎日それも一生涯味わえると言うのに。
そもそもお願いのどこがいけないのか。
後に生まれて来やがったのだから、先に生まれた者に対してそれ相応の敬意を示すべきであるのに。
その、敬意こそが行動で示さなければならない。
私より早く起きて私専用の朝食を作り、次に上達を量るための私からの小言を承り
私の今日のプランを一部始終聞き、それについての感想及び称賛を述べ
同じ高校まで通うも、私の半歩前で歩き
私に降りかかるであろう災難を妹が身代わりとなる。
昼食はいつもの場所に私よりも10分前に着き
それなりの快適な用意をし、私の半日をただ黙って聞く。
これだけやってようやく半人前と言えるはずなのにも関わらず奴は素振りすら見せない。
妹という役職をなんだと感じているの。
でもね、今回の私は違う。
高校3年を迎えた私は最後の高校生活こそ
妹を支配し、完全なる幕引きで終わらせる。
そのためにはどんな手段も構わない。
目的を達成するためなら、犠牲だって必要。
そんな事を考えながら、いつもの様に学校へ向かおうとした。
その時だった、足音から察するに忌まわしき奴がどうやら目覚めた様で
虫酸が一気に走った。
「おはよう、何時まで寝てるの」
私がそう問いかけると奴はいつもの様に
「別に、今の時間まで寝ていても問題はない」
と無愛想に答えた。
「この前の約束を覚えてないの」
「約束をした覚えはない」
「あんたが話を聞いてないだけでしょ」
「いつも話は聞いている。これでも頑張ってる」
「頑張ってるって、ただ話を聞くだけの何を頑張るのよ。頭おかしいんじゃないの?」
「無利益な演説の様な話を私は傍らで、毎日聞かされている」
「その、無利益なって何よ」
「さっきの様な話」
なるほど、朝からイライラさせてくれるじゃないの。
このクソ女、私のありがたい話を無利益な演説の様な話?。
あんたにそれだけを理解するだけの知力がないからでしょ。
そそくさと冷蔵庫に向かい、食べ物を取ろうとする奴を制し
「ご飯なら私が温めてあげる」と平静を装って言った。
「自分で出来る」
「これぐらいならやってあげるわよ」
「あなたにやってほしくない」
「やってほしくないってどうして?」
「言う義務はない」
「じゃあ当ててあげる」
「いいからそこをどいて」
冷蔵庫の中にあるスクランブルエッグを取ろうとした奴の手をはねのけ、私は奪い取った。
「・・・返して」
「私は姉よ、言葉を選んで」
「返して」
「人の言った意味分かる?、返してくださいでしょ!」
「私とあなたはそんな関係性じゃない」
「よくそんな事が言えたわね!、妹の癖に何であんたは昔からそうやって口答えするの!」
「今のは口答えではない、要望」
「黙れ!」
興奮して怒鳴ってしまった勢いでか
私はスクランブルエッグの皿を落としてしまった。
床に瞬く間に飛び散るスクランブルエッグ。
微かに悲しみの表情を浮かべた奴は
それでも強がっているのか、いつもと変わらないトーンで
「どうしてくれるの」と問いかけてきた。
どうするも何も、私の答えはただ1つ。
「食べれば良いじゃない」
わざと落とした訳でもないし、冷蔵庫に他の料理があるわけでもない、それなら食べるしかないと言うのに
それでも奴はと来たら
「こんな物は食べれない」と言う。
私だって床に落ちたものなんか食べられたものではない。
だからこそ、目の前で人が食べる姿を見てみたい。
いびつな形へと変わり果てた、スクランブルエッグを食べる奴の姿を。
「食べなさい、勿体ないでしょ」
「食べられたものではないし、元々は」
「食え!、ならば私が食べさしてあげる!」
正直、拾うのも後込みするほどであったがこの後に見れるだろう至福の光景のためなら
こんな苦労も構わない。
「止めてよ!」
「あんたが、あんたがそうやっていつもいつも・・・」
強引に口を開こうとするが上手くいかない。
口の周りやこめかみなどに、卵を塗りたくりその不快感で開いた口に放り込もうとするも
向こうの強情な性格なためか、白い肌に黄色いパックを塗りたくっている状態になっている。
やがて私の力は奴の体をねじ伏せ、一気に体を押し倒した。
「さあ、食べろ食べろ食べろ食べろ」
私の攻撃は終わらない、言うことを聞かない子には罰を与えるべきだ。
顔を真っ赤にしながら、必死の無駄な抵抗を続ける。
いっそこのまま殺してしまおうか、そう思えてきたその時に私を現実に引き戻す出来事が起きた。
「朝から何をやってるの」
溜め息混じりに母が聞いてきた。
「また友香里が言うことを聞かないの、お母さんがせっかく作ってくれたスクランブルエッグを食べずに捨てようとしたの」
母が怪訝な顔で奴を見つめるも、呼吸を整えるのに必死で何も言い返せない。
ざまあみろ、天罰が落ちたのだ。
やはり最後に必ず正義は勝つ。
「友香里、今の話本当なの?。何で捨てようとしたのわざわざ、嫌いならそのままにしておけば良かったじゃないの」
尚も奴は乱れた息づかいをしている、すかさず私は
「お母さんがここまで聞いてくれてるのにどうして答えられないの、何か言いがたい理由でもあるの?」
決まった、私の援護射撃は母の印象に影響を与えた様で
「明日から朝食は自分で作っていきなさい、それとその汚い格好も・・・洗濯も自分でやる事ね」と冷たく母が言い放った。
決まった、家にさえ心を許せる場所がないのなら最後は私に開くしかなくなる。
外堀さえ埋めてしまえば、やがてはと
心の中で微かに笑った。
憮然とした顔で新しい制服に着替える奴を尻目に、私は清涼感と共に玄関のドアを開けた。
ここから私はまた、優等生を演じる時間が始まる。
今の私には約束された勝利がある。
それに向かって突き進むだけである。
神に愛されて生まれた子。
安城愛子の学校生活が始まる。