はじまり
西暦3000年。地球から火星に一本の長い空洞の管のようなものがつながれていた。その中は列車が走り、だれもがごく自然に乗車し、滅び行く地球から火星にと、移り行く者でいっぱいだった。
列車の中で母親は言う。
「お父さん、しばらく地球に出張だから火星の家でおとなしくしてるのよ。」
俺は今年で二十歳になるが、相変わらず母親は俺を子供扱いする。
俺と母親は出張中の親父に会うために地球にいった帰りだった。地球は危機的に温暖化が進み、ほとんどの大地が海にかわり、残り少ない大地を人々が共有していた。世界は一つの大きな大地のみになり、言語が統一し、すべてが一つになった。
「親父さぁ。地球務め三年くらいになるけど、よくあんな暑いとこいられるよね。」
「しょうがないでしょ。仕事なんだから。お前もお父さんのような、地球防衛省に入るために勉強しなくちゃだめよ。」
俺は母親に勉強しろと言われると、なぜか腹が立った。
列車は静かに高速で走り続け、窓からみえる、宇宙空間は列車のスピードで流れる彗星が線のように一直線に描かれていた。
火星は2800年以降から、地球防衛省が工事を着手し、堅い岩石の地表の上に柔らかい土を敷き植物を大量に埋め始めた。それ以前は二酸化炭素ばかりの火星も2900
年くらいには人が住めるくらいの酸素量になっていた。地球とちがうところは、地球より重力が弱く、自分の意志に反して体がふわふわとし、おぼつかないところだ。しかしそれも生活する上ではあまり影響はなかった。
人々は温暖化が進む地球に愛想をつかせ、新天地の火星に移り住んだ。しかし火星は太陽の光が届く惑星ではあるが体感温度がマイナス60度以上にもなり人間の体が耐えられない部分があった。 そこで地球防衛省は大気中に丈夫な膜をはり、食物を育てるビニールハウスのように温度を上げた。その中で人々は安定な生活を保持していた。2000年以前の人間には火星での気温では死んでしまうだろうが、それ以降の人間は地球の急激な温暖化で人間の体も気温の落差に耐えられるようになっていた。
それは人間の進化というものだろう。
薄い膜は火星の三分の一を覆い、その中で50ブロックに分けられた国々に人が点在していた。海がない火星は水が少なかったが、人々は大気上で水を作り出す術をうみだし活用し、それでも不足した水は、今や海に覆われ、水のありすぎた地球から吸い上げられていた。地球から火星まで管がつながれ、休みなく水が火星に送られてくる。今後また母なる大地である地球に戻れることを待ち望むように。
僕は古河タケシ。
火星の第41ブロックに住み、地球防衛省に入る為に日々勉強していた。
火星で生まれ、火星で育ったタケシは地球で仕事をしている父親を羨み、地球で働くことを夢みていた。
「お母さん。ねぇ。聞いてる?」
台所に向かうタケシの母親はタケシの問いかけに煙たそう答えた。
「なに?」
「お母さんの子供の頃さぁ。地球に住んでたんでしょ。」
「住んでたよ。お母さんもね、幼い頃だからあんまり覚えてないんだけど。富士山っていう山の六号目のところに住んでたのよ。 昔は日本の中で一番高い山で綺麗だったっておじいちゃん言ってたけど、私の子供の頃は富士山の六号目から富士山の頂上までだけが日本だったの。まわりを見回すと海ばかりでね。1年中暑いから毎日毎日、海水浴した記憶しかないのよ。」
母親は後ろを向き料理をしながらたんたんと話した。
「日本って確か、地球の国の一つで、2500年くらいから、中国に吸収合併された国だよね。」
タケシは言った。
「そうそう。よく知ってるのね。でもおじいちゃんから聞いた話だけど昔は四季があってとても綺麗な国っていってたわ。でも、さすが浪人生はよく知ってるのね。来年は公務員試験合格だね。 お父さんと同じ地球防衛省に勤められるとお母さんも安心なんだけど。」
「わかってるよ。」
僕は母親に気にする所を言われ半分怒りながら言った。
「あら。また水がないわ。悪いけどタケシ。裏にあるタンクのスイッチいれてきてくれる。」
タケシは舌打ちをしながらめんどくさそうに立ち上がり、家の裏手に向かった。
タンクは家の裏側にあり、地球から送られてくる予備の水でいっぱいになっていた。いつも蛇口の水がでなくなると、予備で蓄えているタンクの水で補填する
僕はタンクの水の入切のスイッチを入にし、赤いランプがつくのを確認し、水の流れる音を聞いていた。
「タケシ。もう水なくなったの?」
いきなりの声かけで、驚いた僕は大振りで背後をみた。
カリンだった。
カリンとは僕の幼なじみで隣の家に住んでいる女の子だ。
「そんな驚かないでよ。それより今日図書館いく?面白い物みつけちゃったんだ。私。」
「びっくりさせんなよ。カリン。ああ。今母親がご飯つくってるから、それ食べたらいく予定。」
「じゃあ、私先行ってるね。」
カリンは俺をびっくりさせたいような、何か隠しているような含めた笑顔で立ち去った。